薔薇色のキス
へのぽん
にゃあにゃあ
「なあなあ」
同級生の琴絵がまとわりついてきた。幼馴染みで小中高と一緒で付き合いは長いが、お互いに単なる腐れ縁だ。長い黒髪が似合い、才色兼備、琴で全国大会にも出るくらい素晴らしい。
「鬱陶しいなあ。何やねん」
「付き合うてえや。花火大会やん。来年は三年で受験とかあるから行かれへんやん」
琴で全国大会にも出るくらいだ。
着物姿は映えるのに。
毎年八月十五日に花火大会がある。この数年はコロナ禍のために中止を余儀なくされたが去年は解砕され今年もあるということだ。
「まだ一ヶ月半もあるやん。六月やで。今からどうこうなんてわからん。塾あるし」
「なあなあ」琴絵はほっぺたを両手で挟んできた。「今年は河川敷へ行こうや」
「すぐには決められん」
細い手首をつかんで突き放した。もはや走れなくなった僕は何の取り柄もない。社交的でもなければモテるわけでもない。ひたすら勉強に打ち込むしかすることがない。これでまともに勉強もできなければ、もはや落ちぶれた我が身を慰めることすらできなくなる。
「なあなあ」
「猫みたいにやかましいねん」
「にゃあにゃあ」
僕たちは駅の改札を抜けた。琴絵は毛玉のように僕の前後左右にまとわりついてくる。
「前を歩けや」
「わたしのパンツ見ようとしてるやろ」
琴絵は夏のセーラー服ごとスカートを派手に揺らしてみせた。
「ちゃんとこっち歩けよ。車にひかれるかもしれんやろうが。ただでさえ歩道狭いのに」
「あ、わたしのこと心配してくれてるやん」
「うるさいなあ」
「だから行こうや」
「どういう流れやねん。夏期講習やねん」
「何とか」
振り向いて手を合わせた。結わえた髪が瞳の大きな彼女の後ろで揺れた。
「夏期講習なんてセンセに頼んだらどうにかしてくれるやん」
「おまえは頭ええからな」
「センセ、差別せんで」
「頭ええのは認めるんか。しかもアホなのも認めとるやんか。どういうことやねん」
歩道から電車の上を通る陸橋を歩いて古い家の並んだ路地裏を歩いた。この辺は旧街道沿いで江戸時代まで栄えていたらしい。だからといっても江戸時代の家があるわけではない。
白壁と蔵のある家の前で立ち止まる。
門構えの格子戸越しに黒ラブの雑種が黒い鼻を突き出していた。
「よう。パトラッシュ」
「パトラッシュちゃうわ」
「僕、何だか眠いよ」
リードが延びたところから僕に飛びつくようにして顔を舐めた。両手でワシャワシャしてやると興奮して散歩に行こうとする。
日課終了。
「ほな。帰って寝る」
「約束やで」
「知らん」
振り向くと、琴絵が顔の前で目立たないように手を振っていた。こういうところではご近所のこともあるので控えめになるのだろうな。
要するに目立つなということだ。
少しせつない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます