第29話 ペセタ領軍
ゲッターはまず村にいた者の中から偵察隊を送り出した。
その後レイクに森に出ている者たちを呼び戻すこと、矢などの物資を確認し準備させることを指示した。
昨年の洞窟での戦いでアトラ村の成人男性の数は半分以下まで減っていたが、この一年でほぼ同数の子どもが成人していた。
ゴブリンは一回の出産で2人ずつ産むから、人口がここまで急速に回復したのだ。
恐るべきゴブリンの繁殖力と言える。
また訓練や勉強の成果が著しく、女性の中にも戦えるようになった者もいるので戦力的には以前と比べて段違いのレベルになっていた。
問題があるとしたらそれはスキルの有無である。
この世界の人間は15歳の洗礼式で神からスキルを授かる。これはエルフやドワーフなどの他の種族にはない特別な物だ。
だからこの世界では人間が一番繁栄していて他の種族は概ね人間に従属している。
もちろん広い世界にはエルフやドワーフの国もあるが、人間の国とは地理的に距離がある場所にあるのがほとんどだ。
アトラ村がゴブリンの村として存在できたのも魔の森という人間の国と隔絶した場所にあるからと言えた。
数の上でも個人の戦力でも上の相手にどう戦うか。
ゲッターは頭を悩ませるのであった。
レイクがアイナたち森に出ていた者を連れて帰ってくると、ゲッターは主だった者を集めて会議を開いた。
「結局は地の利を最大限活かして戦うしかないんだけどね」とゲッターは参加者を見回しながら言った。
「相手は数で上回ると言っても、森の中では広く隊列を展開できるわけではありません。分断して各個撃破していきましょう」とガプロが提案した。
会議を進行していると偵察に行っていた者が第一報を携えて帰ってきた。
「敵の人数は多いですが、森の中をほぼ一列になって進んでいる状況です。罠を警戒している様子でかなりゆっくりした行軍となっています」と偵察に出ていたゴブリンが報告してくれた。
その後「あと敵軍の中に先日村を訪れたサルバトール殿がいたそうです。ただ捕まっているようで、縄をかけられて兵士に両側を挟まれている状態とのことです」と付け加えられた。
サルバトールがアトラ村の情報を流していることは予想していたが、ペセタ領軍に同行しているのは以外であったのでゲッターは驚いた。
「人質としての価値があると思って連れてきたのですかね?」とミロスが予想した。
ゲッターは「わからん。だがそう簡単に見捨てるわけにもいかない。できるだけ救助する方向で考えよう」と言った。
それを聞いてミロスは「先日一回村に来ただけの者ではないですか。特に気にかける必要はないと思いますが」と進言した。
ゲッターは首を振り「たしかにそうなんだが、アトラ村に薄情者とイメージが付くのは良くない。サルバドール殿を死なせてしまうことでゴブリンは邪悪だと言われてしまうと、村を攻める大義名分を作ってしまうことになる。可能な限り助け出す方向で動きたい」と答えた。
ミロスは納得したようで「たしかに薄情者と言われるのは面白くありませんな」と言った。
次にヨイチが「それで具体的にどう攻めるのですか?」と質問して来た。
ゲッターが説明すると会議に参加していた一同は納得し、早速行動に移したのであった。
ペセタ領軍はほぼ半数が正規兵で、残りの半分が領主のゼルカンの私兵と今回集められた傭兵で編成されていた。
これは正規兵には国に所属する騎士たちもいて、ゼルカンが勝手に動かすにはちゃんとした理由が必要だったからだ。
今回ゼルカンはあくまでも魔の森の調査と言う名目で正規兵を動かしていた。
調査と言う名目では500人を動員するのが精一杯である。私費を投じるのは嫌だったが残りの兵は、私兵と傭兵を動員したのであった。
森に住むゴブリン相手には1000人もの兵は過剰戦力との意見もでたが、ゼルカンとしてはゴブリンたちの村にただ勝つのではなく、自分の支配下に置きたかった。芸術的な作品を作らせて、森から金を採掘するためだ。
そのためには逃がさないように包囲する必要があると考え、これだけの戦力を用意したのであった。
ペセタ領軍の先頭を進むのは傭兵として雇われた冒険者たちであった。
ペセタの冒険者ギルドに所属するワットは斥候として罠やゴブリンたちの奇襲に備えながら慎重に進んでいた。
周囲には同じく斥候として雇われたガイルがいた。
