第3話 大時計広場にて・前
やっと。
やっと船から出て、ゾエの都、ウスケシに降り立ったのだが・・・
「それは寒いですよ! 寒いですって!」
「マサヒデ様、私は慣れております」
なんとイザベルはスーツに薄い革のローブを引っ掛けているだけ。
コートも着ていない上に、手袋も着けていないではないか!
平気な顔で、ざくざくと雪を踏ませて馬を進ませていく。
喋るたびに白い息が出て、顔に当たる息がまた冷たい。
「それは薄いですよ」
「大丈夫です。ちゃんと着込みは着ております。コートは降り出したらで十分です」
びゅ! と短く強い風が吹き、マサヒデの顔に当たる。
「ふお! 寒い!」
イザベルは、ばさ、と風で巻かれた長い灰色の髪をはたくように後ろに流し、平気な顔をしている。
「私は狼族でありますから、元々が寒さには強いのです。多分ですが」
「その格好は強すぎですって」
「ありがたきお言葉」
嬉しそうにイザベルが笑顔を浮かべ、マサヒデは呆れたような顔になってしまう。
「皮肉ですか、それ・・・ちょっとカオルさん」
「は」
ばす、ぼす、と雪を踏ませ、カオルの馬が前に出てくる。
「シラタ伯爵さんとやらの所に挨拶に行った方が良いと思います? 何も言われなければ、わざわざこちらから出向く事もないと思いますが」
カオルが頷く。
「それで良いかと思います。この寒さの中、出向くのは面倒です」
「そうですね。ところで、サカバヤシ流の道場って、近いんですか?」
「いえ。もう少し北の方へ。真っ直ぐです」
「北・・・」
ちら。ちら。
北と聞いて、雪が心配になる。この町の外はどうなっている事やら。
「春になってからにしません?」
カオルがあからさまに呆れた顔をして、
「ご主人様・・・」
む、と反対側で馬を並べているアルマダも、マサヒデを見る。
「マサヒデさん?」
「ははは! 冗談ですよ。本気にしないで下さい。ですけど、先程のイザベルさんとの話で、ひとつ疑問が浮かびました」
「何です」
イザベルも何だ、とマサヒデに顔を向ける。
「もし、イザベルさんが狼族だから寒さに強いとします」
「ええ。それが何か」
「サカバヤシさんは猫族じゃあないですか。寒さに弱いのでは?」
ふ、とアルマダが鼻で笑い、
「そのくらい鍛えているでしょう。大なり小なり、どの種族も暑さ寒さに弱いのは当然ではありませんか。マサヒデさんだってそんなに寒そうに」
マサヒデがアルマダの分厚い豪華なマントを見て、口を尖らせる。
「そんな凄いコート着てたら暖かいでしょうね」
「普通に寒いですよ。鎧のお陰で少し暖かいんです」
「へーえ」
もそり、もそり、とマサヒデが蓑を寄せる。
「マサヒデさん、毛皮の上着でも買ったらどうです。馬の上だと寒いでしょう」
「考えておきますよ」
ふ、と風が吹き、蓑がさわりと音を立てた。
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ここは大時計広場。
ウスケシの中心にある広場で、観光名所でもあり、市民も・・・
「誰も居ないですね」
マサヒデが薄いもやを見渡す。人影は見えない。
高くそびえる塔のような建物が大時計であろうが、もやで上は見えない。
「まあ、流石にこの天気ですからね」
かちゃ、と小さく金属音を立て、アルマダが肩をすくめ、周りを見渡す。
「ここには駅馬車があるはずなんですが・・・」
「駅馬車ですか? どこだろう。この天気で馬車走らせてますかね?」
ゆっくりと馬を歩かせながら周りを見渡していると、人の声が聞こえてきた。駅馬車の駅で人が居るのであろうか。
さくり、さくり、と馬が雪を踏んでいく。
「ん?」
マサヒデが何事かに気付いて手綱を引いたと同時に、皆も馬を止める。
「止めましょう」「ご主人様」「マサヒデ様」
何やら争い事のようだ。口喧嘩でもしているのだろうか・・・
アルマダが皆に頷いて、
「私が見てきますよ」
と、ゆっくり馬を進めて行く。
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「なあフジイ君。君は馬鹿なのかい? ねえどういう事? 朝っぱら早くから起こされてさあ! 何にも見えない中でだ。松明持って。僕は。時間通りに。わざわざ行ったね? でだ。じゃあじゃあ天気が悪いのでと1刻も待たされてだ。来てみりゃ誰も居ない。駅馬車も動いてない。当たり前だよね? 何にも見えないんだもん」
「ははははは!」
「何がおかしいんだよ! もう帰るぞ俺は」
「まあまあまあ、そう仰らずに。これも仕事だから」
「社長は何してんだよ」
「スズキさんは待機してます。ほら、なんてったって社長ですから」
「様子見てくるだけなら君だけで見てくればいいでしょ? 何で俺も来るんだよ」
「まあまあまあまあ。コイズミさんが先鋒! うわあ! っと先頭切って行かないと。一番若いんだから」
「年齢は関係ないだろ。まだ企画が始まる前の確認なんだから。俺が出る所じゃないと思うけど、どうかな?」
「そうかもしれないけどさ、そこはコイズミさん」
「そうかもじゃなくてそうなの! 分からない? 君みたいなカナブンみたいな脳味噌じゃ分からないかな?」
「うるせえキリギリス! 二度とカナブンとか言うな!」
「おうおうおう、お前は今、俺の事キリギリスとか言ったか?」
ざくざく・・・ざくざく・・・
音がして、2人がそちらに顔を向ける。
「あれ」
「おおっ? ほら見なさい! 人が居るじゃないのお」
ざくざく・・・ざくざく・・・
もやの中から、派手な鎧に派手なコートを着たアルマダが出てくる。
「何か問題でも?」
あ、と太った男の方が頭を下げたが、細くて背の高い癖っ毛の男がアルマダを見て、太った男を指差し、
「何でもないですよ。ただこのデブがね。こんな何にも見えない所でね、役者に仕事させようってんですよ。誰も居ないのに」
「ははは! 確かに、我々以外、誰も居ませんね!」
アルマダが声を上げて笑う。
癖っ毛の男が頭を下げた太った男を小突く。
「おう聞いたかカナブン? 誰も居ねえってよ」
「馬鹿! お前、頭下げろって!」
「はあ?」
「お前ちょっとこっち来い!」
太った男が癖っ毛の男を引っ張っていく。
「何だよお」
ぐ! と太った男が癖っ毛の男を押さえ、
(馬鹿! お前、どう見ても上級貴族だろうが!)
ゆっくりと癖っ毛の男がもやでぼやけるアルマダを見て、太った男に目を戻す。
(え、まじ? やべ、どうすんのフジイ君。これ捕まったりしねえよな?)
(お前、馴れ馴れしい口をきいてすみませんでしたって、戻って頭下げろって)
(なんで俺が? お前だろ?)
(俺が頭下げたって仕方ねえだろうが! 本人が頭下げきゃ意味ねえだろ!)
(やだよ。怖いもん)
(お前、捕まっても良いのかよ)
(んん・・・分かった。行くよ)
2人が戻って来て、アルマダの前で頭を下げる。
「馴れ馴れしい口をきいて、大変申し訳ございませんでした」
アルマダが苦笑して、
「それは構いませんが」
「全てこのデブのディレクションミスのせいですので」
「違うだろお!」
声を上げ、太った男も顔を上げて、背の高い男の肩を小突く。
「なあにがだよお。僕は何も悪くないんじゃないのかなあ。そもそもだ。こんな天気の中だ。君がー、ここにー、僕をー、連れて来たのがー、悪いんじゃあないのかあ。僕がー、ここにー、居なければだ。こういう問題は起きなかった。違うかい?」
「じゃ何でお前は・・・」
ぐ、と太った男が言葉に詰まる。
「そうだあ。君がー、僕をー、ここに! 無理矢理連れて来たんだろおー! まだ企画も始まっていないというのにだ。ただロケーションの確認だというのにだ。役者を連れて来た。どうだい? 違うかい? これは間違いじゃあないのかい?」
ううん! と太った男が苦々しい顔で溜め息を吐き、
「仕方ないなあ。じゃあ! じゃあ教えよう! もう企画は始まってるんだ!」
「え。ちょっと待って。どおゆうこと?」
アルマダの後ろのもやの中から、ずらずらとマサヒデ達が出てくる。
あ、と太った男の方が驚き、コイズミと呼ばれた男を手で押さえる。
「あっ・・・ちょ、ちょっと待って。ちょっと待ってね、コイズミ君」
「何々? この人達は何? もしかして、今回の企画の人?」
「いや、違うから。ちょっと、ちょっと待ってね」
太った男がアルマダに向き直り、また頭を下げ、
「お見苦しい所をお見せしました。私、ゾエ報道のフジイと申します」
アルマダが苦笑して頷く。
「これはどうも。私、アルマダ=ハワードと申します」
「えっ!?」
声を上げて、フジイが固まった。
怪訝な顔で、アルマダの横に並んだマサヒデ達と、癖っ毛の男が互いを見る。
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