里帰り編4 実家に帰らせていただきます①おかえり
ルークさんの魔鳥で飛べば、2時間ぐらいでトントの街についた。
街の人にランディとは思われないように、女性らしい服を着込んでいる。髪をいじってくれたのはルークさんだ。
街は以前とそう変わっていないように思える。まぁ、約3年しか経ってないしね。
みんなと会うのは嬉しいけれど、少し怖い気持ちもある。3年で、みんなより大きく育っちゃってるんだもん。男の子の振りをしていたが実はっていうのもあるし、……受け入れてくれるだろうとは思うけど。
慣れ親しんだ道だ。
『ここにティアのかじょくがいりゅの?』
「そう、16人の家族がいるの。兄貴たちがね」
貴族街へ抜ける道を通り過ぎ、市場と外れへの分かれ道に差し掛かったときに、見覚えのある後ろ姿が見えた。まだ子供の時から、頼り甲斐があって、信頼のできる背中。
「トーマス!」
確信を持って呼びかけると、彼が振り返る。わたしを認め、青い目が大きく見開かれた。
「ティア?」
思わず駆け寄ってしがみついていた。成人しただろうトーマスは、わたしよりもずいぶん大きかった。背中にまわされた手に、とんとんと優しく叩かれる。
「……ティア! 久しぶりだな。ひとりか? 竜侯爵サマは?」
トーマスを見上げる。精悍な顔つきになった。うん、カッコよくなった。
「護衛の人と一緒だよ」
ルークさんはもう見えなくなっていた。街中では陰ながら護衛いたしますという言葉に間違いなかった。
「お前、侯爵に断ってきたんだよな?」
モードさんは冒険中だと、わたしは事情を話した。
「それにしても、どうした? なんかあったのか?」
「里帰りだよ」
トーマスはそれ以上聞かずに、目を細めてわたしの頭を撫でた。
「おかえり、ティア」
「ただいま、トーマス」
わたしは引き込まれそうになる青い瞳をじっと見てしまった。トーマスに甘やかしてもらうのはとても心地がいい。
「で、肩に乗せてるのは魔物か?」
普通はアンモニャナイトかと尋ねられるのに。
「魔物に見える?」
「猫じゃねーだろ?」
「アンモニャナイトとは思わなかった?」
「お前が連れてるからな。違うと思った」
「クーとミミ。内緒だけど、ブルードラゴンだよ」
わたしは声をひそめる。
「お前、やっぱ規格外だな」
トーマスに冷めた目で見られた。
『こにょ子ども、にゃかにゃかしゅるどいわ』
ミミが褒めると、クーはトーマスの肩に移動した。
「おい、わっ」
ほっぺを舐められて、トーマスが慌てている。でも、嫌がってはいない。
「トーマス、僕をまた置き去りにして、自分は女の子といちゃいちゃ?」
この声は!
「アルス!」
わたしは駆け寄ってしがみつく。
アルスもやっぱりわたしより大きかった。シュッとしたけれど、骨太になったというか、少しがっしりした印象だ。なんか顔が縦に伸びた。前はかわいらしい感じがどこかあったのに、今は青年って感じがする。元々、品はよかったけれど、さらに増した気がする。
「え? ティア? ティアだよね?」
「久しぶり!」
アルスもわたしとわかって、ハグを返してくれた。でも、話し方は昔のまま優しい感じで安心する。
「……ひとり、なのかい?」
キョロキョロと辺りを見渡す。
「護衛もいるし、クーとミミも一緒だよ」
わたしは改めてクーとミミをふたりに紹介した。暖色系に輝く首飾りをつけているのがミミで、寒色系に輝く首飾りをしているのがクーだ。これは首飾りであって、断じて首輪ではない。
アルスはクーとミミの手元に指をやり、こんにちはと握手する。クーとミミは嬉しそうだ。
「それじゃあ僕は先に戻って、初期メンバーを集めておくから、トーマスとゆっくり来て」
「え、なんで?」
トーマスがため息をつく。
「お前は『はじめまして』じゃないとまずいだろ。でもみんな抑えられるわけないからな。誰も見てないところで再会しないと。お前は末の竜侯爵サマの嫁で、お忍びで遊びにきた。それでアジトのみんなと意気投合した、それでいくぞ」
わたしは頷く。そうだね、ランディはどこかで暮らしていて、わたしとは違う人物なんだ。
帝国のお茶会でわたしはランディじゃないし、そんな人知らないって断言したからね。ランディとしてはもうアジトには来られなかったのだ。でも逆に、トーマスとアルスとは帝国で面識があるから、ティアと縁ができたことになる。もう帝国側はわたしなんかに興味はないだろうけれど、念には念を入れておくべきだろう。わたしはふたりを呼び出すつもりだったんだけど、スラムにたどり着く前に会えてラッキーだった。