今回は魔の森に入ると言うことで戦闘専門の傭兵だけでなく、魔の森に慣れている冒険者が多数傭兵として雇われていた。ワットとガイルもその1人であった。
ワットは今回従軍している冒険者では1番魔の森での冒険の経験があった。だから先頭を任されていたのであった。
正直ワットは今回の従軍に反対であった。
明らかに魔の森は軍隊を動かすには向いておらず、相手がゴブリンとはいえ苦戦する可能性が高いと思ったからだ。
正規兵たちの被害の責任を、立場が1番低い自分たち冒険者に背負わさせられたらかなわないからだ。
だがパーティのメンバーは報酬の高さに目が眩んでこの依頼を引き受けてしまった。
たしかに報酬の高さは一回の依頼としては破格であった。しかしそれも依頼が成功してこそである。
騎士たちや領主のゼルカンに難癖つけられるのは嫌だとワットは思っていた。
乗り気のしないワットは思わずため息をついた。
それを隣にいたガイルが気づいて声をかけてきた。
「どうしたため息なんかついて」
「いや、あまり乗り気のしない依頼なんでついな」とワットは答えた。
ガイルは小さな声で「騎士様たちのお守りは気が重いかもしれないが、報酬が高いのだから我慢するんだな」と励ましてくれた。
ワットは苦笑して「まあしばらくは働かなくてすむし、領主に貸しも作れるから良い依頼ではあるからな」と答えた。
その時ワットは背筋に汗が流れるような恐怖を感じて動きを止めた。
ガイルはワットの様子が変わったのに気づいて「どうした?」と声をかけた。
ワットは固まったまま「すまない。俺の足元を調べてくれないか」と頼んだ。
ガイルはその頼みで表情を真剣なものに変えて、慎重にワットの足元を調べた。するとワットの足元からゴブリンが仕掛けたと思われる罠が見つかった。
あと一歩でも動いていたらワットは罠にかかって怪我をしていただろう。
ガイルは後続に「罠を発見。ゴブリンたちの縄張りに侵入したと思われるから警戒を強めてくれ」と伝えた。
ペセタ領軍に緊張が走っていく。
その様子を見た後ガイルは「よく気がついたな」とワットに声をかけた。
ワットは冷や汗をかきながら「嫌な予感がしてスキルを使ったんだ。運が良かったよ」と返した。
ワットのスキルは自分の認知力を上げるものだ。
スキルを使うことで感覚が鋭くなり、危険にも気づきやすくなる。ワットはこのスキルを活かして斥候を務めていた。
ガイルとワットが立ち止まって話していると後続から「罠は解除したんだろ?先に進め」と指示が出た。
ワットは舌打ちして「どういう状況か調べる必要があるだろう」と怒鳴り返した。
すると先ほど指示を出したゼルカンの私兵がやって来て「ゴブリン共に恐れをなしたか。どうせ奴らには大したことは出来ん。いいから早く進め」とワットたちを急かし始めた。
「何もわかっていない奴が」とワットは思ったがまた嫌な予感がしてスキルを使った。
それに気づいたガイルがゼルカンの私兵の話を止めるとワットは「囲まれている。逃げろ」と叫んだ。
ワットとガイルがゼルカンの私兵を押し倒すようにして伏せると同時に、周囲から多数の矢が飛んできた。
ゴブリンたちは隠れているようで、どこから飛んでくるのかわからない矢にペセタ領軍は防戦一方となった。
ゼルカンの私兵は「どういうことだ。奴らただのゴブリンだろう」と伏せながら叫んだ。
ワットは驚いて「お前らこの前の登録試験の話を知らないのか?」と言ってゼルカンの私兵に、カプルたちが冒険者ギルド登録試験で冒険者を倒した話を聞かせた。
それからワットは解除してもらった罠を見せて「相手はただのゴブリンではない。この罠は森で獲物を狩るための罠を応用したものだ。奴らはレンジャーと名乗ったらしいがむしろハンターだ。俺たちを狩りに来てるんだ」と言った。
すると火矢でも使ったのか煙が流れてきた。
ガイルは「ゴブリンたちは自分たちの森に火を付けたのか」と怒鳴った。こうして怒鳴るなどして気を強く持っていないと、恐怖でパニックに落ち入りそうだった。
ペセタ領軍は煙に押されて移動し始めたがすぐに悲鳴が上がって動きを止めた。
ペセタ領軍が進んだ先には罠が設置されていて多数の怪我人を出していた。
罠にはまってもがいているところに追い打ちをかけるように矢が飛んでくる。
ペセタ領軍は今や瓦解寸前となっていた。
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