黒薔薇大大明神の恐怖

永嶋良一

第1話 易者

 私鉄の駅の改札を抜けると、私は人通りの絶えた商店街の中を進んだ。いや、そこは元商店街というべきだろう。何十年か前までは賑やかな商店街だったそうだが・・・今はさびれて、シャッターが下りた店がほとんどになっている。アーケードは・・・まだ骨組みだけはかろうじて残っているのだが、屋根を覆っていたテントシートはボロボロになって、天井から幽霊のように垂れ下がったままだ。屋根を支える柱には鉄錆が浮いている。その柱には『駅前通り商店街』と書かれていたであろう、塗装がはげ落ちた金属製の看板が、錆びたビス一本でぶら下がって揺れていた。


 私は都内の小さな会社でOLをしている。今日は残業で遅くなったので・・・いつもは通らないこの商店街の中を通っていたのだ。


 まだ夜の8時だというのに、商店街の中を歩く人間は私の他には誰もいなかった。商店街の中に、私のコツコツというパンプスの音だけが響いている・・・


 しばらく歩くと・・・向こうにボンヤリとした明かりが見えてきた。シャッターの降りた元精肉店の色褪せた看板の向こうが明るくなっているのだ。


 それは、辻占いだった。元精肉店のシャッターの前に小さな机と椅子が置かれていて、机の上には筮竹ぜいちくが立ててあった。その横に『占い』と書かれた明かりがボンヤリと灯っている。机の向こうには、易者の格好をした中年の男性が座って、こちらを眺めていた。


 こんなところに辻占いが出ていたのだろうか?・・・


 私は足早にその前を通り過ぎようとした。


 すると・・・易者が私に声を掛けてきた。


 「お嬢さん、お待ちなさい」


 私は足を止めた。


 易者が私の顔をのぞき込むように見た。


 「あなたには、災難の相が出ておる。どれ、わしが占ってやろう」


 新手の勧誘だ・・・私は顔の前で手を振った。


 「いえ、結構です・・・急いでいますので・・・」


 足早に立ち去ろうとする私に易者が言った。


 「金はいらん。ちょっと、ここに座りなされ」


 その声に誘われるように・・・私は易者の前に座った。


 易者が小さな箱を私の前に並べた。


 「わしは・・ちょっと変わった占いをする。薔薇占いというものじゃ・・・」


 薔薇占い? 聞いたこともなかった・・・


 「この中から好きな箱を選びなされ。その中に入っている、薔薇の花の色であなたを占って進ぜよう」


 言われるままに・・・私は適当に眼の前の箱を一つ選んだ。


 易者がその箱を開けた。一本の薔薇の花が入っていた。その薔薇の色は・・・黒だった。私は黒い薔薇の花を始めて見た。


 易者が薔薇の花を手に取った。その手が震えている。


 「こ、これは・・・く、黒い薔薇じゃ」


 私は易者に聞いた。


 「黒い薔薇だと・・・よくないんですか?」


 「黒い薔薇は最悪の運勢をさすんじゃ。悪いことは言わん。この先に・・・黒薔薇大明神というお宮がある。帰りに、そこにお参りに行きなされ。行かないと、あんたの身によくないことが降りかかるぞ・・・」


 黒薔薇大明神? そんな神社は聞いたこともなかった。


 早く立ち去った方がよさそうだ・・・


 私は易者の前から立ち上がった。


 「どうもありがとうございました」


 お礼だけを言って、易者に背を向けた。そのまま、コツコツと数歩歩いたときだ。私の背中に易者の笑い声が響いた。


 「いっひっひっひっひ・・・」


 気味の悪い声だ。私はあわてて振り返った。


 そこには・・・誰もいなかった。易者も机も・・・すべて消えている。


 恐怖が私を襲った。私は誰もいない商店街の中を走り出した。

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