里帰り編16 遊んだからにはお仕事します⑧文化の違い

 外のベンチに微妙な間を空けて座る。日が当たっていてもなかなか寒い。


「周りくどいのは苦手ですので単刀直入にお聞きしますわ。オーナーは違法薬物を所持していたんですか?」


「いいえ」


 そういうと、彼女はふっと笑った。


「では、違法のものとは知らなくて、薬物を所持していた可能性は?」


「ありません」


「だろうと思っておりました。オーナーがこの牧場を愛していることは誰もが知っていることです。他の場所でならともかく、ここで、愛する場所を汚すようなことをなさるはずがないと思っていました」


 それはどうも、というべきなのだろうか?

 思ってしまってから、彼女に対して完全に構えている自分に苦笑だ。


「はっきり言って、オーナーと私は気が合わないと思いますわ」


 え? 何そのカミングアウト。

 その通りだけど、そう言われ、わたしにどう反応しろ、と?

 わたしが反応に悩んでいると思ったようで目を大きくする。


「まさか、私と仲良くしようなんて思っておりませんわよね?」


 ヲイ。わたしはごほんと喉を整える。


「仲良くしようとは露ほども思いませんが、きちんと向き合って話をしようとは思っています」


「オーナーは真面目ですのね。感覚で合わないって思いましたでしょう? 女の勘は当たると思いますわ。感覚を信じていいと思います。きっと私たちは分かり合えないでしょうから」


 風が吹いて、この葉が吹き溜りで円を描いている。


「私あなたのものを取り上げようなんて考えておりませんわ。侯爵様のことも特別好きではありません。私はあなたにとって都合がいいのではありませんか?」


「はい?」


「結婚なさって2年目ですわね。侯爵様には第二夫人が必要ですわ。私は寵愛を受けたいとは思っていません。自由に暮らせればそれで満足ですの」


 な…に……を言っているの?

 ええ? もしかして自分が第二夫人になるって言ってる?


「正妻の座も、そのままでいいですわ。絶対追い出したりしません。誓約書を交わしてもよろしいんですのよ。元が平民でも私はあなたを尊重します。もし男子を産んでも静かに暮らします。望まれない限り後継者になどとは言いません。その代わり、商売は手広くやりたいのです。この牧場はお金を生み出しますわ。この国のためになりますのよ。それなのに、何故大きくすることを考えませんの? 国益になることをみすみす見逃すなんて、それでもあなたハーバンデルクの国民ですの?」


 息を継いで、少し言いすぎたかしらのような表情になる。


「商売の目の付け所はいいと思います。私は侯爵様には冒険者は辞めていただきたいですが、それはすぐにではありません。猶予を差し上げようと思います。殿方は夢を追っていたい部分がありますからね。私理解いたしますわ。それにランクが上ですから許して差し上げることができます。あなたもテイマーとして魔物に好かれるようですからここに必要ですわ。大きくする戦略は私が考えます」


 はああ??


「あなた、何言って?」


「こちらの牧場も続けていいと言っているのです。協力するとも。よく考えて。こんなにあなたに寛容になれる第二夫人は私以外にいるとは思えません。お互い悪い話ではないでしょう。あなたは平民あがりだから感情的になるだろうと思いましたの。でもよくお考えになって。私たちは合わないけれど、合わないからこそ、距離を取っていい関係でいられると思いますのよ。侯爵様から話があっても理性的に受け止めることをお勧めしますわ」


 彼女は言いたいことを言い切ると、さっと礼をしてきた道を辿って戻っていった。



 わたしはどれくらいぼーっとしていたのだろう。ルシーラがクーとミミを連れて探しにきてくれて、呆然としていたことに気づいた。


「どうしたの、何かあった?」


『ティア、くちびりゅが青い』


 ミミがわたしの膝に乗ってきて、背伸びをしザラザラした舌でほっぺを舐めてくる。

 反射的にミミの頭を撫でながらルシーラに告げる。

 そうだ、確かめなきゃ。モードさんがいない今、お父様に聞くしかない。


「ルシーラ、わたし、ちょっとお父様のところに行ってくる」


「ど、どうしたの、何で?」


「モードさんに結婚の話があがってるのか聞いてくる」


「え? 結婚? 竜侯爵さまはティアと結婚してるだろ?」


「2年子供が産まれなかったから、第二夫人をとるのが貴族の常識なんだって。ゼフィーさんが、自分が第二夫人になるみたいなことを言ってて」


「え?」


「わたし、お父様に確かめないと」


「ちょっと、待って。ティア、体が冷えてる。とりあえず、家に入ろう。体を温めてからだ」


 ルシーラに連れられて、家に入る。

 見ただけでもわたしの様子がおかしかったのか、王子がルークさんを呼ぶ。毛布に包まれて暖炉の前のロッキングチェアに座らせてもらった。熱めのミルクを渡される。

 膝の上からクーとミミが並んでわたしを見上げている。


「何があった?」


 尋ねてきた王子にわたしは首を横に振る。何かがあったわけじゃない。


「ちょっとお父様に聞きたいことができたから、今から行ってくる」


「……馬か?」


「ううん、セグウェイで」


「ルーク、馬で行ってやれ」


「いや、大丈夫、セグウェイで」


「そんなぼーっとした状態で乗ったら怪我をするのが目に見えている」


 わたしは、頷く。ダメだ、反論も思い浮かばない。


 でも、どうしよう。

 本当だったら、どうしよう。そんな話が持ち上がっていて、ゼフィーさんが。いやゼフィーさんじゃなくても、今後そんな人たちが現れたらどうしよう。


 もう、何でこんな時にモードさんはいないんだ。

 確かに結婚する時、ずっと一緒にいて護り合うことは誓ったけれど、一生ひとりをみたいなフレーズはなかった。一夫多妻は王室だけだと思い込んでいたのだ。今まで会った貴族はモードさんの親戚で奥様はおひとりだったし(多分)。第二夫人なんて聞いたことなかったし。……貴族もお世継ぎが必要……か。


 うわーーーー。一夫多妻とか文化が違いすぎる。頭と心がついていかない。


 これで実際ゼフィーさんが候補だったらどうしよう。貴族を雇うなんておかしいと思っていたけれど、まさかの伏線だったのか!? そんなわけないよね? 嘘でしょ。嘘でしょーーーーーっ。


 と堂々巡りの脳内パッションをかましているうちに、お屋敷に到着した。領地のお屋敷の執事さんが出迎えてくれる。

 すぐにお父様とお母様が、通された部屋に来てくださった。


「ティア、よく来た。でも、どうした? 何があった?」


 お母様はわたしの隣に座って、心配そうにわたしの手を取った。


「すみません、お尋ねしたいことがあって来てしまいました」


 わたしの前に跪いたお父様は優しく頷く。


「なんだね、言ってごらん」


「モードさんに第二夫人の縁談はきていますか?」


 お父様とお母様は顔を見合わせた。


「誰から何を言われたのだね?」


「アマン子爵のご令嬢から、わたしに悪いようにはしないから前向きに検討してほしい、というようなことを言われました」


「ティア、よくお聞き」


 お母様に重ねられた反対の方の手に、お父様が手を乗せる。


「確かにアマン子爵から縁談は持ち込まれた。……それを皮切りにいくつも話はきている。だが断ったし、モードからも全て断るように言われている」


 ……縁談は本当にきてたんだ。モードさんはもう結婚しているのに。


「可哀想に、驚いたのでしょう。こんなに手を冷たくして」


 断っている。モードさんも断るようにしているみたいだけれど、縁談がきていたのは紛れもない事実だった。

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