じゃあとアルスが駆け出すのを見送って、トーマスとゆっくり歩き出す。
「普段ならみんな外仕事に出かけているけど、今日はスラムの仕事が多いんだ。タイミングいいよ、お前」
そっか。じゃあ、みんなに早速会えるんだ。嬉しいな。
「あん時からは大きくなってないみたいだな」
「……あ、うん」
ジリっと胃のあたりが痛む。
「なんだよ、まずいこと言ったか?」
鋭いなー。
「全然まずくないよ。大きくなることはあるかもしれないけど、見た目はそう変わらないと思う」
恐らく成長期は終わったはずだ。少し大人っぽくなることはあっても見た目はそう変化を感じないはずだ。っていうか、止まっていることの方が今はなんか怖い。
「ふうん」
雰囲気を変えたくて言ってみる。
「そういえば竜人さんから聞いたけど、人数が増えたんだって?」
「ああ、近隣で子供だけで生計を立ててるって噂になってるらしくって、頼ってくるんだよ。ここでなら飯が食べられるんじゃないかって」
アジトに続くゆるい坂道。登り切れば畑が見えるはずだ。
「大ボス!」
坂の上から、小さな女の子がトーマスに手を振っている。片手を上げてトーマスが応える。
女の子が振り返って何かを言ったと思ったら、ぴょこぴょここちらを覗き込む顔が増えた。まだ小学低学年ぐらいの子たちが、興味深そうにこちらを見ている。
ひとりが駆けてきて、トーマスの腕をぐいぐい引っ張る。
「ねー誰? 街の人じゃないよね。肩にいるのは何?」
「シュウ、まず大切なのはなんだ?」
「あ、あいさつ。こんにちは」
シュウと呼ばれた男の子はわたしに勢いよく頭を下げた。
「こんにちは、はじめまして」
「大ボスのカノジョ?」
「失礼なことを言うな。竜侯爵サマの嫁さんだ」
「えーーーー、竜侯爵サマの?」
坂の上の子供たちも寄ってきて、キラキラした目でわたしを見上げる。
「こんにちは」
これはひょっとして、貴族だと思われてる? 何か期待されているのか?
「ほら、お前らどけ、後で紹介してやっから、少し待ってろ」
ちびちゃんたちに軽く手を振って、トーマスの後に続く。
坂を登り切れば、畑が広がっていた。そこかしこで、まだ小さな子供たちが作業をしている。
みんなトーマスに声をかけ手を振って、わたしにもこくんとお辞儀をし、何者だろうと目が追ってくる。
「大人気だね、大ボス」
「大ボスだからな」
トーマスはやっぱり頼れるみんなのお兄ちゃんだ。
共同風呂は壁を新しくしたみたいだ。そして広くしたのかな。アジトはあの頃のままだ。いや、扉がついている。大きなトーマスも入れるようにだろうか。
道を挟んで反対側に商会のことを話すときのスペース小屋を作った。それが立派な家になっている。広さもかなりある。そこに促された。家に入り、廊下で少し待てと言われる。
「みんなに説明するから、ちょっとここで待て。呼んだら入ってこい」
このドアの向こうにみんながいるんだ。
トーマスがドアを開けて滑り込んだとき、一際大きくざわめきが聞こえた。ドアが閉まる。
ガヤガヤ声が鎮まっていく。
「大ボス、なんだよ、話って?」
カルランの声だ。
「いいか、今から俺がいうことを最後までちゃんと聞け。これから、お前たちに末の竜侯爵サマの嫁さんを紹介する。名前はティアだ。それ以外で呼ぶな。お前たちは初めて会う人だ。ランディとは別人だ。もしこの部屋から出てごっちゃにしたらあいつの身が危うくなる。頭にそう叩きこめ。わかったか?」
きっとみんなハテナの表情をしているだろう。気遣ってもらって、申し訳ないけどありがたい。
「ティア、入って来い」
9歳で別れたから本来なら12歳のはず。それが17歳だ。どう受け止められるかわからない。それにあの時は男の子を装っていたし。
わたしはドアを開けて中に入る。
みんながわたしを見て、目を大きくする。
「……はじめまして。ティアです」
みんなの顔を眺めていく。みんな大きくなったな。
ドンと衝撃がきて、わたしは受け止める。クーとミミがわたしの肩から飛び降りて、わたしたちを見上げた。
「急にどこ行っちゃったんだよ」
「ごめんね、メイ」
かがみ込んでメイをギューっと抱きしめる。8歳になったのかな?
