五十題噺 『さつきの愉快な一日』
南雲 皋
***
お題五十個全部使って短編書くとか笑えるわ。と、さつきは部屋でひとり都々逸を呟いた。
誰にも気付かれることのなかった呟きは宙に浮かんで、しばらくその辺りを彷徨った後に弾けて、消えた。
「何やってんの?」
「準備できた~?」
部屋の扉をノックすることもなく入ってきたのは双子のあかりくん。
あかりくんは双子なのだけれど、二人ともあかりくんなのだ。
ショタとイケメン(あかり)なのである。
兄の
弟の
二卵性双生児の彼らは何故かさつきによく懐いていて、度々こうして部屋に突撃してくるのだった。
今日は二人と冬期講習会に行く予定だったから、参考書を詰め込んだカバンを持ったさつきは部屋を後にした。
「今度こそとーふちゃんに勝ちたいよな」
「
「我が家の掟は文武両道だからね~」
「
「兄ちゃんに負ける分には許してくれるからさ~」
学習塾に向かって歩いていると、ポケットに入れていた携帯が震えながら警告音を発した。もう何度も耳にしたこれは怪獣警戒アラート。
遠くから怪獣の鳴き声が聞こえ、地面が振動する。
初めのうちは戸惑い、逃げていたけれど、今はだいぶ慣れてしまった。
怪獣映画のエキストラだったとしたら、きっとクビになるだろう。
どうしてこんなに平静を保っていられるかといえば、魔法少女がいるからに他ならなかった。
この国は、玄天上帝(玄武さん)が召し上げた五人の魔法少女によって守護されている。
突如として現れた怪獣は宇宙からの侵略者だというのが研究者の主張だが、侵略するなら魔法少女のいない国にしてくれと思う。
魔法少女たちは殺生を禁じられているらしく、毎回怪獣を追い払うことしかしないのだが、それなりに痛めつけてはいるのだ。いい加減諦めてほしいものである。
ただ、どうやら魔法少女の攻撃によって怪獣のデオキシリボ核酸に変化が起こっているらしく、いずれは完全に無力化できる見通しらしい。どこまで信じていいかは分からないが。
「そういえば、ギルちゃんの噂聞いた~?」
ギルちゃんというのは三番目に選ばれた、タンバリンを打ち鳴らして戦うミュージカル系魔法少女だ。歌って踊る度にオレンジ色のツインテールが揺れて、親衛隊が沸くのが特徴だった。
「噂?」
「スライムに脳みそかき混ぜられて、闇堕ちしたんだって~」
「待って何そのエグいの」
「びっくりだよね~。運良く後遺症なしにスライム摘出できたのに、スライムなんかに汚された魔法少女なんか表に出せないって能力封じられて監禁されてたんだけど、処刑間際に封印を解いて暴れ回って逃げたんだって。いつか怪獣に混じってギルちゃんも攻めてくるかもしれないってもっぱらの噂だよ〜。玄武さんも責任問題を追及されるだろうってさ〜」
「そうなんだ……ギルちゃん割と好きだったのになぁ。魔法少女で居続けるのも大変なんだね」
商店街のスピーカーから、『恋しさと切なさと心強さと』のオルゴールバージョンが流れている。そのせいもあって、さつきはしょんぼりとしながら塾への道を歩いた。
商店街では鏡開きのお祭りが開かれていて、あんこやきなこ、醤油で食べる餅の他に、雑煮やぜんざい、鍋なんかも用意されているようだった。鍋には本物のカニとカニカマの両方が入れられていて、目隠しをした状態で食べたのがどちらか当てるゲームも行われていた。
祭りと妖怪は切っても切れぬ縁があり、そこらじゅうに出ている出店の店主たちはみんな妖怪だった。立ち入り禁止区域はぬりかべが警備していたし、不正防止のために何人ものサトリが駆り出されている。
「帰りまで残ってるかな〜」
「食べたいね」
「講習頑張ろ〜」
三人が頑張ったところで冬季講習会が早く終わるわけではないのだが、講師陣も商店街を通ってきた人が多かったのだろう、予定より少し早く終わることとなった。
家でやるようにと渡された問題集をカバンに詰め込み、商店街へと急ぐ。
利きカニイベントは終了してしまっていたが、餅は多少残っており、三人は各々好きな味の餅を楽しんだ。
