孤独のアリア
神無(シンム)
――核石――
嘲笑に囲まれし、魔女
0001 私は、なにひとつ望まない
いつからか、私は望みを抱くことをしなくなった。希望はそう、絶望すらない。原因? 考える時間を挟み、思いいたったのはひとつの現実で逃れようのない現状かしら。
「ニアリス様、お手をどうぞ」
「ニアリス様、どうか、わたくしとも一曲」
「ニアリス様は本日もまた
「言わないことよ。当人が一番身に沁みて気にしているでしょうよ。お気の毒なのはご両親ねえ。ニアリス様は引く手数多だというのに三男二女の末っ子の核石がアレって」
――核石。それはこの国、いいえ。この世界において絶対とされる物質だ。男にも女にもあるが、男のひとのそれは大きければ大きいだけ、硬ければ硬いだけ身の内に秘めた魔力が強い証。だからこの世界の貴族たちも平民も男性はみな肩の核石を見せつける。
そういった衣装が定番、というよりは当たり前とされている。そんな男性と打って変わって女性の核石は胸元の、ちょうど首飾りの
女性の場合は大きさに加え、色、透明度、形、稀少性まで判断基準に加わって、すべてが最高ランクのAを獲得するひとはごく少数。そんな女性が身近にいたら羨望の眼差しで見られること請けあい。最高の核石を持つ女性は家に繫栄と栄華をもたらすからだ。
だからそういう恵まれた女性は必ず、どこへいこうと特別扱いされる。……そう、私の実の姉であるニアリス・シャミーラのように。彼女は、いつだって輪の中心にいる。
ひとの輪の中心にいて、この片田舎ではちょっとした有名人だ。私にとってもニアリス姉さんは自慢だ。でも、それ以上にどうしようもなく汚い感情を覚えてしまうのよ。
妬み。嫉み。嫌悪。憎悪さえ、抱いてしまうほどに。私は姉が、あの女が嫌いだ。
昔は、そうでもなかった。優しく穏やかで兄三人とは違った温かさがあった、ような気がする。気がするのは本当になんでもないことが原因。ほんの些細なことだったわ。
ある日の、パーティの席。その日は私の誕生日パーティだった。だけど、場は姉さんが登場した瞬間、騒然となり、姉さんが中心となった。ここまでならいい。まだ、ね?
とある言葉の群れが私の胸を突き刺してどうしようもなくズタズタに切り裂いた。
「ニアリス嬢、訊いてみるがそっちのお気の毒な核石は迷い込んだ庶民かなにかか」
失礼な男。たしかに私の核石はほんの極小で、姉さんと比べたらとても小さいが文献によると成長過程で核石が成長する場合だってある。と、いうのを姉さんと見つけた。
だから、姉さんが反論してくれることを期待した当時の私に会えたならバカね、と叱るのに。だって反論、失礼を窘めてくれると思っていたニアリス姉さんの次の言葉は。
「ふふ、本当に。こんな気持ちばかりの核石しか持たない身のほど知らずがこの場にいるなんて誠に申し訳なく、お恥ずかしい限りですわあ。今どかしますね、ジフィス様」
驚いた、というよりは恥ずかしくて悲しくて。次いでドロリと重い感情が湧いた。
従者のひとりに言って私を本当に退場させた姉さんは発言を、私を貶め、惨めにさせる台詞を撤回することなく日常に戻っていた。私はだから、ずっとずっと恨んでいる。
私の為のパーティだったのに姉さんが奪った。私のお披露目会だったのに姉さんが貶して台無しにした。……ううん。違う。私がこんなみっともない核石しか持たないのが悪いんだ。ここ、ファルメフォン王国に生まれたからには核石はあって当然なのだから。
こんな小さな核石ははじめて見る、と産院での定期健診でも言われたそうだ。それだけじゃない。同い年の女の子にも笑われた。男の子は「小っさ。不幸の象徴か?」と下品に笑い飛ばした。これが、私の当たり前。極小の核石は通常とは逆の意味を示すのだ。
衰退。衰勢。消滅。滅亡の、予兆とさえされる。されている。こんな私だから当然両親の愛は遠かった。すべて、ニアリス姉さんが奪った。お菓子も、お人形もすべてを。
そして、姉さんを決定的に嫌いになった一件は家の廊下で起こった。屋敷の廊下で兄さんたちと談笑していた姉さんの一言が、まさに正しくトドメの一刺しとなりました。
「まだ核石が大きくなる希望を持っているなんてバカよねえ。あのコもう十三歳よ」
それで兄さんたちが、三人もいる男のひとのうち誰かひとりでも庇ってくれたら私もここまで徹底的に実姉を、ニアリスを憎んで恨んで呪わなかった。ただ、現実は無情。
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