ずいぶん大きくなった。髪も肩まで伸ばしている。
「お姉さんになったね」
顔に手を添え、こぼれ落ちる涙を指で拭く。
「大きくなったのは、ら、ティアだ」
「うん、大きくなったでしょ。宝物、ありがとうね。大事に持ってるよ」
メイを抱き上げたが、一瞬だけ持ちあげられただけで、ずっと抱き上げるのは無理だった。デジャブだ。かがみ込んでもう一度ギュッと抱きしめる。
本当に大きくなった。そしてかわいくなった。
「メイ、交代!」
「ベルン?」
その髪と瞳の色でベルンであることは間違いないけれど、彼もシュッとして背が伸びた。一端の美少年だ。
「すっごく、心配した」
「ごめんね。わたしもみんなのこといつも思い出してた」
トーマスのため息が聞こえる。大っぴらに言っちゃダメだよね。わかってはいるんだけど。
わたしの胸ぐらいまで背丈があり、体つきが少年っぽくなっている。
「会いたかった」
横から突進してきたのはそばかすがチャーミングなクリスだ。
「わたしも」
ふたりをまとめて抱きしめる。
「元気そうだな」
頭を撫でてくれたのはソングクで、
「久しぶりだな」
とぺちっと額を叩いてきたのはマッケンだ。
男の子の15歳はもう結構大きいね。アルスと同じぐらいかな。
「お前、女だったのかよ」
とエバンスが言ったので、周りは爆笑だ。
「おれも男だと思ってた」
とリックが言って、ナッシュが賛同する。
「おれも」
「うまく化けてたよな」
と言ったのはカルランで、わたしの頭に肘をおく。カルランはトーマスと並ぶくらい背が高い。トーマスより線が細いけど。
エバンスはわたしと同じぐらいの背丈だけど、ガッチリしたね。それは体つきだけじゃなくて、雰囲気もそうかも。
「全然わからなかったよ」
とホセが言えば
「いや、みんな突っ込むところはそこじゃないだろ。大きくなりすぎ! おれだって大きくなったのに」
ケイが地団駄を踏む。
本当だ、ケイは美少年に成長していたけれど、わたしがもっと成長したからわたしの方が背が高い。
ガバッと抱きついてきたのはチャーリーだ。髪は伸ばしたままで後ろでひとつで結んでいる。わたしも抱きしめ返す。
「心配、した」
「ごめん、ありがとう」
そんなわたしの頭を撫でてくれたのはルシーラで
「おかえり」
と言った。すると、みんなが言ってくれた。
「「「「「「「「「「「「おかえり!」」」」」」」」」」」」
「だから、おめーら、今だけだぞ。この部屋から出たら初対面だからな」
トーマスの注意が飛ぶ。
「はーい」
と今度はみんな声を揃えた。
わたしは周りをキョロキョロ見回す。ひとり足りない。
「ブラウンは?」
「商会の仕事で外国に行ってるんだ」
そっか。ブラウンも頑張っているんだね。
一通り挨拶が終わると、再びメイが抱きついてくる。
「ティア、いつまでいられるの?」
「明日まで。明日の夕方に帰る」
「じゃぁ、今日は一緒に寝よ」
「うん。一緒に寝よう」
『俺しゃまは?』
『わたしは?』
わたしとメイの間にクーとミミが入り込んできたので、メイの目が大きくなった。
「クーもミミも一緒にね」
「クーとミミっていうの?」
わたしはふわふわの頭を撫でながら、ふたりのことを紹介した。
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