しかし、三人ともに絶賛育ち盛りのお年頃である。少しの餅は食欲を刺激しただけで、むしろ空腹は加速するばかり。
出店の店主たちは酒に酔っ払って店を畳んでしまっているし、家に帰ってもまず調理から始めなくてはならない。無理だ。
祭りのフィナーレを飾るサンバカーニバルが始まり、盛り上がったみんなの手拍子が商店街を揺らすのを尻目に、三人は馴染みの何でも食堂へと向かった。
「ぼく、カレーうどん」
「わたし、オムライスとココア」
「ぼく、トルネードパフェとミルク抜きロイヤルミルクティー」
食堂のおやっさんはいつものように「あいよー」と注文を受けた後、新作のカブトムシドルチェを勧めてきた。
おやっさん、頼めば何でも出してくれるところはいいのだが、いかんせん一皮剥けるぜ!と言いながら服を脱ぐ男である。そしてその勢いのままに、ゲテモノ料理を生み出しては勧めてくる。
いい迷惑だと何度言ってもやめないが、普通のメニューはとてつもなく美味しいので結局この店に来てしまう。
何とも罪作りなおやっさんなのであった。
おやっさんは天狗でもあり、インカコーラを報酬として渡すとぐんぐん鼻を伸ばして重たい荷物なんかを運んでくれたりする。空も飛べるから、渋滞を無視して運搬できると地味に仕事が途切れないらしい。
ワンオペでどこまで行けるのかと心配になるが、無理!ってなったら狼煙を上げれば、天狗一族がお手伝いにきてくれるのだそうだ。
おやっさん、調理してる時は脱ぐのに空飛ぶ時は脱がない。どうしてだか聞けば、寒いからだという。そこはふんどし姿で飛ぶところだろうが。
他愛のない会話を繰り広げつつ、運ばれてきた料理を食べる。
餅によって整えられた胃袋は全てをぺろりと平らげてしまった。
「な~んかイソフラボン足りないかも~」
「豆乳グラタン追加で」
「パソッカとピーナッツ太鼓も~」
「なんか……カブトムシドルチェも気になってきちゃったんだけど……ヤバいかな~」
とんでもないことを言い出すイケメンを、さつきはショタと一緒に必死で止めた。
この店ではお残し厳禁。
頼んだからには完食せねばならず、同じテーブルについた三人は一蓮托生である。
「どう考えてもヤバい」
「そうだよ~、さっきチラッと見えたけど、リトマス試験紙でソースのチェックしてたよ~」
「ベロ溶けちゃったらどーすんの!」
「分かった、やめとく」
そうして追加注文した料理も腹に収めたさつきたちは、お会計に向かう。
にこやかにレジの前に立つおやっさんは、三人の目の前にビニール袋を差し出した。
「これ、お土産」
「………………まさか」
「カブトムシドルチェ」
「いりません!」
さっとお金を置いて店の外に出ようとするさつきたちの前に、何人もの天狗が立ちはだかった。
逃げられない。
ビニール袋の中には、数匹のカブトムシ。そしてカブトムシに傷が付かないよう、スライムが緩衝材代わりに入れられていた。どうせなら消化してくれスライムくん……と、三人は心を同じくした。
残念ながらスライムは核を除去されていて、カブトムシを食べることはなかった。
カブトムシドルチェの入った袋を揺らしながら帰り道を歩いていると、向こうから露出狂おじさんがやってくるのが見えた。
今日も今日とてベージュのロングコートを着込み、前をしっかり閉じて歩いている。
露出狂おじさんは日によってコートの中に着ている服が変わるのだが、それを事前に予想するのが流行っていた。
先日はマイクロビキニと予想して、実際はまわしだったので、今回は赤いふんどしと予想してみる。
彼は露出狂と言っても隠部を見せたいわけではなく、普通であればそのまま家を出ないだろうという格好で外を彷徨くのが好きなタイプなのだろう。
「ごめんね、今日は本気出しました」
「ギャーーー!!!」
変態は完全変態でした。どうして今日は全裸なの。
天狗のおっちゃんも真っ青な天狗が。そこに。
さつきたちは全力で逃げた。追いかけてくる足音が聞こえなくなるまで走って、走って、気付けばモホロビッチ不連続面にまでやってきていた。
