灰世界のカラフルな彼女

ライト

第1話 彼女は、色付いた

 3月25日。終業式の帰り道。ガタンゴトンと電車に揺られ、最寄り駅を目指す。車内アナウンスで、目が覚める。


 俺、畑村洋平はこの時間が、いや、学校に居る時間以外が嫌いだった。今から向かうところは、孤独の巣食う筵なのだ。


 父親は蒸発し、母親は弱い体で俺を何とか養おうとし、体調を崩してそのまま亡くなってしまった。その葬式で、俺は母親を見て思わず呟いてしまった。


「こんなことになるなら、無理なんてしなきゃいいのに」


 と。その発言もあったからか、俺は祖父母以外の親戚から煙たがられ、タライ回しにされた挙句、元いた家に帰ってきた。今は何とか、祖父母に学費を支援してもらい、華の高校生活をエンジョイしている訳だが。


 改札を出てすぐある陸橋の上から見る景色は、どこかチープで、ジオラマのようだ。それはきっと、俺自身がこの街に無関心だからだろう。夕焼けに照らされ、綺麗であるはずの街が綺麗なはずなのに、モノクロのように色褪せて、綺麗だとも感じられないのは。


 今日も早くに眠って、明日早く起きて高校に朝一で行こう。こんな街には、居たくない。


 なのに、俺はこの街から出られないでいる。この街に縛られているのだ。うちの学校は寮はないし、祖父母にただでさえ光熱費を払ってもらっているのに、それに加えて家賃なんかを払ってもらう訳にも行かない。


 陸橋から歩いて5分。その家はある。庭先は手入れも行き届かず、そこらかしこに雑草が生えている。よく言うなら自然豊か、悪く言えば荒れ放題。


 この鍵とも10年の付き合いだ。若干開き辛くはなってはいるが、コツを掴めば……。あれ?鍵が空いてる……。閉め忘れたか?


「不用心だな、俺……ん?」


 なんだ、このローファー。俺こんな靴知らないぞ……。え、もしかしなくても泥棒!?


 俺は靴べらを手に取り、リビングに向かう……。何やら料理をする音が聞こえる。なんだ、泥棒は空き巣だけじゃ飽き足らず、俺の買ってきた食材で料理までしてるのか!?どんだけ図々しいんだ!これはあれだ。これでボカっとやらないと……。


「覚悟ー!」


「わっ!」


 勢いよくリビングに入り、靴べらを泥棒の脳天に叩きつけ……、ようとした。あれ、女の子……?いや、可愛いけど騙されるな!この子は泥棒だ!


「おい!お前は誰だ!」


「ご、ごめんね!おじいちゃんたちから鍵もらったけど、私から連絡もなしで!」


「じいちゃん……?」


 待て待て、話が見えて来ない。おじいちゃん……?


「あれ?聞いてないの?」


「何も……。あっ」


 今更、携帯電話が鳴り出した。じいちゃんだ。俺は電話に出て開口一番、「どういうことだよ、じいちゃん!」と叫んでしまった。


『おう洋平。その様子じゃ、もう着いちゃったみたいだな。いやー、連絡遅れてすまん。ついつい畑仕事に興が乗ってな。伝えるの忘れてた。今日からその子、そっちで住んでもらうからよ。面倒見て貰え』


「俺が!?」


 明らかこの子年下だろ!現に料理作ってくれてるけど!


『んじゃ、そういうことで!』


「ちょ、じいちゃん!切れてる……」


 一番聞きたいこと聞きそびれた。まぁ、この子に聞けばいいか。少々失礼かもしれないが。


「あ、あの。君は……」


「へ?忘れちゃったの?ぼ……、私だよ!北城光!」


「北城光……?え、光!?」


「思い出した?」


 北城光。その名前には、聞き覚えがあった。小学生の頃、何度か会った、親戚の子だ。たしか、又従兄妹。この通り、別に忘れていた訳では無い。気が付かなかった理由はひとつ。


 俺はこの子のことを、男だと思っていたのだ。失礼な話だが、髪も短く、ボーイッシュだったし、自分を呼ぶ時も「僕」だったし。でも……。


 偉く可愛く育ったもんだ。最後に会ったのは7年前か。そう思うとこの劇的ビフォーアフターも頷ける……。


「久しぶりだね、洋兄ちゃん。それと、おかえりなさい」


「あぁ、久しぶり……」


 ほんと、久しぶりだ。会うのも、その言葉の響きも。それが少し照れくさくなり、照れくさそうに「……ただいま」と返した。


 色の着いた街からやってきた少女は、色褪せた俺にただにこりと微笑んだ。

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灰世界のカラフルな彼女 ライト @raito378

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