第四章
第33話 スキル
ペセタ領軍を追い返した後のアトラ村は元通りと言う訳には行かなかった。
失った人材は人数こそ多くなかったが、村では高い戦闘力を持つ者ばかりであった。
ほとんどが総大将の騎士ダリオスに討ち取られていて、本来なら手を触れない手筈となっていた本陣に突撃を指示してしまったカプルを落ち込ませていた。
ペセタ領軍からは帰りの食料以外のものは、ほとんどいただいていた。
森では使い道のない金銭も含めてだ。
やはり今後のことを考えると武器が多く手に入ったのは大きかった。
まだヴェルデリオンに鉄鉱石を拾ってきてもらっていなかったので、アルト村の武器は石製がほとんどであった。
これで一気に武装の強化が進められる。
エリーとヴェルデリオンは戦の日からアトラ村に滞在してくれていた。
それと言うのも2人は回復魔法が使えたからだ。
それに2人とも薬師としての知識も豊富であった。
2人から薬草に関する知識を得たことでアトラ村では、病気で亡くなる人数が激減していた。
今回も2人の回復魔法と薬草の知識のお陰で死者は最小限で済んだと言えただろう。
それでも村の雰囲気が明るくならないのはこの後も戦が続くと予想されたからであった。
ゲッターは執務室で主だった者を集めて会議を開いていた。エリーとヴェルデリオンにも参加してもらっていた。
議題は今後グリプニス王国とどのようなに付き合っていくかであったが、それに関してはすぐに結論が出た。
対等な国交関係の樹立、それが実現されないのであれば森を閉ざす、それ以外はなかった。
これに関してはゴブリンたちの意見も強かったのだが、エリーの意向が強く反映されていた。
世界樹の世話役であるドライアドのエリーからすると、今回のように森に一方的に攻め込んでくるような国と交流を持つ必要はなかった。
攻め込んでくるなら追い返す。それ以外はないと言うのがエリーの最初の意見だったが、実際に外敵を追い返すのはアトラ村を始めとする森の住人たちである。
世界樹は力を与えるのみで自らその力を振るうことはできない。だから世話役や守り人が必要なのだ。
そのため戦わないですむように対等な国交関係の樹立を目指すことをゲッターは譲らなかった。
エリーとしては世界樹を守るためには森の住人たちの協力は欠かせないのでそこは譲るしかなかった。
問題はその次で、方針は決まったものの、すぐには対等な国交関係樹立とはいかず再戦は避けられないだろうということであった。
グリプニス王国は強国でアトラ村とは全くと言っていいほど規模が違う。
グリプニス王国からすると対等な国交関係を結ぶことはメリットがないどころか、他国の目があるのでデメリットでしかない。
「ここまで来るとアトラ村だけでは荷が重いな。オークの村やワーウルフの村にも協力してもらって、森の住人連合として外交をした方がいいな」とゲッターは提案した。
「その上でエリーにも森を守護する妖精として一役買ってほしい。森の代表的な立場としてグリプニス王国と対等な国交関係を結びたいと書状を書いてほしいんだ。相手は大国だ。こちらとしてはできる限りグリプニス王国の面子を保つ用意があると示したい」とエリーに説明した。
エリーは深刻な表情で「世界樹の存在は明かしたくありません。なので私が表に出るのは避けたいのですが」と首を振った。
ゲッターは諦めず「世界樹の存在は明かす必要はないよ。あくまで森の住人連合のまとめ役と言う立場でドライアドの存在を示したいからね」と言ってから「人間はゴブリンやオークを下に見ているからドライアドがいるだけで見方が変わってくると思うよ」と説明した。
エリーは仕方ないという表情で「私は森から出ることはできませんよ。消滅してしまいますから」と言った。
ゲッターはホッとした表情になって「だから書状だけで大丈夫だよ。表立っては私やグルドで動くから」と答えた。
話がひと段落したのでガプロが1番気になっていることについて口にした。
「森の住人連合を作るにしてもグリプニス王国に対抗できるでしょうか?今度はダリオスのように強い騎士が多数出てくる可能性もあります」と難しい表情で言った。
するとカプルが悔し気に「スキルがあればあんな奴に負けなかった!」と叫んだ。
この場にいる者は皆カプルが剣技では上回りながらスキルを使われて敗勢に追い込まれたのを知っていた。
カプルの叫びに場の空気が重くなり、ゲッターも何て慰めようか迷っていると「ならカプルもスキルを持ったらいいんじゃないかな?」とヴェルデリオンが言った。
カプルはパッと表情を輝かせて「ヴェルデリオンなら俺にスキルを授けられるのか?」と尋ねた。
ヴェルデリオンは首を振りながら「ぼくはやらないよ。でもゲッターなら世界樹の力を借りれば、ゴブリンやオークのスキルを発現させることもできると思うよ」と言った。
ゲッターは思わず自分の名前が出たので顔の前で手を振って「無理、無理」と言った。
ヴェルデリオンはそれを無視して「そもそもスキルというのは神から授かるものではなく、もともと持っている潜在能力を発現させているものなんだ」と説明し始めた。