どうしてこんなところにと思ったが、そういえば
数年前から人類は突如として超能力を獲得し、その中でも特に強力な能力を持つ者が、この国では魔法少女に選ばれるのである。
「さすがに逃げすぎたよ、帰ろう」
さつきたちは手を繋ぎ、元来た道を辿るように歩いた。途中、大ミミズに襲われる露出狂おじさんが見えたが、普通に無視した。
豈図らんや、大ミミズに襲われるとは。あれは目撃者もめったにいない、UMAの中でもレアな部類のはずだ。
運がいいやら悪いやら。大ミミズの引き起こす地殻変動に注意しつつ、三人は家まで帰ってきたのだった。
「さつきちゃんの家でドラマ見てっていい?」
「いいよ」
さつきの家の前には、どでかい桃が置かれていた。
桃はぱっかり二つに割れていて、内部がくり抜かれたようになっている。
「うわ、これ桃太郎の抜け殻の桃じゃん! いいな!」
「へへーん、オークションで落としたよ、いいでしょ」
「あれ、再配達票も一緒にあるよ〜」
「え、桃は置き配できるのに、なんで再配達なんか」
「んーとね、猛尿の箱だって〜」
「あ、呪物だ」
呪物コレクターのフィーカスから、着払いで送ったからと言われた代物だった。名前からして最悪すぎるので、受け取り拒否したいのだが無理なのだろうか。
送料払わずに無視し続けていれば、持ち帰ってくれないだろうか。無理か。
泣きながら再配達の申し込みをして、桃を持って家に入った。コレクションを保管している大部屋に運び込み、用意していた台座に設置すると、桃から裏返した手袋が転がり出てくる。
「なにこれ、片っぽしかないけど」
「桃太郎の忘れ物かな?」
「とりあえずコレクションに加えとけば〜?」
「そうする」
棚の空いているところに手袋を置き、リビングへ行ってテレビを付けた。
ちょうど、【逃げるは恥だが役に立つかなぁ……】とタイトルが表示されたところだった。
あかりくんたちはソファに座ってテレビを観始めたので、さつきはお風呂の追い炊きスイッチを押した。
確かあのドラマは再放送の総集編だったはずで、全部観終わる頃には夜も遅くなっているだろう。
そのまま泊まりたいという話になるに決まっていると思ったさつきは、二人を気にせず普段の自分のルーティンをこなすのだった。
風呂が沸くのと、インターフォンが鳴るのはほとんど同時だった。
再配達に来たのだろうと玄関を開けると、イルカとコウモリが立っていた。
どうせ立つなら擬人化しろよと思うくらいに、ただただ、イルカとコウモリだった。
イルカの手は器用に箱を持っていて、さつきが何かを言う前にぐいと押し付けてくる。
「ちょ、ハンコは」
「いらない」
箱を手放すと、間髪入れずにコウモリがイルカの背ビレを掴み、バッサバッサと飛び去ってしまった。
配達が立て込んでいるのだろうか。
そんなことを考えるさつきを、猛烈な尿意が襲う。
「あああああ猛尿の箱ってそういうことォォォ?!」
さつきは大慌てでコレクション部屋に箱を投げ入れ、トイレに駆け込んだ。
そりゃイルカも箱を押し付けてくるだろう。トイレ、行けたかな。
配達員の膀胱を心配しつつ、リビングではしゃぐ双子をそのままにお風呂に入った。
「二人もお風呂入れば、お風呂場にもテレビあるよ」
「そうだった! 最高!」
「先に入っていいよ〜、僕もうすぐ来るシーンが一番好きだから」
「おけ」
冷蔵庫から瓶のコーラを取り出し、
栓を抜いた瓶を差し出すと、ノールックで受け取って飲み始めた。
よっぽど好きなんだなこのシーン。
テレビには、リビングに置かれた大きなテーブルを埋め尽くすほどにピザが並び、パーティが繰り広げられている。
「ご飯食べたけど、ピザでもとる?」
「とる〜」
ほとんどずぶ濡れ状態で風呂から上がってきた
三人の楽しい日々は、今日も愉快に過ぎていくのだった。
五十題噺 『さつきの愉快な一日』 南雲 皋 @nagumo-satsuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます