親友を殺したのは誰? 生成AIに殺人は可能か

ぬまちゃん

第1話 友達が死んだ

── 彼女の自死の理由、あるいは、彼女を追い込んだ者を、私一ノ瀬亜紀は絶対に突き止めてみせる。


 高校生の時に出来た友人は、たとえ疎遠になってしまっても、実は細く長く繋がっているんだなんて、誰が言い始めたのか。

 もしかしたら、私が高校生の時に知り合った数少ない友人の中の一人、鈴木和子、その人が言っていただけの、格言でも言伝えでもない、何気ないひと言だったのかもしれない。


 そんなあの子が死んだ。

 しかも、自死だったと。


 バイト仲間の同窓生から、卒業した高校の近況報告か何かの話のついでに聞いたのだ。

 私は、その話を聞いて初めて、最近彼女と連絡も取っていなかったのに気がついて呆然とした。

 あれだけ高校の時に親しくて、辛い時には手を取り合って涙を流し、嬉しい時にはお互いに抱き合って喜ぶ。そんな青春の1ページを共にした相手。


 でも、いざ、高校を卒業して地元を離れると、新しい生活に夢中になり、過去の全ての関係を置き去りにする。

 大学生になって、授業やサークル、アルバイトといった、自分で管理できない予定が増えていくと、今すぐに必要のない『旧友との連絡』は自分の優先順位の中で下がっていく。

 そんな思いが、深い後悔となって自分の中を駆け抜ける。


「店長、すみません。高校の時の級友が亡くなったので……」


 私はバイトの休みをもらうと自宅のアパートに戻り、数日分の着替えをバックパックに押し込むと、東京駅で駅弁とお茶を買い、ネットで予約しておいた新幹線に飛び乗る。


 高校を卒業すると同時に、家族は仕事の都合で北陸に引越し、私は大学に通うために一人で東京のアパートに移り住んだ。

 もう地元には自分の拠点はどこにも無い寂しさを感じながら、高校まで住んでいた地元に向かう。そこは、私が借りている東京のアパートから移動に半日以上を費やす、本州の北の先だった。


 新幹線で北に向かうと、車窓は直ぐに都心から住宅街、そして田んぼや畑の田園風景に変わる。そんな風景がいつまでも続いていると、ぼんやりと昔の思い出がよみがえってくる。


 そうして思う。

 あの子が、あんなに明るかった彼女が、そんな事になるなんて考えられないと。


 * * *


「アキちゃん、ありがとうね。わざわざ娘にお線香上げに来てくれるなんて。そして、ごめんなさいね。連絡しないで」


 彼女の母親は、想像以上に老けているように見えた。私が尋ねて行ったら、一瞬驚いてから、直ぐに私の事を思い出して、奥の部屋にある真新しいお仏壇に案内され、お茶のおもてなしを受ける。


「いえ、そんなことありません──。おばさんこそ、ご苦労されたでしょう……。私がもっとカズちゃんと連絡してれば、こんなこと──」


 お茶をすすりながら、どう返事をしていいのか答えあぐねる。しかし、ほんの少しの間をおいて、意を決して話を始める。


「おばさん、私には信じられないんです。カズちゃんがこんなことになるなんて。あのいつも明るかった、彼女が……」

「そうよね、そうなの。親である私も信じられなかった。それこそ、亡くなる数日前までは、明るかったのよ。でも、あの日を境に、突然口もきいてくれなくなって」


 母親は、手に持っていたハンカチを目にあて、声をつまらせる。私はいたたまれなくなって、話をそらす。


「おばさん。カズちゃんの部屋、見ても良いですか? 彼女が生きた証を感じたいんです──」

「ええ、どうぞ。実は、あの子の部屋入るのが辛くて、そのままで誇りまみれなのだけど……。でも、娘の親友である亜紀さんなら、あの子も怒らないだろうしね」


 母親はそう答えると、娘の部屋に通じる廊下を涙にぬれたハンカチを持った手で、ゆっくりと示す。

 私は、親友の母親に軽く目配せしてから、廊下に出て勝手知ったる親友の部屋に向かう。


 * * *


 変わってないなあ、あの子の部屋。


 高校生の時、定期テストや期末試験のたびに一緒に勉強した思い出の部屋は、記憶の中の思い出とは少しも変わっていなかった、たった一つを除いて。

 その違和感の正体は、机の上に置いてある最新機種のスマホだった。


 あ、買い替えたんだスマホ。


 そんな思いを口にすると、彼女は無意識のうちにスマホの電源ボタンを長押しする。


 ブン……


 鈍い音とともにスマホが起動し、黒い画面が明るくなるとともに、スマホにはパスワードの入力を促す画面が現れる。


 もしかして、まだあのパスワード使ってたりするのかな?


 高校生の時、何かの事件でパスワードの漏洩が問題になって、スマホのパスワードどうしよう、という話が和子と話題になった。

 簡単なパスワードでは、直ぐに破られちゃうし、難しいパスワードでは覚えられないし。簡単には推測が出来ないほど難しいパスワードだけど、絶対に忘れない。そんなパスワードなんかあるのか?

 そこで、彼女と考えて導き出したのが、お互いの名前を使うという方法だった。


 固有名詞はパスワード強度が高いけど、自分の名前では推理されやすい。でも、親友の名前なら、推理されにくいけど、絶対に忘れないパスワードだよね。そんな会話をしたのを、今でも昨日のことのように覚えている。


 私は、持ち主がビルの屋上に行く前に置いていった、もう誰も使っていないため、少し誇りを被っているスマホの画面に、おそるおそる自分の名前を打ち込む。パスワードは三回まで間違えてもスマホのロックは実行されない。だから一、二回ぐらいは大丈夫のはず。

 少し緊張しながら入れた自分の名前は、昔と同じく、親友はスマホの待ち受け画面に推しの男性スターを使っているんだという、ほっとした気持ちを呼び起こすのに成功した。


 * * *


 お母さん、ごめんなさい。

 もう生きてく気力がありません。

 大好きな田所真一君に、あんなこと言われたら──


 偶然スマホのロックを解除するのに成功したスマホ。そのトップ画面に置かれていた彼女の日記の最後のページに、こんな文章が書かれていたのを見てしまった彼女は、驚きとともに啞然とした。

 田所真一、彼は高校の時の同級生じゃないの、確か卒業前に家族の都合で転校していったはず。教室ではあまり目立たない、おとなしい男子だった。だから、ほとんど記憶にないけど、そうか、和子は彼と密かに付き合っていたんだ。

 でも、別れの話でも出たのか、何かの理由で彼にひどい言葉を浴びせられたのか。

 その結果、彼女はビルの屋上から身を投げるはめに。


 こうなったら、その田所っていうヤツの所に乗り込んでって、一言言ってやらないと気が済まないわ。そうして、仏壇の前に無理やりにでも引っ張ってきて、謝らせてやる。


 私は、和子のスマホをそっとスカートのポケットに入れると、その家をあとにした。


 * * *


「それでさ、高校の時の同級生で、田所っていう男子の住所とかラインとか、連絡方法を知りたいんだけど。当然、男子のリーダだった君ならわかるよね?」

「いやいや、そんな。最近は個人情報とかうるさいんだから。そんな理由で、同窓会名簿だって学校側は作らなかったでしょ。それを、同級生同士だからって、特に男子のリーダ格だからって、僕が何でも知ってるとでも思ってるの?」


 鈴木和子の家から戻った一ノ瀬亜紀は、翌朝すぐに、幼馴染で同じ大学の工学部に席を置く、金田正太郎が所属している研究室に押しかける。

 研究室の学生部屋でたむろしている彼を見つけると、コーヒーをおごるからと言って、学生会館の人気のない場所まで引っ張りまわしてから、田所の連絡先を教えろと迫る。


「それにね、ここが一番大事なところだけど。確か、田所君て、僕らの高校から転校してすぐに亡くなってるはずだよ」


 亜紀が手渡したコーヒーを一口ゴクリと飲んでから、正太郎は、周りに聞こえないように小さな声で短く告げる。

 驚いた亜希がその言葉を理解するのを待ってから、さらに続ける。


「昔から持っていた持病が悪化したとか、らしい。そもそも、転校の理由も新しい治療を受けるためだって先生は言ってたしね」

「そんなこと、私たち聞いてないわ。転校しちゃったって、直前までは同級生だった人でしょ?」


 飲み切ったコーヒー缶をゴミ箱に捨てて戻ってきた正太郎は、亜紀の隣に座り直して答える。


「進学や卒業直前で、僕たちもピリピリしてたから、先生も公にしなかったんだろうね。だから、知ってるのは、先生とクラスのリーダーの僕ぐらいかな」


 え、じゃあ和子は、誰と連絡してたの?

 誰に誹謗中傷を受けたの──

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