里帰り編6 実家に帰らせていただきます③いいこと悪いこと

「大ボス」


 リックが5人のちびっちゃいのを連れてきた。


「何したんだ?」


 リックにではなく、5人の中の一番大きな子、なんでも噛みついていきそうな9歳くらいの男の子にトーマスが尋ねる。黒髪だったので、親近感が湧いた。目は紅く、キレイだけど凄みを感じる。


「いっぱいあったから盗んだ」


 トーマスを睨みつけている。


「なんで盗んだ? 物がいっぱいあると盗みたくなるのか?」


「あんないっぱいあるなら、盗って食べてもわからないと思った」


「腹が減ってたのか?」


 少年は首を横に振る。


「じゃぁ、お前が欲しかったのは食べ物じゃなかったってことだ。わかるか?」


 少年の眉が少し動く。


「食べ物だから腹に入れるために盗ったんじゃなくて、盗んでもわからないだろう物を、盗みたくて盗ったんだ」


「何言ってんのか、わかんねー」


「全然、別のことだ。よく考えろ。何が欲しいと思ったのかを。

 それから繰り返しになるが、盗みはやめろ。いっか、人はひとりじゃ生きていけないんだ。みんなで生きていくためには、みんな考えが違うからルールが必要で、みんなそれに従ってる。だからルールは覚えろ。盗みはするな」


 返事はない。トーマスが視線で促して、リックがみんなを連れて出る。


「まだ来たばっかなんだ」


 トーマスが腕を組む。


「盗みは悪いことだって言わないんだね?」


 それが意外だった。


「あいつらさ、大事にされたことがないんだ。いいことを知らないヤツに、悪いことってのはわからないんだよ。いつかいいことと悪いことが感じられるようになったら言ってみるけど、今は決まり事ってことで覚えさせるしかない」


 大事にされたことがない、か。それはとても重たく感じる言葉だった。

 5人はセオロードの港町出身らしい。他の大陸やなんらかのハーフで、同じ孤児の中でも異端者扱いされ、辛い目にあってきたようだ。5人の中のリーダー的存在が12歳のトニー。12歳にしてはかなり小柄だ。色が白く、髪は黒くて目は紅い。他の4人は褐色の肌だったり、頬のところが鱗のように見える女の子だったり、耳がふさふさの毛で覆われていたり、一番小さな子はずっと手を引かれていて、言っていることが理解できているのかわからないぐらいボーッとした子だった。


 アルスが港町に行った時に盗みを働き鞭で打たれているところを目撃し「働けば、ご飯は食べられる場所があるけど、来る?」とスカウトしてきたらしい。実にアルスらしいエピソードだ。



 次に入ってきたのはチャーリーで、パーティーのご飯を一緒に作ろうというお誘いだった。わたしはもちろん頷いて、トーマスに尋ねる。ふわふわパンを出してもいいと言ってくれたので、大量に持ってきたのを出すことにする。

 しばらく休んだので体力も回復してきた。よしっと腕まくりして、食堂のキッチンに向かう。いつもどうやって食べているのか聞いたら、女の子だけのグループと男の子の3つのグループの4つに分け、ローテーションで食事をとるそうだ。Aグループが食事をする時は、Bグループがお風呂に入る。そしてCグループが食事など配膳の係りになり、Dグループは自由時間。これをぐるぐる回していく。4回転でみんなの食事とお風呂が終わることになる。


 今日はパーティだから、アジトの中にテーブルなどを入れて、ビュッフェ方式でいくことにした。人数を聞くと現在3人が外国に行っているので63名で、わたしとルークさんとクーとミミを入れると67人分だ。66人分もいつもチャーリーは作ってるの?と悲鳴をあげてしまう。配膳はグループで、食事を作るのと片付けは当番制で人数はいるので、そこまで大変でもないという。でもそれだけの材料を見繕うだけでもしんどそうだ。


 元々の今日のメニューはなんだったのか尋ねると、スープとお肉の蒸し焼き、それとパンにしようと思っていたという。人数が人数なのでパンを焼くのはしんどくパンは買ってきているそうだ。今日はわたしが持ってきた物を出す。


 そういえばとハンバーグとオムライスの感想を尋ねると、チャーリーがわたしの手を握りしめた。


「卵のめちゃめちゃおいしかった。あの赤いソースも、ご飯もあのソースで炒めたんだよね? それを包む卵も何あれ、スッゲーおいしかった! あのお肉のどうやったの? お肉の方は真似できるかと作ったみたんだけど、似た感じでは作れたけど、あんな柔らかく肉汁が出てくるようには作れなかった」


 多分こねかただろうなと思いながら尋ねる。


「何入れた?」


「潰したお肉に、丸ねぎ」


「わたしはそれにミルクを浸したパンを入れてる」


「パン?」


「じゃあ、メインはそのお肉の『ハンバーグ』にしようか。パンに挟んで食べてもいいし。付け合わせの野菜と、あとスープだね」


『シチューがいい』


「クーとミミがシチュー好きなんだ。スープはシチューにしていい?」


「シチュー?」


「うん、具材を煮込むの。スープみたいにもなるし。今日はミルクたっぷりのやつにする」


「ミルクたっぷり?」


「わたしはエーデルでホルスタとも一緒に暮らしているんだ。だから、ミルク、チーズ、生クリーム、バターなんかも手に入る」


「何それ、すっごい羨ましい」


「でしょ。チャーリーならその素晴らしさをわかってくれると思った!」


 作り方を指示などはしたけれど、さすが食堂のトップであり、それ以外にも毎日66人分のご飯作りを総括している料理長だけある。素早く的確にわたしのいう意図を受け取って、瞬時にここではどうやるといいのかを噛み砕いて作り上げていく。


