第19話 オークの村
翌日、まだ夜が明け切らぬうちにゲッターたちは旅支度を整え、静かに出発した。
前日のヴェルデリオンとの会食のことも、オークの村に行くこともエリーには知らせていなかったが、どうせヴェルデリオンから事情を聞くだろうと考え、エリーの来訪を待たずに出発することにした。
朝露に濡れた草原を抜け、彼らは森へと足を踏み入れた。
道中、ゲッターたちは世界樹の実をどうやって受け止めるか熱心に相談していた。
まずはヴェルデリオンが提案した案を検討した。
葉っぱを集めてクッションにするという案だったが、ここで問題が生じた。
森のこの辺りは常緑樹が多く、落ち葉が少ない。木についている葉は固く、集めてもクッションになるか怪しいため、柔らかい落ち葉を探しに行かなければならなかった。
次に、実が落ちる場所に大きな穴を掘り、水を張ってプールを作るという案も考えた。
ゲッターの『加工』スキルで穴を掘ること自体は問題なかったが、その穴にどうやって水を張るかが課題だった。
世界樹の近くには小川が流れていたが、その水量は少なく、穴まで水を引いても貯まるまでに時間がかかってしまうことが懸念された。
これらの案はいずれも大きな問題を抱えていることがわかった。
そうして話し合いながら進む道中、彼らは幸運にも耳長ウサギを3匹狩ることができた。
耳長ウサギはその名の通り長い耳を持ち、肉が柔らかく食べるととても美味しいウサギである。
しかし、その警戒心の強さから狩るのが非常に難しく、ゲッターたちはこの幸運を喜んだ。
オークたちへの良い土産になるだろうと、彼らの顔には笑みが浮かんでいた。
その日は食料採集をしながらできるだけ道を進み、森の中で一泊をすることになった。
夜空には無数の星が輝き、森の静寂の中で彼らは火を囲み、食事をとりつつ翌日の計画を練った。
翌朝は早くに出発し、午前中のうちにオークの村へたどり着くことができた。
オークは身体が大きい種族で、平均身長と体重は人間を上回る。
力が強く、そのためか何でも力で解決しようとする傾向がある。
興味深いことに、オークの肉は豚肉に近い味で美味であることが知られており、オークたち自身もそのことを自慢に思っているらしい。
オークの村はその体格に合わせてか、大きな建物が多く並んでいた。
畑も広く、そこで働くオークたちの姿が見られた。
ゲッターたちが村の中を歩いていると、一人のオークが彼らを見つけて近づいてきて声をかけてきた。
「人間がこの村に何の用だ?」と、そのオークはガプロを無視して問いかけた。
ゲッターは礼儀正しく姿勢を正し、「私はゴブリンの村の村長をしているゲッターと言います。現在もオークの村の長はトグリ殿で間違いないか?」と挨拶しながら尋ねた。
オークは珍しいものを見るかのように目を細め、「お前がゴブリンの村の村長になった物好きか」と言ってゲッターを見やった。それから「トグリは引退した。今はグルドが村長をしている」と答えた。
この村では村長に就任した者に名前をつけるしきたりがあり、過去に村を訪れたドライアドが決めたという言い伝えがある。
「ではグルド殿に取り次いでもらいたい。こちらは手土産だ」とゲッターが言うと、アイナがオークに耳長ウサギの入った袋を差し出した。
オークは袋を受け取って中身を確認すると、「何の用事だ?」と再び尋ねてきた。「ドライアドのエリー殿の遣いできた。頼みたいことがある」とゲッターは言った。
オークはうなずき、畑で働く別のオークに「ちょっと村長のところに行ってくる」と大声で伝えてから、「こっちだ」とゲッターたちを案内し出した。
村長の家はヴェルデリオンの屋敷と同じくらい大きかったが、その造りはどこか素朴であった。しかし、装飾などもされており、最低限の威厳は保たれていた。
「ここで待っていな」と言ってオークは中に入っていくと、すぐに一人のオークを連れて出てきた。
「この人が対応してくれる。じゃあな」と言い残し、案内してくれたオークは去って行った。
ゲッターは感謝の意を込めて彼に礼を言い、対応に出てきたオークと向き合った。
ゲッターは改めて礼儀正しく姿勢を正し、「私はゴブリンの村の村長をしているゲッターと言います」と挨拶した。
「私は村長の付き人をしている。村長はあなたたちと会うとのことだ。こちらへ」とそのオークは言い、屋敷の中へと彼らを案内した。
屋敷の中は外見とは対照的に豪華でおしゃれだった。
ヴェルデリオンの屋敷やコンタージュ領の伯爵屋敷とは比べようもないが、装飾品の配置や選び方には、この屋敷を取り仕切る人のセンスが伺えた。
