クラスメイトAという役は思っているより意外と難しい
永谷園
第1話 花の色はうつりにけりな…
例年よりも暖かな日が続いたせいだろうか。それとも、開きかけた桜のつぼみに冷たい雨が何日か降ったからだろうか。
校内の桜はピンク色の花よりも新緑の若葉が目立ち、木々の隙間から漏れる光が季節の移ろいを告げている。その対比は嫌いではなかった。
新しいクラス分けが掲示された下駄箱前では、喜びや落胆の表情を浮かべる生徒たちで賑わっている。その中で、自分の名前を二年三組に確認し、割り振られた下駄箱に向かった。
誰と同じクラスだろうか。
担任は誰だろうか。
周囲がそんなことに一喜一憂する中、自分にはそれほど関心がなかった。
そんな俺だから誰とも挨拶を交わす事もなく校内へと進む。
学校生活でいじめられているわけでも、話し相手がいないわけでもない。特定のグループには属していないが、誰とでもそれなりに良好な関係を築けているつもりだ。
ただ、親友とかいう言葉を耳にするとそれは別の話だと思う。
気づくと周囲に合わせている自分がいて、誰かが話し始める話題を輪の中で笑ったり驚いているように見せたりも出来る。
けれども一日を振り返ろうとすると、誰と何を話したのか鮮明に思い出せないことの方が多い。
喜怒哀楽をちゃんと表現できているだろうか。
言葉とは裏腹な表情をしていないだろうか。
そんな不安が常に心の中にあった。
そして、知らず知らずのうちにこの学校でも人と距離を取る自分に気づいていく。
二階へと続く階段を上りきる前に肩を叩かれた。
「今年も同じクラスだな」
一年生の時も同じクラスだった
誰にでも明るく接する体育会系の彼は、男女問わず友人が多い。運動部に所属していたはずだが何部だったかは覚えていない。
そんな他人に対して然程の興味が湧かない自分に少し申し訳なく思った。
「そうだな。今年もよろしく」
同じクラスになったことは今知ったのだが、笑顔でさらりと返せたはずだ。
教室に入ると黒板に貼られたクラス名簿で自分の席を確認する。
廊下側の一番後ろ。
これから一年間自分の居場所となる机に鞄を置いた。
この学校では席替えがない。喜ぶことも落胆することもない代わりに、隣の相手が苦手だった場合は一年間我慢しなければならないのだ。
そんな縛りがある中で隣に座るのは
「また隣の席らしいので今年も一年間よろしくね」
彼女はテストで常に上位に名を連ねる才女で、スポーツも万能らしい。
肩より少し下のセミロングヘアは自然な美しさを持ち、男女問わず人気がある。佐藤愛子という平凡な名前以外は完璧なヒロインのような存在って言うのがこの学校での評判のようだ。
一年生の秋頃だったと思う。
昼休みの雑談中に彼女が放った一言がすべての始まりだった。
「そうね、冴木君と結婚したら、少しはマシな名前になるかしら」
その会話に加わってもいない俺に対して、佐藤愛子とたまたま隣同士っていうだけの俺と結婚しようとのたまわったのだ。
その一言は冗談とはいえ、彼女が会話をしていたグループどころか教室全体を静まり返らせた。
そして、噂は一気に広まり、他学年にまで好奇の目を向けられることになるまでに大した時間はかかっていない。
彼女自身が火消しに回ってくれたからか、冬休みに突入したこともあったおかげで年明けには噂は収束していた。
それ以来どこか彼女を拒絶するようになったのはいうまでもない。
「たっちゃんは、私にだけ冷たいのよね」
彼女がわざとらしいため息とともに皮肉を言う。その言葉にギョッとしながら返した。
「たっちゃん?いつからそんな呼び方に変わった?一年生の頃おまえのせいで俺の高校生活が四面楚歌になりかけたのを忘れてないんだよ」
「でも、本当は他の誰にも心を開いていないのだから、たっちゃんには四面楚歌でも関係ない話でしょ?」
内緒話をするかのように口元に手を当て笑う彼女。
そんな彼女が今学年も隣の席だ。
二年生になったタイミングで今まで呼ばれた事もなかった敬称で突然呼ばれ、問いただすもそれには一切触れてこない。
今年一年も隣の席が学園アイドルの佐藤愛子。
最高なのか、最悪なのか。
この学校にいるほとんどの人間が喜ぶであろうこの席順。
俺にとっては最悪だと言わざる得ない状況に気付き、態とらしく大きくため息をついて着席した。
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