前日とは違い、佐藤愛子が所属しない他の委員会には皆興味がないのかかなり難航している。

　クラス担任の長富杏香はなかなか決まらない委員決めも差したる興味がないのか、今とは関係ないであろうプリントに何かを書き込んだりニヤニヤしてみたりしている。違う事をしているからなのか、特に口を出すことも叱責することもなく、生徒の自主性に任せている風だった。

「職員室でくっだらないおっさんたちの話しに付き合うくらいならさ、ここで若者たちの声を聞いてたほうが全然いいからな」

　彼女の一番そばに立っている自分には独り言のようなその声も勿論聞こえている。

　こちらを見てニッと笑っているのでむしろ聞かせているのかも知れない。

「決まるまで帰れません」

　佐藤愛子のその宣言に不満の声を上げる者はおらず、むしろ「佐藤さんを困らせるな！」って言うよく分からない正義感を押し付け合い、時間はかかったがなんとか全委員が決まったところで下校となった。

　当然の如く議事録を纏めている今の時刻は、昨日の下校時間よりもすでに過ぎている。

　昨日と同じように黙々と作業を進める佐藤愛子に

「さっきは悪かった。調子に乗り過ぎた」

　チラッとこちらを見た彼女と目が合う。

「たっちゃんなんて呼ばれて揶揄われてるようなのが癪に触ったってわけでもないんだけど、仕返しというかなんか佐藤さんに意地悪しちゃった…かなって」

「たっちゃん少しは素直になれたのね。心開かない同士には逆に心開くみたいな感じなのかしら？」

　ペンを置いた彼女は、軽く伸びをしながらそう言った後、体ごとこちらに向け微笑んでいる。

「だから、たっちゃんって言うなよ。誰かに聞かれたらまた変な誤解を生むだろうが…」

　周りを軽く見渡して誰もいないのを確認してから、囁くように彼女に反論した。

　少しだけキョトンとした仕草をした佐藤愛子は、可笑しそうに笑ったあと、

「皆んながいる前では感情がない目をして喋りもしないくせに、二人でいる時は普通に話せるじゃない。そのうち佐藤さんから愛子って呼び捨てになっちゃう？彼氏気取り？あっ！さっさと嫁に来いってことなのかしら？」

　なっ…

　呆気に取られてなんとか出た声だったが、その後の言葉が出てこない。

　輪の中にいる時には見せない意地悪そうな笑顔でニヤけている彼女の顔は、他のクラスメイトが見たらどう思うのだろうか。

「ま、いいけどね。そうだこの際だから将来を誓い合った仲なんですとか公言します？たっちゃんも冴木愛子さんって呼んでくれたし」

　意地が悪い笑顔のまま立ち上がると、職員室行こうかって呟き書類をまとめはじめた。

「あれくらいの意義悪に別に謝るようなことはないわ。むしろ、副委員長に無理矢理させたこの意地悪のほうがよっぽど謝らないといけないと思わない？」

　え…これ意地悪だったの？

　俺に好意があるのかと調子に乗ったこと少しは思ったりもしたけどむしろ嫌いだからやってる感じなの？

「なんか自意識過剰だったみたいでごめんなさい…」

　教室を出ようとしているところでそんな事を言われた佐藤愛子は、扉に手をかけたまま不思議そうに振り返ったが、特に何か言うでもなく教室を出て行った。

　後を追いかけると、扉の横にもたれかかって待っていてくれている。

　頭を軽く下げ一緒に歩き始める

「二十パーセント」

「え？」

「私今八十パーセントくらいの疲れ方だから、今日のたっちゃんの仕事量はそれくらいですかねって思って」

　議事録を胸の位置で持っている彼女はわざとらしいため息を吐き、俺のことを軽く見上げるように言う。

「あ…その辺も、重ね重ね申し訳ない…本当…次はもっと頑張ります」

　俺の口から出た言葉は、彼女にとって満足した答えだったのか、口に手を当て、息が漏れるように薄く笑うと

「サーカズムよ。気にしないで」

　なにそれ。どんな意味？皮肉？要はまだ意地悪が続いてるって事？

　毎回テストのたびに上位に名前が張り出されてる才女に口喧嘩を仕掛けてはいけないんだ…

　学びました…

　愉しそうに歩く女子と、仕事もしていないのに疲労度満載で歩く男子。

　ルール通りノックをしてから入室をした週末の職員室には教師の人数も少なく、自分の席に座っていなかった長富杏香だったが今日もすぐに見つける事が出来た。

「おつかれ。昨日よりは早く終わったみたいだな」

「はい。今日は冴木君が二十パーセントくらいは働いてくれたので」

「昨日は何パーセントだったんだ？一パーセント？冴木龍臣は昨日の二十倍も頑張ったのか凄いじゃないか」

　俺への嫌味を言いながら二人で笑っている。

　長富杏香は纏めた議事録に目を通すと、

「来週のホームルームは体育祭の種目決めだな」

　そう言いながら俺の顔をじっと見ている。

　今年は逃がさないってやつでしょ。分かってますよ。諦めてますよ…

　こうなったら運動が苦手な人でも楽しめるような種目に立候補して、クラスメイトAとして立派に貢献できるように頑張るしかないか。

「私が担任になったからには絶対に学年優勝するからな！不平不満が出ないようにするのは大変かとは思うが、全員が楽しみ尚且つ必ず勝つ布陣を体育委員と一緒に考えてくれ」

「勿論です！去年私のクラスでは、一人具合が悪いとかで休んでいた生徒がいたせいで点数が少し足りなくて先生のクラスに負けましたが、今年は長富先生のクラスなので私も昨年以上に頑張りたいと思います」

　二人でがっちり握手して頷き合ってるのだが、今軽く自分の事をディスっていましたよね？まだ意地悪が続いてると思った方がいいの？？

「去年参加しなかった冴木龍臣は知らないと思うが、この学校の体育祭は一人最低でも二種目に出場しなければいけないんだ。愛子と話し合って龍臣の使い所をキッチリ決めてやるからな」

　嫌な笑い方をされた。しかも本人抜きで自分が出場する種目を決めるとか言ってるし…

　体育祭だオリエンテーリングだと遊んでばかりいそうな学校なのに進学率はかなり高く、国公立や私立難関大学へもそれなりの人数が合格している。

　しっかり学び大いに遊べ

　それがこの学校の校風なんだとか。

　話しを体育祭に戻すと、一人ニ種目への参加が絶対。

　更にクラス対抗競技や男子、女子に別れての団体競技はそれとは別にあり、多いやつだと六種目くらいは参加するらしい。

「これが今年度の競技種目ですか？」

　ホームルームの最中に何やら書きこんでいた長富杏香が持っていた紙を見た佐藤愛子はそれを机の上に広げて俺にも見せてくれた。

　運動会だとか体育祭だとかのいきを超えている種目数。テレビでやってたなんとか番付とかよりも種類が多い気がする。

　これを二日間に跨いで行われるんだぞ。すごいだろ。って自慢げに鼻息荒くしてる担任の先生。

「今年は何に出ようかな」って種目を指でなぞりながら目をキラキラさせているクラス委員長。

　そうだな。自分は玉入れとか借り物競走とか楽しそうなやつでいいや。

「冴木龍臣は二百 、四百、八百メートルと千五百メートルでいいよな？」

　種目が書かれている紙には、それらの競技の横にすでに自分の名前が書かれている。

　去年参加しなかった事でこの人からも意地悪されているのかなって本気で考えてしまい、次の言葉が全く出てこないのであった。