第27話 それからのこと
館にある他の部屋と同じ間取りの一室、アイサに宛がわれた部屋を俺は訪れていた。
「まったく無茶をして……」
「私は鳥人ですから」
「鳥人は飛ばないんだよ。人間だから」
病み上がりのくせに身体を起こして応対するアイサの肩を押し、無理やり寝かせた。
アイサは抗議するような目をしていたが、俺は首を横に張った。重傷を負ったアイサはまだ絶対安静だ。
あの未曾有の大洪水から三日が経った。
空は明るさを、グロンマ川は平静さを取り戻し、今年の雨季は終わりだとルーモンドの経験則が語っていた。
ようやく俺たちは安心して一息つける平和を手に入れたのだった。
「昔の人が飛んだときなんて、もう二度と翼をはためかせられなかったそうだぞ」
普通は飛べない鳥人が無理を押して飛翔したのだ、という話をラパーマに聞き、俺はアイサの脳筋思考に呆れつつ、自分がそこまでの負荷をアイサにかけたことを情けなく思った。
その気持ちがあるため、俺は足しげくアイサのお見舞いに通っているのだった。
「とても気分が良かったです」
しかし、俺のそんな心配なんてアイサは知らん顔だ。
「そんな大怪我しているのに?」
「怪我や痛みは問題ではありません。アドルフ様を見つけられたから、私は気分が良かったんです」
この分だと、アイサは有事の際にはまたやらかしそうだ。
俺がしっかりするしかない。
「じゃあ誰でも簡単に飛ぶ方法でも考えておこうかな。俺が流されてもみんなが見つけてくれるように」
「流されないでください」
アイサはくすくすと笑った。
そのとき、部屋の扉がノックされた。
「アドルフ君? お越しになられたわ」
「あぁ。今行く」
俺を呼びに来たバーバラの方へ歩いていく。
去り際、アイサに布団をかけてやった。
「また来る」
「はい。シルヴィア様に宜しくお伝えください」
頷きを返し、部屋の扉を閉めた。
足早に館の入口へ向かう。
機械式の時計の脇を通り過ぎ、今が昼過ぎであることを知った。
思ったより早いご到着だ。彼女の気分が逸ることでもあったのだろうか。
想像をしながら外に出ると、バームロ領主の姿を見つけた。
「ようこそおいでくださいました、シルヴィア卿」
外はまだ湿度も温度も高く、蒸し暑い。
しかし、その暑苦しさを吹き飛ばすような可憐な笑顔を浮かべ、シルヴィアは言葉を紡いだ。
「こんにちは。アドルフ卿。お時間を取って頂き、ありがとうございます」
挨拶もそこそこに、俺たちは館で最も広い会議室へ行く。
彼女の近衛兵は入口で待機し、メイドとの歓談に花を咲かせようとしていた。
「こちらへどうぞ」
バーバラがシルヴィアの椅子を引く。
部屋にはシルヴィア、バーバラ、俺の三人が揃い踏みだ。
約束していた今日の予定を始めることにした。
「改めまして、アドルフ卿。この度はバームロの危機を救ってくださり、ありがとうございました」
シルヴィアは俺が貸与した可動式堤防三号機と巨大魔晶石ガンマのお礼に来たのだ。
「とんでもありません。バームロ領に大事がなくて良かったと心から思います」
「お与えくださった文明の利器がなければ、どうなっていたことか。アドルフ卿のおかげですわ。貴方様はバームロの英雄です」
「恐悦至極です」
褒めちぎりようには照れ臭くなるものの、バームロの危機の場に同席していたバーバラから聞いた話ではそれも理解できようものだった。
前回の洪水でダメージを受けていたバームロ付近の大地には、次の洪水を耐え凌ぐ用意がなかった。
ルーモンドが送った対抗手段がなければ、バームロの街は大地と共に洪水に飲み込まれていた可能性が高い。
「私はお貸出しの判断を下しただけです。実際に勇気ある行動を起こしたのはここにいるバーバラです」
俺が指名すると、バーバラは驚いてきょとんとした。
「えぇ。それも理解しております。バーバラ様の適格なご見解には何度も救われましたわ」
「あ、いえ。私はそんな」
「バーバラがいてくれたからバームロ領を守ることができたし、そのおかげでルーモンドも安心して洪水と戦うことができたんだ。誇ってくれ」
尚も領主たちが誉め言葉を畳みかけると、バーバラは縮こまって下を向き「ありがとうございます」と呟いた。
褒められ下手の彼女の様子を微笑ましく思いつつ、シルヴィアに視線を戻す。
