笑顔のアイロニー

アカギメラン

序章 普遍の第1小節

_______大丈夫、今日もやれるよ。

私は私に、そう声をかけた。





だから今日だって、鋼のように重い右足でドアの先へと踏み込めた。





「みんな、おはよう!」





とびっきりに弾けた笑顔を作る。




「あ!葵ちゃん、おはよう!」



「今日も葵ちゃん元気だね〜!」





すると、クラスメイトたちは笑顔で私の方へと手を振ってくれる。


そして私も、ゆっくりと口角を上げて応える。





「いつも通りだよ!」





そう言って。







「くあぁぁ……。眠すぎる…。」



一通り知り合いたちに朝の挨拶を終えて、私は窓際の自席へと腰掛けた。


目の前には、大きな欠伸をしている私の友人第1号が。




「神崎さーん、起きてますかー?」



「っ、うわっ!!…葵かぁ。もう、耳元で叫ばないでよね。」



「京子がちゃんと寝ないから悪いんでしょ。めっ。」




そう少し強めにおでこにデコピンをすると、それへのオーバーリアクションに思わず吹いてしまった。




「笑うんだったら最初からデコピンしないでくださーい。」



「朝から元気なもんでね!」




「葵はいつもそうだよね。」





全く、同い歳とは思えないよ。

そう不服そうに吐き出された言葉に、私も苦笑を零した。





(いつも通り、ね。)




頬杖をつき、何となく雨が降り出しそうな空模様を窓越しに見つめる。


ずっと前からある、この名前のつけられない感情は一体何なんだろう。



何も病気もしていないし、皆との付き合いも良好。先生からの評価だって高いはず。


現に目の前に座る神崎京子からは、毎度の如く褒めちぎられる始末。




(本当に、私は嬉しいと思ってる?)




いや、嬉しいよ。

だって、青春を孤独で過ごすなんて耐えられないもの。


たくさんの友人、とっても賑やかなクラス、全員で作り上げる一瓶いっぱいの思い出の星々。



どれもこれも、努力なしでは得ることなんて、出来ないはずだもの。




「私は、合ってるの。」




これが、正解な道。




(そう、だよね。)





目を瞑り、もう1人の私に確かめるように唇を軽く噛んだ。








聞き飽きてしまったチャイムの音が教室に鳴り響いた。

ざっと見渡しても出席率はとても良い。でも他のクラスは、噂によるとだいぶやる気のない生徒が増えてきたらしいから。



(会長はどう思ってるんだろうかなぁ、この現状。)




我が高校の今の生徒会長は、1歳分年上の3年生の嵐田あざみ先輩。


1年生の時からたくさんの囲いが彼女の周りには金魚の糞のごとくついて回り、それはそれは人気者といって差し障りない、圧倒的なカリスマ的存在だったらしい。



そして、私はそんなあざみ先輩に声をかけられて生徒会入りを果たしている1人だ。




(生徒会なんて、入る意思とか微塵たりともなかったけどね。)




周りからよく思われるんだったら、先生から良い評価を下されるんだったら、気の向かないことにだって首を縦に振るよ。




「そのおかげで、放課後はよく潰れるけど…。」




「だーかーら、早くあそこの喫茶店行こうって言ってんのに。」




「むしろ、京子はちゃんと部活行った方がいいよ?絶対部長とか、マジギレしてそうだもん。」




「はぁ〜あんな陰気臭いところ行く気起きないもん。いっつも誰かの陰口しか話してないじゃん。」




「あ、あはは……。まあ、そういうのが盛り上がる時もあるんじゃない?」




「私は聞いてて不快だもん。だから行かない。幽霊になって、部長の間の手から地の果てまで逃げ切ってやる!」




「京子らしいっちゃらしいけどもね。」




京子は入学式に私の隣の席に座っていて、その流れで友人枠へと入ってきた。

流れ、なんて聞こえの良い単語を使っているけれど、実の所は私が死ぬほど勇気ペダルを踏み込んで話しかけた結果の賜物だ。



京子には元々の友達が多く、それ繋がりで私の人脈もどんどん広がって行ったと言っても過言では無いはず。




(だから感謝してるんだ。)




京子、私の強い強い武器。






ふ、と微笑むと、京子がこちらをじっと見つめる。





「なに?なにか付いてる?」




不思議にそう思ってそう問うと、彼女はずいっとこちらへ顔を近づけてきた。




鼻息がわかる程度まで近づかれ、流石に気まずいような心地がして落ち着かない。






「…葵って、いっつもその顔してるね?」




「え?」





恐らく豆鉄砲食らったような顔になっているであろう私が、彼女の瞳越しに私の瞳へも入ってくる。






「いつも、笑ってるねって。」





顔色ひとつ変えず、京子はそう呟く。

元々眼力の強い彼女に見つめられたからか、それとも何処か痛いところを思い切り突かれたからか、私は思わず目線を外した。




「だって、楽しいからね。」




そう言って、笑う。

そんな私に、京子も眉間のシワを緩めて口角を上げた。




笑顔って、薬だよね。

素敵な素敵な薬。



気持ち良いくらい、私たちを夢に連れて行ってくれる。




(いいもの、これで。)




例え何が無くなったとしても、私は今、この時の私が、輝いていれば。



みんながちゃんと、私を見てくれているなら。





「そう……幸せなの。」




窓から吹き込んだ風が、身体を貫いた。

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