アップデート
赤城ハル
第1話
薔薇色という赤。
でも薔薇にだって様々な色がある。青と紫とか黄色とか……あとは緑?
だから俺は年下の部下に聞いた。
「薔薇色は赤で合ってるよな?」
「はあ?」
かなり怪訝な顔をされた。
「だから薔薇色だよ。赤でいいんだよな?」
俺はパソコン画面を指す。
薔薇色を指定されて作製された衣装案。
俺は赤色を使って、デザインした。
「当たり前でしょ」
「いや、薔薇にだって色んな色があるだろ」
「それでも薔薇色は赤です」
何をつまんないことをと部下は溜め息をつく。
「この前、肌色で喚いたのは誰だよ」
肌色を言葉として使った時、それは「ベージューです」と注意された。
「それはそれです。肌色なんて死語……いえ、差別発言です」
「なんでだよ」
「今時は多様性。肌も様々な色があるんです。それをベージュだけ肌色だなんて、古い価値観です」
めんどくせえ。
社内を見渡しても、白色も黒色も茶褐色もいない。
◯
「……って、ことがあってよ」
小さな喫煙室。
俺は同僚達に愚痴を溢した。
「俺もあったよ。あれもダメ、これもダメ」
「しまいにはハラスメントだもんな」
「めんどくせえよな」
「『ちょっとのアップデート』と簡単に言うけど、多すぎだろ。後から小出しにしやがってよ」
「コンプライアンス委員会も粘着質で困るわ」
溜め息と共に紫煙が吐かれる。
「そういや、前田は?」
ここ最近、喫煙室に前田の姿を見ていない。
「あいつ、喫煙やめるってよ」
「なんでだよ」
「子供が出来たからだろ」
「健康を害するだけの物に金を使うなって言われたらしいぞ」
「そりゃあ、健康には悪いけどさ」
俺は紫煙を吐く。
「気持ちいいんだよな」
「だな」
「吸わないとイラつくよな」
◯
「……それで貴方は部下の水瀬さんをお食事に誘ったと?」
「ええ。1回だけ誘いましたよ」
俺はコンプライアンス委員会に呼ばれて、無駄に広い部屋にいる。
「彼女は嫌がってました?」
原色の強い口紅を使っている女が聞く。その色を見て、ふとこの前の薔薇色の件を思い出した。
女はコンプランス委員会の女で、いかにも働く女を守るために動いているという建前を振りかざしたフェミニストだった。
「いいえ」
「でも断ったんですよね? それは嫌がってませんか?」
「誘いには断られましたが、やんわりと『結構です』と言われただけです」
嫌にも種類があるはず。軽いものから重いものまで。
「前に広報部の倉田さんに香水臭いとセクハラ発言をいたしましたよね?」
「タバコ臭いと言われたので、言い返しました」
「セクハラしたことを認めますね」
「いいえ。逆セクハラに対して言い返しただけです」
「香水臭いはセクハラとは思わないと?」
「タバコ臭いは逆セクハラではないと?」
「質問を質問で返さないでください」
「筋を通した質問をしてください」
ただでさえ険しかった女の顔がさらに険しくなる。
女は大きく息を吐く。
「これだから古い価値観の男は」
今までの取り繕った言葉ではなく、この女の本音が漏れる。
「これだから『新しい』と言ってめんどくせえルールを押し付けるフェミニストは」
言い返してやると女が歯を剥き出しにして俺を睨む。
「いつから新しいが正しいになった? 後からわがままを言えば新しいのか? 古いものは全部間違ってるのか? 男女雇用機会均等法は40年も昔だ。新しいのが正しいなら、これは古くて間違っているのか? さあ、どうする? 結局、お前たちの新しいなんて底が知れている浅いルールなんだよ」
◯
「お前、何を言ったんだよ」
「コンプライアンス委員会に目をつけられているぞ」
「ただでさえ、喫煙室も潰すべきだと言われているのに」
喫煙室に入るや否や同僚達から詰問された。
「ちょっとフェミニストにお灸を据えてやっただけなんだがな」
俺は苦笑してタバコに火をつける。
「あのババア、かなり根に持つタイプだぞ」
「なあに、会社だっていちゃもんをつけるフェミニストの言うことなんて聞かないだろ」
◯
ところがどっこい。
会社はフェミニストが幅をきかせるコンプライアンス委員会の肩を持った。
それで俺はクビとなった。
クビ宣告となってもすぐには会社を去ることはなく、
その間、俺はキャリアマネージメント課に飛ばされた。
腹が立った俺はワザとランサムウェアに引っ掛かり、さらに社外秘のデータ、顧客の個人情報を売り捌いた。名前と住所、電話番号で50円。10万人で500万円。
そして混乱の中、俺は退職金を貰って会社を去る。
最後にかつていた部署に挨拶をしにいくと、「どうしてこんな大変な時に」と愚痴られた。
「あんたらが俺をクビにしたんだろ?」
続いて俺は、
「会社はどうなるんだろうな。潰れたらあんたらは退職金貰えるのかな? まあ、頑張れや」
俺は笑って、かつての部署を去る。
アップデート 赤城ハル @akagi-haru
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