Messiah
KEIV
Hope
見える景色に腕を伸ばし、指でフレームを作って眺めつつひとつ思う。
『この世界は筆舌尽くしても語りきれないくらい、痛い程、笑っちゃう程、泣いちゃう程、とても美しい』
たしか、彼も同じことを言っていた気がする。それどころかもっとハッキリ、情景が浮かぶほどの言葉で語っていたような。そんな気がする。そう思い、瞼を落とす。
雲ひとつない快晴の透き通ったグラデーションの青
一面灰色の中に物理法則が描く水墨画の濃淡
暴風雨さえも打楽器と管弦楽器の重奏を鳴らす
降り積もった雪がその世界に生きるものの姿を鮮明にし
濃い霧が見える世界に静寂をもたらす
流れる水が
人々の雑踏が
ざわめく草木が
揺れる地が
赤く溶ける空が
誰かが思いを賭けて紡いだ音が言葉が
誰かが誰かを思い動き繋がるその流れが
そう、その全てが美しい。
人々が描き出す世界はそんな世界だ。清も濁も生きている。穢れすら命を持って人と共に歩んでいる。
人々が描き出すその世界には、足元に破り捨てた下書きがあることも、黒一色に塗りつぶした失敗作があることも、見せるキャンバスの裏に書き損じがあることも。
分かってる。分かってるんだ。ただ、それでも。それでも、その全てが俺にとっては美しく、清らかで、穢れひとつなく見えるんだ。
繊細なタッチで書かれた芸術的価値の高い絵に、筆圧の緩急と迫力が躍動する1枚の書に、比喩表現が命の営みを動かし行間が激しくしかし優しく自然を揺り動かす1話の物語に。その全てが言葉に出来ないほど『良い』物なんだ。
そうだ、彼はそう語っていたんだ。いつもは教室の端から楽しそうに変化を眺めていた彼が、たまたまた降りたその駅でベンチに座ってどこか遠くを眺めながら。そう──語っていた。
その時もきっと、彼は心の中で真珠のような大粒の涙を零していたのかもしれない。耐え難い痛みを抱えて、癒えない病をその身に押さえ込んで、『消えるまで』消えない衝動を背負わされて。今思えば、きっとそうだったんだと思う。
半分勢いで、心優しい彼女にあんなこと語っちゃったけど良かったのかな……
んまぁでも、裏の意味を悟られないよう言葉を選んで、心を選んで話していたからきっと今は大丈夫だろう。
彼女に語った言葉には、本来こんな続きがある。
それに比べれば自分なんてどうしようもない。そう言わざるを得ないんだ。
失敗ばかり
間違え続ける
正せない
成長が無い
終わっている、救う手立てがない、生けるデク人形、無意味に世界の資源を浪費する、変わるべきところで変われない、幸せを願われても叶えない、誰かの親切心を受け取れない、誰かの気持ちを無下にする、生きている必要性がない、吐瀉物廃棄物ゴミクズ肥溜め絶望憎悪懐疑否定不正解劣等
拒絶
カラ元気は残弾切れで、足元には
誤魔化し笑いは今じゃ狼少年とさほど変わらない。
楽しむ心は鎖で繋がれ、希望に縋る気持ちは理由の分からない容疑で拘留中。
生存意欲はとうの昔に首を吊って振り子のようにただ揺れている。
孤独な部屋で幽霊と化した自分を尋ねる人など誰もいない。
そんな中でただ1人がむしゃらに描いたキャンバスには絶望以外何も無かった。
一点の曇りもなく、水彩絵の具の広がりと混ざりすら計算ずくで塗った、自然よりも自然なグラデーションの青空は濁りきった紫に変わった。
葉1枚一枚の差を細かく描き分け、初めて空気を吸った双葉を飾る、生き生きと描いた緑の草木に死の灰が降った。
水面の反射が並べた宝石のように輝き、流れる水をそのまま飲めば飢えた命が生き返る、美しいせせらぎの小川は瞬きすらしない内に濁流となり全てを押し流した。
時に無骨さが強固さを鍛え、時に曲線美が見る人を包む人々の
さっきまで幸せそうに微笑み合っていたチワワと子どもはその姿を残したままウジが湧き腐り果てて転がっている。
幸せを願って描いた世界は何度やっても一瞬にして救いようのない死んだ世界に塗り替えられる。どんな絵の具もどんな筆もどんなキャンバスも。どんなに綺麗なものを手に取っても、どんなに高級で質の良いものを手に取っても、全てが終焉へと変わる。そんな世界しか作れないのなら、俺に世界を作る資格は無い。ならば、自分が出来ることは一つだけ。必ず壊れる世界しか作れないのなら、壊れる世界が作れないようにすることだけ。決して狂うことのない狂いきった意志の赤で全てを染めるのみ。
っとそろそろかな。
衝動を決める自分がどこかを見つめながら自分に呟き、ヒトを逸した世界から眺める自分が「こうすれば良いんだよ」と嫌にニヤついた笑いを浮かべながら自分に囁く。衝動と俯瞰と別れた自分が同じ決断を下すなら、何も考える必要は無い。
嫌に笑いながら正しい結末を突き付ける俯瞰と何も感ずることなく結末を眺める衝動。どちらにも与することなく、動きをプログラムされたロボットと変わらぬ様で、行動をただ粛々と遂行する。
「この脳ミソ、こういう時にだけ役に立つから困るんだよなぁ……」
どちらでもない自分が皮肉に笑いながら独りごちた一言は、その身が砕ける音に吸い込まれて消えていく。
あの日、彼が見ていたのはきっとこんな景色なんだと思う。ホームの屋根に転がる夕日と山並みのように並ぶ人影が織り成す夕景。雑踏と微かに混ざる音漏れが作り出す都市型音楽。寂しさと心地良さが同居するこの記憶に、あの時の彼を写しておこう。
彼がぼかしていた裏の言葉意味を今なら理解できる気がする。仇の居ない弔い合戦なんて出来ないから、せめてこの記憶と共に生きて彼の命をどこかに繋いでいこう。
本作は『希死念慮を持つ精神』等を主題とした作品となりますが、自殺を推奨するものではありません。
Messiah KEIV @3u10REAPER
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