ヴェルデリオンは続けて「だからゴブリンでもオークでもその潜在能力を発現させれば人間と同じようにスキルを使えるようになるよ」と説明した。
ゲッターは「ならゴブリンやオークも神の洗礼を受ければスキルが授かるってことかい?」とヴェルデリオンに尋ねると「だから授かるわけじゃないんだけどね。まあスキルが使えるようになると思うよ」と答えた。
ゲッターが「思う?」と尋ねると「人間の場合もそうだけど絶対ではないんだ。潜在能力によってはスキルなしや、スキルがあっても魔力がなくてスキルを発動出来なかったりすることもあるしね」とヴェルデリオンは答えた。
ヴェルデリオンは周囲を見回すと「スキルに関する才能は生まれてから伸びると聞いている。だから生まれたばかりの赤ちゃんは洗礼を受けてもスキルは使えない。ある程度成長してから洗礼を受けた方が、スキルに関する才能が伸びていて強いスキルを使える可能性が高いんだ」と説明した。
ゲッターは考え込みながら「それなら出来るだけ洗礼を受けるのを遅くした方がいいのか?」とヴェルデリオンに尋ねた。
これにはヴェルデリオンは首を振って「そうとは言い切れないんだ。ゲッターなら分かると思うけどスキルは使うことによって、幅と言うかできることと言うか、応用が効くようになるからね。これはスキルを実際に使ってみて自分で試してみないとできないことだ。それに潜在能力のままどこまでその才能が伸びるかもわからないしね。何せ潜在的なものだから」と答えた。
ゲッターは納得したように「きっと15歳で洗礼式を受けるのは、人間からしたら丁度いい時期ということなのだな」と頷いた。
それからゲッターは「それで私にもゴブリンやオークに洗礼を与えることができるのかい?」とヴェルデリオンに尋ねた。
ヴェルデリオンは隣の席に座るエリーを見てから「世界樹の力を借りればね」と答えた。
ヴェルデリオンは続けて「神が人間の神父に洗礼の仕方を教えたのは、神が人間たちには個性が足りないと思ったからって聞いてるけど、本当か嘘かはわからない。どちらにせよ人間の神父のやり方ではゴブリンやオークに洗礼を授けることはできない。だから世界樹の力を借りて潜在能力を発現させるのさ」と説明した。
ヴェルデリオンがエリーを見たのでエリーが引き継ぎ「ですが世界樹の力を利用する以上、誰でも無制限にと言う訳にはいきません。それに世界樹の力を借りた以上は、その人には世界樹の守り人としての役目を負っていただくことになります。その人物の見極めをゲッター様にしていただきたいのです」と説明した。
ゲッターが「森の住人なら世界樹の守り人になれるなら喜んでなると思うけど」と言うとエリーは首を振り「そうとは限りません。強い力は人を狂わせる原因になります。守り人の役目を果たさないだけならまだいいですが、より強い力を求めて世界樹を犠牲にしようと攻撃されると、最悪の事態となります」と答えた。
ゲッターが「実際に過去にそういったことがあったのか?」と尋ねるとエリーは「この森の世界樹ではありませんが。この広い世界の長い歴史の中では、世界樹の聖なる力を得ようとした話は枚挙に暇がありません。もう一度言いますが人間だけに限らず強い力は人を狂わせる原因になります。そのことを忘れずに、世界樹の守り人を任せることができると思う人を選んでください」と言った。
エリーの話はとても重く、ヴェルデリオンが人選の役目をゲッターにさせた理由がわかった気がした。
ゲッターは責任の重さに躊躇していたが、話を聞いたカプルは「俺、世界樹の守り人になる!だからゲッター!俺にスキルを授けてくれ!」と言ってきた。
ゲッターはヴェルデリオンからスキルの話を最初に聞いた時ほど楽観的には考えられなかったが、森の住人たちにスキルが必要だと言う考えは変わっていなかった。
だから話を進めて「無制限とはいかないと言う話だが、実際にはどれくらいなら世界樹には影響がでないか?」とエリーに尋ねた。
エリーは「人数だけなら一度に10人くらいなら世界樹には全く問題ありません。1カ月くらい時間を開ければ世界樹も回復するでしょう。ですが世界樹の負担の問題だけではないのです。最低限の人数で慎重に人選をしていただきたいのです」と深刻な表情で言った。
ゲッターは頷くと「わかったよ。人選は慎重に行うし、世界樹の守り人になると私と世界樹に誓ってもらうことを約束するよ」と言った。
エリーは完全に安心した様子ではなかったがゲッターを信頼してか頷き返した。
それからゲッターはカプルに「誰が洗礼を受けるか決めないといけない。悪いようにはしないからカプルも少し待ってくれ」と言った。
その後「まずは森の住人連合からだな。西のゴブリンの集落やワーラットとワーキャットの集落とも連絡を取りたい。エリー仲介を頼むよ」とゲッターは言った。
エリーは「承知しました」と綺麗なお辞儀で答えた。
こうして魔の森に新たな秩序が生まれようとしていた。
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