愛を込めた薔薇の花

みららぐ

第1話



「…か」


もうすっかり見慣れてしまった黒い薔薇に、思わずそんな言葉がこぼれ出る。

月に1回、決まった日にマンションの宅配ボックスに入っているこの黒い薔薇の花束。

いったい誰がどこから送ってくるのか、いつもそういう情報は一切ないが、ただ宛先として花束を包む包装紙に「美緒へ」とあたしの名前が書かれたメッセージカードが添えられてある。


というよりこれは、毎回宅配サービス等を通さずに直接宅配ボックスの中に入れられているような感じだ。

本物の薔薇だから、長時間ここに置いておくとそのうち傷みそうなのに、薔薇の状態を見る限り、つい先ほどこの中に入れられたように思う。


いつもそうだ。

月初めの頭、朝の8時に宅配ボックスを見ると、いつも必ずは入っている。

そして薔薇の本数は、いつも決まってあたしの年の数の24本。

あたしはその薔薇を気味悪く感じながら、今日はちょうど燃えるゴミのだったので、その花束も一緒にゴミに出した。


ゴミ捨て場からマンションのロビーに戻ってくると、その時ちょうどこのマンションの清掃員の男と目が合った。

彼はいつもマスクに帽子を被っているため顔をまともに見たことは無いが、一見して20代後半から30代といったところだろうか。

くすんだ水色のつなぎに、同じ色の帽子。

彼はこのマンションで去年の秋頃から清掃のバイトをしており、名前こそ知らないが、彼がここで働き始めてもうすぐ一年が経とうとしている。

そして例の黒薔薇の花束が届くようになったのも、ちょうど彼がこのマンションに配属された頃からだった。


男と目が合ったが、あたしがそのまま無言で通り過ぎようとした瞬間、ロビーでモップを手に持ったその男に呼び止められた。


入ってましたか」

「!」


男はそう言いながら、マスク越しにニヤニヤと笑っている。

男は知っている。あたしが毎月、知らない人物から黒い薔薇の花束を貰っていることを。

毎月送られてくる薔薇の花束に悩むあたしを、男にはいつの間にか見られていたらしい。

何だかマスクをしていてもその表情が読み取れるようで、気味が悪いと思ったあたしは、そのまま男を無視してマンションの部屋に戻った。


******


「え、また入ってたの?」

「そうなの。しかもまた同じ数。24本」

「うーん…」


その夜。仕事から帰って来た彼氏にあたしは例の薔薇のことを相談した。

彼氏の名前は篠田海翔しのだかいと。あたしと同い年で、彼とは去年の初め頃バイト先のコンビニで知り合った。

海翔は普段ワインの製造会社で営業を担当しており、当時外回りをしていた彼が、あたしが働くコンビニに通い詰めるうちにいつのまにか話すようになって、やがてプライベートでも会うようになり、そのうちにお互いに惹かれ合って交際がスタートした。

そんな彼と付き合い始めて、来月でちょうど一年。このマンションで同居を始めてからもそれくらい経とうとしている。

付き合って早々の同居に最初は不安もあったが、今のところ大きな喧嘩もせずに何とか順調にやっている。


「…で、その貰った黒い薔薇は?もちろんとってあるんだろ?」


そして夕飯のシチューを2人で向かい合って食べていると、向かいに座っている海翔がそう問いかけてきた。

でもあたしはその問いに海翔から目を逸らすと、「捨てた」と一言そう呟く。

一方で、そのあたしの言葉に「はぁ!?」と目を丸くする海翔。

右手に持っていたスプーンをお皿の上に置くと、動揺した様子で言う。


「え、捨てた!?花束を!?何で!」

「だって…手元に置いておくの不気味だったんだもん」

「だからって…大事な証拠を捨てたんじゃ、また警察も相手にしてくれないだろ」


海翔はそう言うけれど、あたしは警察なんて最初からアテにしていない。

黒薔薇の花束を貰い始めた当初は、気味が悪かったから海翔と2人で警察に相談しに行ったが、花束を貰うだけで事件性がないからとまともに取り合ってくれなかった。

確かに今のところはずっと「黒い薔薇の花束を貰う」ことしか起こっていないが、それでも海翔は警察に「何かあってからじゃ遅い」と何度か説得しに行ってくれた。

しかしそれにも関わらず、今も尚、状況は一向に変わっていない。


インターネットで調べてみれば、黒薔薇の花言葉は「永遠の愛」だそうだ。

何者か一切わからない人間からそんな意味を込められた花束が毎月贈られてくるのかと、さすがに最初は恐怖で震えた。

それでも「慣れ」というのは怖いもので、今となっては「ああ、またか」という感じ。まぁ、不気味なのは変わらないけど。


でも、海翔がいてよかった。

海翔がいないと、あたしは今頃あの黒い薔薇に独りで怯えていただろうから。そう考えれば、「海翔と出会えてよかった」と心からそう思える。

あたしがそう思っていると、やがてシチューを完食した海翔が、「あ、そうだ」と何かを思い出したように通勤鞄から一枚の紙きれを取り出した。


「来週有休とったからさ、2人でこれ提出しに行こうよ」

「?」

「ほら、婚姻届」

「!」


海翔がそう言いながらダイニングテーブルの上に置いたのは、今日貰って来たらしいそれだった。

実は昨日の夜、あたしは海翔からプロポーズをされていた。

綺麗な夜景が見えるお洒落なレストランで…とはならなかったが、いつものこの見慣れたマンションの部屋で、普段通りに夕飯を食べていたら海翔が「美緒と結婚したい」と言ってくれたのだ。

まさか海翔がプロポーズを計画してくれていたことに気が付かなかったが、思わぬプロポーズが素直に嬉しかったあたしは、昨日はその場ですぐに返事をした。

そしてその翌日にもう婚姻届を貰ってきたなんて言うから、海翔のその行動があまりに早すぎて、あたしは思わずちょっと笑って言う。


「もう貰ってきたんだ。早いね」

「や、だって口だけでなあなあになるのも嫌じゃん。それに、出来るだけ早い方がいいかと思って。美緒、来週の水曜ならコンビニのバイト休みだって言ってただろ?」

「うん、そだね」

「その日は2人で婚姻届提出して、そのあと指輪見に行こう。で、夜はレストラン予約しておいたから、楽しみにしててよ」

「うんっ」


そう言ってニッコリ微笑む海翔は、さすが計画的でしっかりしている。

あたしが好きな海翔は、そういう「何事も事前にしっかり計画を立てる」ところ。

それ故海翔と出かけると、彼は事前にあたしが行きたいところを聞き出して、細かい計画を立ててくれる。

いや、聞き出さなくてもあたしの普段の言動から行きたいところをわかっているようで、いつの間にか伝わっていることもある。

海翔は常にあたしを優先してくれるから、今まで大きな喧嘩が無いのは海翔のおかげだ。


あたしは黒薔薇の恐怖から一時的に解放されると、海翔と2人で微笑み合った。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る