 ハンバーグは丸いのをいくつか一緒に作り、スタンダードな形を披露して、残りは鉄板を無駄なく使えるよう大きな長方形にし、菜箸で割れ目をつけ、大きなまま焼いた。


 寸胴鍋には感動した。こんな大きいのあるんだ! 大きな寸胴鍋2つで一食分のスープとなる。

うわー。この世界がいちいち野菜の皮を剥くのでないのが幸いした。野菜を洗って、食べやすい大きさに切ればいいだけだから、それぞれ70個近い野菜を切るだけで済むのだ。それでもしんどかったけど。


 野菜をオイルで炒め、バターと小麦粉を同量投入。小麦粉にもしっかり火を通して、冷たくないミルクで少しずつ伸ばしていく。完全に溶けたら、ミルクをしっかり足しあとは煮込むだけだ。朝ごはんでミルクを飲むかなと思い、大量に持ってきたのだが、これはシチューだけで終わりそうだ。


 作りながら、変わったことはなかったかを聞くと、悔しそうにナッシュに彼女ができたという。なにーーーぃ、ナッシュに? アジトで一番乗りらしい。


「意外!」


「彼女はティアも知ってる子だよ」


「え? 誰よ?」


「サラちゃんだよ」


「え? 髪を切ってくれた?」


 チャーリーが頷く。


「ナッシュ、やるなぁ。年上の彼女か」


「そんな意外?」


「ナッシュって引っ込み思案だったから、恋愛に積極的にいくタイプじゃないかと思ったんだよ」


「えー。じゃぁ、誰なら納得?」


「ソングクとかカルランが最初に彼女作るかと思ったよ」


「ソングクは個人指名の仕事が多くて忙しいから難しいだろうな。カルランは、……しばらく無理じゃないかな。女に甘いけど、意外に真面目だから」


 ふうーん、チャーリーはそう思うんだ。


「チャーリーは好きな子いないの?」


「いたけど、失恋したんだ。詳しく聞かないで」


「……ごめん。わかった」


「おれは、ティアが結婚していることが一番意外だよ」


「あはは、そうだよね。わたしもそう思う」


「侯爵サマはティアのこと、全部知ってるんだよね? ひとつのところにいられないって言ってたそのこととかも」


「うん、全部知ってる」


「だから竜侯爵サマの元では、ティアは安心していられるんだよね?」


 チャーリーが心から心配して尋ねてくれたことが伝わってきて、なんだか泣きそうになった。話したらバレると思うのでただ頷く。


「なら、いいんだ」


 チャーリーを丸ごと理解して、いい関係を築ける人が早く現れますように。そうっと祈っておく。


 作ったものはご飯専用のマジックバッグに入れていく。それは帝国で別れる時にみんなに食べて欲しいものを入れて渡したバッグだった。


 デザートは焼きリンゴンを持ってきた。これにアイスをつけようと思う。焼きリンゴといえば芯の部分をくり抜いてバターと砂糖を入れ焼くことが多いが、人数が分からなかったので、リンゴンをざく切りにしておいた。上にバターと蜜を散らして、暖炉の熱で仕上げた逸品だ。思った以上に人数が多かったので一人分は少なくなるが、アイスを足すから満足感はあるだろう。



 夕焼けが始まると仕事に行っていた子供たちが帰ってくる。今日は早めに仕舞いにしとけということで、女の子グループが1番にお風呂に入ることになった。メイやリーちゃんやビスちゃん。それからもう少し上の子3人と、頬に鱗がみえるユニちゃんと8人でお風呂だ。


 ユニちゃん以外は人懐っこくて、すぐに仲良くなることができた。みんなの体を順番に洗っていく。ユニちゃんは体にも何箇所か鱗っぽいところがあって、触られるのが嫌なのを我慢しているみたいだった。きれいにするためだからねと言って、タオルに泡立てた石鹸をつけて洗っていく。今日は特別と、みんなでリンスを使った。手触りを喜んで、みんなはしゃいでいる。メイも嬉しそうに何度も髪を触っていて、お洒落っ気が出てきたんだと、可愛くって頬擦りしたくなる。


 風邪をひかないようドライヤーで髪を乾かした。みんなすごい可愛い。ユニちゃんの薄いピンク色の髪もふわふわに磨きがかかって天使のようだ。みんな褒め称えあい、誰もがユニちゃんの髪を触りたがった。なんかすっごく気持ちよさそうなのよ、うん。


 クーとミミも乾かして、ブラッシングタイムだ。みんなやりたいというから、やってもらった。ユニちゃんがとても上手で、みんなも素直にそう褒めると、ユニちゃんは嬉しそうにした。ユニちゃんは動物と接したりするのがいいかもしれないね。

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