021:ただ一人だけの老人
「ほう、若人がそれを言うとは珍しいものだ」
穏やかな雰囲気が一片して、
しかし、それは一瞬で消え去り、元の状態へと戻っていた。
彼は幾多の敵対者と死闘を繰り広げ、勝ち続けた強者だ。探索者として一線を引いてもなお、その眼光は衰えていなかった。
「みんなが同じように感じていると思うが……」
「ただ、それをきちんと言うの者いないものだ。皆、思ってはいるが出来ないものだと気付き、密かに諦めている」
「そうだったのか……」
「長すぎたのだ。一世紀以上もの続いてしまえば、希望から絶望へと変わってしま
う。それを次の子供へと受け継がれてしまったのが、今の世だ。過去には抗えな
いのだよ」
軽いため息をつきながら、どこか遠くを見つめる老人は、生きた伝説と言われていた。
彼は眠らずに、今も尚、生き続けている者であった。通常、どんなにランクを上げても40、50代辺りで眠りについてしまう。
ただ、武俊は御年86歳を迎えていた。相当立派なご老体だ。まともな生活をするのも一苦労するだろう。
だからこそ、普段口が悪い満桜は言葉を選んでいた。
そして同時に、満桜の超えるべき存在でもある。彼の成し遂げなかった先を追うのが、満桜の目指す願いだった。
「でも、私は諦めたくないからなぁ……」
「その心意気はとても良いことだ。決して折れぬようにな」
「なら、ちゃんとしないとな。レイティナと
「ほっほっほっ。話せる機会がある内に、さっさと話した方がいいぞ。短い世だしな」
深く話していないのに、不思議と満桜の悩みが無くなっていた。
いや、やるべき方向性が見えたというべきか。どこから解こうかと、迷っていた糸の先端が見えていた。
「実は"探究者"っていうクソ野郎をブチのめしたくて、どんな武器にしようかと考えていてな。爺さんの知恵が欲しい」
「あのろくでなしに喧嘩を売るのか? あいつは面倒な性格だぞ。何度も遭遇したが本当に苦労した記憶がある」
「いや、売られた喧嘩なので、ちゃんとした請求書を投げつけようかなって」
「久々に面白い人と出会ったものだ。いいだろう、協力しようじゃないか。まずは君の
乗り気になった武俊を見て、満桜は自身の
それを確認した武俊は、感心した素振りをしながらうなずいた。
「ほう、召喚士だが物量で攻めるスタイルか。しかも武器は銃器メイン。面白い構成だ」
「分かるのか?」
「ああ、分かる。儂が使っていた武器と似たような感じだろう。欠点は近距離戦闘が苦手だからな」
「となると、その短所を補えるものが?」
「ある。だがそれは技術で対応するのであって、一長一短で修得するものではないな。今からだと現実的ではない」
武俊は手を顎に添えて少し考える。
「考えられる手段が三つ。一つは圧倒的な速度で近づけさせないこと。これは現実
的ではないな。二つ目は防衛機能を使って離脱する。これは緊急策だ。二度目は
通用せぬ。それで、君が欲しいものは三つ目、接近戦での迎撃方法あろう?」
「さすが長寿の功には敵わないなぁ」
「馬鹿にするでない。それぐらい普通に分かるものだ。その紙媒体を見れば想像は付く」
満桜の設計図を見るに、接近された時に使う銃のアイデア案を殴り書きしていた。一つ案を出しては斜線して没にするなどの、スランプ状態に陥っているのが見て取れる。
「儂の思いつきなんだが、別に銃器に拘らなくていいのではないか?」
「あっ……」
「君の戦闘スタイルは無数の武器を使いこなすという器用貧乏をごり押しするタイ
プだな。意表を突くぐらいの考えをしなければ、まず勝負にならんな。馬鹿正直
に戦ったのか?」
「うぐっ……! な、なら単純に剣と盾で戦えばいいのか?」
「それだけだと味気ないだろう? その両方に小細工入れるのも手だな。ほれ、試しに――」
武俊との話し合いによって、今までのスランプが嘘のように進んでいく。
集中力は続き、アイスティーの氷がカランという音を鳴らして、ようやく筆を置いた。
「これで骨組みは終えたか。さて、休憩がてらに……むぅ、血糖値の制限か……。仕方ない」
「長生きしてるけど……今の生活に満足してるの、ですか?」
「満桜よ、無理に言葉遣いを直さなくてよい。……満足か。そうだなぁ……」
武俊さんはどこか遠くを見ながら、振り返るように話し始める。
「わしは取り残されてしまった。嫁も娘も友すらも。残ったのはやんちゃ坊主の孫だけだ」
「後悔は……?」
「いいや、していない。むしろ、目を覚ました嫁さんに、儂はここまで年老いた
ぞ、と言えるからな。きっと驚くぞ? 全ての世界で儂だけが老人なのだと。ち
ゃんと、人として生き通した証だからの」
武俊の言葉はとても真っ直ぐで、後めたさが全くなかった。彼が生きた道筋のすべては壊れてなどいない。
それほど、満足した生き方だったのだろう。まだ若い満桜でも十分に理解できていた。
「まっ、話が長くなったな。結論から言うと、儂は概ね満足している。欲を言えば、病気の原因を特定できればよかったがな。それは君に任せるとしよう」
「……えっ!? 私が?」
「勘、としか言いようがないな。何故か不思議と満桜なら、成し遂げられるような気をしているぞ」
「それは大袈裟でしょ」
「今の世の中、大袈裟ぐらいがちょうど良い! はっはっはっ!」
豪快に笑う武俊。
そこで、満桜のタブレットからアラームが鳴る。バルバ迷宮の防衛戦で、お世話になった
「ん? 榎本さんからメッセージが……?」
「バカ孫からのか?」
「すまないが満桜の力が必要になった。明後日には来てほしいって……」
「いい機会だ。孫に会ったら再訓練の支度でもするからな、とでも伝えてくれ」
「それは貴方が直接言うべきでしょ。せっかくの肉親だし」
「肉親だからこそ、言う機会は少ないからなぁ……」
「最初の助言はどこにいったのやら?」
「返す言葉がない」
武俊はやれやれと言わんばかりに首を傾げ、杖を抑えながら席を立つ。
そして、その杖をコツコツと鳴らしながら、扉の前に立ち止まって振り返り、
「じゃあな。楽しかったぞ」
という言葉を残し、喫茶店から離れていった。
輔翼の召喚士 ~戦えない召喚獣を携える欠陥召喚士~ 山埜 摩耶 @alpsmonburan
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