護衛なのかオークが一人、立っている扉の前に行くと、その扉をノックした。
中から野太い声で「入れ」と聞こえてくると、そのオークは扉を開けた。
ゲッターたちは護衛のオークに「武器は預からせて頂きます」と言われたので、荷物を預けてから部屋に入った。
部屋の中には応接用のソファとテーブルがあり、その奥には執務机が置かれていた。
その執務机から一人のオークが立ち上がる。
そのオークは背丈はゲッターと同じくらいであり、平均的なオークよりは少し低いと言えたが、その分体が大きかった。
厚い胸板、太い手足、盛り上がる肩、そして所々に見られる傷跡から、そのオークが歴戦の勇者であることがわかった。
そのオークは「村長をしているグルドだ。今日はよく来てくれた」と歓迎してくれている様子だった。
グルドが応接セットのところまで来てくれたので、「ゴブリンの村で村長をしているゲッターと言います。今日はお時間をいただきありがとうございます」とゲッターは挨拶をした。
その後、ガプロとアイナを紹介し、二人も礼儀正しく挨拶をしたが、グルドはあからさまにガプロを無視した。
ソファにはグルドと付き人のオーク、そしてゲッターとガプロが並んで座った。
アイナはゲッターたちの後ろで控える形になった。
場が落ち着くと、グルドは「ゴブリンの村を急速に発展させたそうじゃないか。たいした腕前だ」と切り出した。
ゲッターが「みんなの協力があってのことですよ」と言うと、グルドは「こいつらでは到底できないことだ。それだけでも価値がある」とガプロを見てから言った。
ゲッターはオークがゴブリンを馬鹿にしているのはわかっていたが、ここまであからさまに言ってくるとは思っていなかったので、「ガプロは連れてこない方がよかったかも」と思った。しかし、すでに連れてきてしまっているので、構わず話をすることにした。
ゲッターは世界樹とその実が落ちそうなこと、実が落ちると聖なる力の影響で森から追い出されることを説明した。
グルドは世界樹の存在には驚いていたが、それ以外の話は落ち着いて聞いていた。
ゲッターの話をすんなり信じてくれたようだった。
「私の話を簡単に信じてくれるのですね」とゲッターが言うと、グルドは「うちにはドライアドが来たことがあるからな」と説明してくれた。
「何年かに一度ドライアドが村を訪れて、一方的に頼み事をしては帰って行くそうだ。それでドライアドの頼みを聞くと津波が起こる、とこの村には伝わっている。だからこの村ではドライアドの来訪は災害の予兆だ。村人は基本的にドライアドを恐れているか嫌っている」とグルドは言い、ソファに座り直して続けた。
「まあ津波のせいで森から追い出されるが戻るとドライアドが恵みをくれて村の復興を助けてくれるらしいから、ドライアドの頼みは聞いた方が良いと言われているのだが、そう言うことだったとはな」と言って付き人のオークと顔を見合わせた。
「それにそろそろドライアドが頼み事をしにくるだろうと話していたところです。ドライアドでなくゲッター殿が来てくれただけでも吉兆と言えるでしょう」と彼は言った。
「それで俺たちに何をやらせたいんだ?」とグルドが尋ねてきた。
それを聞いて今度はゲッターとガプロが顔を見合わせた。ゲッターたちは村を訪れればオークたちが何かアイディアをくれると思っていたからだ。
ゲッターたちの様子を見て、グルドは「何だよ。何をさせるか考えていなかったのか?」と笑って言った。
「オークの村に行けば何かあると言われてきたので」とゲッターが言うと、グルドはガハハと大きく笑った。
するとグルドの腹が「ぐ〜」と大きな音をたてた。
グルドはもう一度ガハハと笑うと、「メシの時間のようだ。歓迎するから一緒に食べていけ。話はそれからだ」と言って立ち上がった。
食堂に案内されると、すでに食事が用意されていた。それを見てグルドは「オークにとって食事の時間は何よりも優先される。たとえ戦の最中であってもな」と説明してくれた。
料理は素材の味を活かした素朴なものであった。森の中では調味料が限られるため、味付けしてあるだけでも贅沢と言える。
料理の中にはゲッターたちが持ってきた耳長ウサギを使ったものもあった。
グルドは「ゲッターたちのお陰で食事が豪華になった」と笑っていた。
料理の中に白くてとても柔らかいパンがあり、ゲッターは興味を持った。
パンといえば、ゲッターには固いものが普通で、保存食として乾燥させたパンなど、カチコチなパンの方が多かった。
それに比べ、このパンはゲッターが知るものとは違い、とても柔らかく、簡単に手でちぎることもできた。
