第3話

「ふふふ、うふふふ……」

「ちょっと、シャーロット様!笑っている場合ではなく!」

「あらあら、そうでしたね。こんなに燃えちゃって、大変大変」

「そっちも一大事なんですが、上です上!魔物がいるんですよ!」

「何ですって!?」

黒煙が立ち昇っている空を見上げると、確かにそこには魔物がいた。

黒い翼を生やし、長い嘴に角が一本。

体は十メートル前半くらいで、ガッチリと引き締まっている。

見た感じ、典型的な鳥獣型の魔物だと言えるだろう。

この程度の魔物は、王国の外に出れば幾らでもいる。

それにも関わらず、私の心中は穏やかではなかった。


(なぜ、王都の結界を突破できたのか!?)

最大の疑問は、それだ。

我がサーピラント王国の魔法結界の技術は、大陸に存在するどの王国よりも優れているはず。

この結界は、他国の侵入者を拒否するだけではなく、主に魔族や魔物などに対して有効とされる。

しかもこの結界は、王都に近づけば近づくほど強力となるため、この王都の結界は、最近占領された末端のダイダンダール高原の比ではない。

それに、王都に至るまでにも数々の結界を潜り抜けて来なければならないはず。

それを、この下級レベルの魔物がやったというのか!?

信じられない。

「カァーッ!!」

魔物は口から火を吹き、周囲の建物を焼き尽くす。

幸い、王都の国民たちは先の爆発でほとんど逃げおおせていたので、人的被害はない。

「シャーロット様!」

「分かっています。私の後ろに控えていなさい」

私は魔物に向けて、手をかざした。

この程度の魔物は、普通の攻撃魔法で簡単に排除できる。

私は手の先から光の球を生み出し、魔物にぶつけた。

ダァン!

その爆音と同時に、衝撃波の影響で、魔物の姿は煙に包まれた。

当然ながら、無事、退治できたようだ。

私はそれを確認すると、すぐに王宮に向かおうとした。

一刻も早くこのことを報告して策を講じなければ、我が王国は魔族と魔物に食いつぶされてしまう。

それだけは何としても、阻止しなければならない。

「シャ……、シャーロット様……」

「何をしているの、レイネー。いつまでも廃墟に留まっているほど、暇じゃありません」

「魔物が……、まだ……」

「!?」


私が振り向くと、驚くべきことに、上空には先の魔物がいた。

その体には、私が当てた攻撃魔法の痕跡すらなく、ピンピンとしている。

何事もなかったかのように、グルル、グルルと唸り、私を見てすらいない。

(異常)

この魔物、何かある。

「レイネー、安全な場所に隠れていなさい」

「安全な場所が、見つかりません!」

「伏せてれば大丈夫でしょ」

「雑!」

私は空中に飛び上がると、しばらく浮遊した後、魔物の背中に全速力で降下し、高度攻撃魔法を直でぶつけた。

「シュルドラス!」

私が地上に戻る頃には、魔物の背中に異変が起きていた。

背中の表皮が熱を発して焼けただれ、ふやけ始めたのだ。

魔物は喘ぎながら宙を彷徨い、やがて建物の屋根にぶつかって静止した。

私はその様子を、瞬き一つせずに見守っていた。

『シュルドラス』。

私が使用したこの魔法は、体の内部より熱を発生させ、その熱で体内の臓器のみならず皮膚表面を溶かして死に至らしめる魔法。

なぜこんな即死級の高度な魔法を使ったかというと。

その理由は、奴が説明してくれるだろう。


「フフフ……、好判断だ。人間よ」

「随分と気持ちの悪い登場ですね、魔族さん」

魔物のふやけた背中から、身長百八十センチ後半、角を二本生やした人型の魔族が出現した。

全身に魔物の血を浴びているが、ダメージは受けていない。

魔物の体内に防御魔法を張り巡らせ、熱を遮断したのだろう。

「私が魔物の体内に潜んでいること、よくぞ見抜いたな」

「経験が教えてくれたようです」

「フフフ……、面白き人間よ。私が魔物の力を体内から強化していると悟り、魔物の肉体を溶解して、出てこざるを得ぬ状況にするとは」

「私が知りたいのは、そこではない」

「……?何だ」

「どうやってこの魔法結界を抜けてきた?そして、貴様の目的を聞こう」

「魔法結界ねえ……。その質問には、ちと答えられんな」

「そうか。では、地下牢にて答えてもらおう」

「やれるものならな、人間」

魔族は宙に飛び上がると、空に背を向けて一直線に移動を開始した。

私は時を逃さず軽い攻撃魔法を仕掛け、それと同時に浮遊し、魔族との距離を一気に詰めた。

「ダイエンロウ!」

私は両手から爆撃を発生させ、強化魔法で火力を上げて放った。

「甘いな」

「!?」

魔族は急に身を悶えさせたかと思うと、口から巨大な魔物を吐き出し、私にぶつけた。

(くっ……、こいつ……!)

何とも気持ちの悪い奴だ。

自分の体内にも、魔物を飼っていようとは。

私はバランスを崩し、『ダイエンロウ』は中央広場の時計台に直撃して、見るも哀れな姿になった。

「借りるぞ」

それと同時に、魔族は魔物の体を踏み台にしてさらに大きく飛び上がり、高速で空中を飛んで行った。

逆に、私の体は巨大な魔物に押し潰される形となって、急速に降下した。

「素晴らしき魔法だ、人間!それに免じて、魔法結界を突破した方法こそ教えてやれぬが、我が目的だけは教えてやろう!」

「……」

「仰せつけられし我が役目は、サーピラント国王、アルファレヒト六世の娘、ミーナ姫をあるお方に送り届けること!」

「!!」

「さらばだ、人間!」

私はその声が終わるか終わらないかのうちに、地上の瓦礫の山に叩きつけられた。

「シャーロット様!」

しかし私は、レイネーが駆け寄ってくる頃には、既に巨大な魔物を跡形もなく始末して、戦闘態勢に入っている頃だった。

「シャーロット様、お怪我は……」

「問題ありません。それよりもミーナ姫は今、どちらに?」

「いつもとお変わりなく、王宮近くのユルナンスの塔にいらっしゃいます!」

「まずいわね。奴が飛んで行った方角が、まさにその方角。急ぐわよ、レイネー」

「はい!」

「やれやれ。とんだ場面に出くわしてしまったな」


声がした方向を振り向くと、そこには燃え尽きた酒場の瓦礫の上にのんびりと座っている、一人の男がいた。

やれやれ、あの程度の爆発に呑まれたくらいでは死ななかったか。

本当に勇者というのは、厄介な存在だ。

























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