味も少し甘味があり、木苺のジャムをつけて食べるととても美味しかった。
「この白いパンは柔らかくてとても美味しいですね。どうやって作っているのですか?」とゲッターはグルドに尋ねた。
グルドは嬉しそうに「そいつはクコの実で作ったパンだ」と教えてくれた。
クコの実はこの森で多く採れるもので、食べられることは知っていた。ゴブリンの村でも生で食べたり、炒めて食べたりされている。
ただ、味がほとんどなく、あまりお腹が膨れるものでもないため、ゴブリンの村では森芋の方が多く食べられていた。
「クコの実でこんな美味しいパンが作れるのですか」とゲッターは感嘆した。
グルドは得意そうに「元々昔からオークの村でも作られていたんだが、最近若いやつがこんな美味しいパンを焼けるようになってな。クコの実は今年豊作で、食べきれないほどあるから、今日はどんどん食べていってくれ」と言った。
「こんなに柔らかい食べ物があるなんて」とガプロが驚いている。
基本的に森で食べられる物は固い物がほとんどである。
煮たり焼いたりすれば柔らかく料理できることもあるが、そんな料理はよっぽどでないと食べられない。
オークの村で普通に食べられている様子なのが正直羨ましかった。
そんな時、ゲッターは閃いた。
「すみません。このパンを焼いた職人に会うことはできますか?」とゲッターはグルドに頼んだ。
そのゲッターの様子に「何か思いついたのか?」とグルドが聞くので、「あくまで思いついただけなのですが」と答えた。
グルドは「あいつを呼んでくれ」と付き人に言った。呼びに行ってくれたようだ。
しばらくすると、気の弱そうなオークが部屋に入ってきて「グルド様。もしかして不味いパンがありましたか?」と言った。
グルドは安心させるように「いや。今日もお前のパンは最高だ。だからお客人がお前に会いたいと言ってな」と説明した。
グルドは外見とは違い、気遣いができるオークのようだ。村長になるだけはある。
ゲッターも気の弱そうなオークを怯えさせないように笑顔を作って「とても美味しいパンをありがとうございます。それでこのパンをもっと大きく焼くことはできますか?」と尋ねた。
「大きくですか?どれくらいですか?」と聞き返されたので、「できるだけ大きく焼いてほしいのですが」とゲッターは頼んだ。
気の弱そうなオークは困った顔で考え込んで「あんまり大きくすると火が通りにくくなって焼くのに時間がかかります。そうするとパンが固くなって味が落ちますよ。窯の大きさの関係から火力に限界もありますし」と答えた。
それを聞いていたグルドが「もしかしてパンをクッション代わりにするつもりか?」と聞いてきた。
ゲッターはグルドを見て「これだけ柔らかければ十分クッション代わりになります。クコの実も豊作でいっぱいあるみたいだし、量を作ることができるなら」と言った。
気の弱そうなオークは嫌そうな顔をして「パンをクッション代わりにするんですか?」と言ったが、「それでどれくらいの大きさが必要なんですか?」と確認してくれた。
ゲッターが世界樹の実のことを簡単に説明すると、「それなら一つの大きなパンを焼くのではなく、大きめのパンをたくさん作って敷き詰めた方がいいと思います」と提案してくれた。
「それでも専用の窯が一つしかないので、たくさん作るにしても限界がありますが」とそのオークが申し訳なさそうに付け加えると、ゲッターは「窯を作る材料はありますか?」と尋ねた。
気の弱そうなオークは「村の古い畑の土で作るので材料ならあります」と答えたので、ゲッターは「それなら私がスキルで窯を作ります」と力強く言った。
彼の決意が伝わったのか、気の弱そうなオークも少しずつ前向きな表情になってきた。
「窯を増やせばパンを必要な量焼けるか?」とグルドが気の弱そうなオークに尋ねた。
彼はしばし考えた後、「クコの実はいっぱいあるので、村のパンが焼ける人みんなで焼けば間に合うかと思います」と答えた。
それを聞いてゲッターとグルドは顔を見合わせ、グルドは「これは決まりだな」とニヤリとしながら言った。
ゲッターは気の弱そうなオークに向かって、「あなたがこの森の命運を握っています。一緒に頑張りましょう」と手を差し出した。
オークは心底迷惑そうな顔をしながらも、「精一杯頑張ります」と言いながら手を握り返した。
その握手は、森の未来を切り開くための新たな協力の始まりを象徴していた。
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