「街への影響はどうですか?」
「それが全くありませんの。すごい雨が降ったな、という感想しか領民からは聞いておりません。グロンマ川沿いの道は崩れ去ってしまいましたので、大工たちがその修理に明け暮れているくらいですわ」
「それは良かったです。ルーモンドと状況は同じようですね」
ルーモンドの街にも洪水の影響は全くなかった。兵士や職人の執念が街を完全に守ったのだ。
領民は洪水からたった三日しか経っていない今、平時の生活を営んでいる。
一方で、大工仕事を担ってくれる兵や職人は堤防の修理に追われている。それだけでも大変なのに「洪水で断線した魔導線を補強したい!」とエイダが言い出すものだから工房区だけはてんてこ舞いになっている。
「今回のルーモンドのご支援にバームロは相応の御礼をお送りしたいと考えております」
「大変ありがたく拝受させて頂きます」
「金銭や労働力はもちろんですが、それ以外にも一つ、特にアドルフ卿への御礼を準備しておりますわ」
「はて…?」
アポイントメントは御礼の話だと聞いているが、内容までは聞いていなかった。
それも、俺個人宛だとどんなものになるやら思い当たる節はない。
バーバラも首を傾げてこちらに視線を向ける中で、シルヴィアがにっこりと笑った。
「しばらくの間、私がアドルフ卿にお仕えします」
よくわからない報酬だった。
「はぁ」
俺は一瞬思考を放棄した。
すかさず反応したのはバーバラだった。
「それは一体どのようなご意図でしょうか。領主が領主に仕えるなど、聞いたことがありません」
「だって、ルーモンドはこれから大変でしょう? 前回の洪水の被害もまだ残る中で、今回の被害にも対応しなければならない。さらにアドルフ卿がお考えの崇高な魔法都市の実現もある」
そんな大それた構想とは思っていないが、確かにいくらでもやることがあるのはその通りだった。
「アドルフ卿お一人で全てを判じるのは無理があるのではなくて? 私なら同じ領主としてサポートができます」
「ご意図は理解しました。ですが、お気持ちだけで十分です。アドルフ様には私たち部下がおりますし、これまで以上に献身します。それに」
一つ目の課題の問答は平行線だなと傍から眺めつつ、バーバラの続く言葉を待つ。
「仕える、というご意図は理解できておりません」
「簡単なことですわ。今後、夫婦になることを想定した予行演習です。私は殿方にはしっかり尽くすべきだと考えているの」
これにはバーバラも言葉が出ないようだった。
俺はクリスティーナの出汁茶漬けが食べたいと思った。
「もちろん、いきなり押しかけるつもりはないのよ? だから、しばらくの間仕える、と表現しました。アドルフ卿のお気持ちを頂戴した後、正式に契りを交わしたいと思っているわ」
その後も、シルヴィアとバーバラは舌戦を繰り広げていたようだが、俺は現実逃避していたので何も知らない。
結論としては、洪水対策を貸与した御礼として金銭と労働力を得ることができたようだった。
「やっぱりクリスティーナの出汁茶漬けは最高だ」
会談を終えると、シルヴィアはすぐに立ち去った。
バームロの街に影響がなかったとはいえ、川の調査や道の修理など領主がやることは多くあるだろうし、俺の予定のことも慮ったのだろう。
疲れと空腹を覚えた俺は、クリスティーナに言って彼女の得意料理をねだった。今のところ、彼女のレパートリーはこれしかないが。
「それは良かったです。たくさん食べてください」
クリスティーナはにこにこして俺が食べる様を眺めている。
毎日こんな日常が良いなとぼんやりと思った。先ほどの対応で相当疲れてしまったようだ。
洋食器のボウルにスプーンでがっついていると、食堂に誰かがやってきた。
「あれ、ラパーマとバーバラも昼食か?」
もう夕方にも差し掛かろうかという時間であるため、彼女らが食堂を訪れることは珍しい。
やってきたラパーマは椅子に腰かけ、ため息を吐いた。
「そうだよー。大工仕事してたら遅くなっちゃった」
「私はシルヴィア様のお迎え準備でお昼を逃したわ」
腹ペコの彼女たちは俺がお茶漬けを食べているところに羨望の眼差しを向けた。
クリスティーナは小さく笑って、彼女たちに俺と同じメニューを出した。
しばらく、茶漬けをスプーンですする音が食堂に響く。
「そうだ。ちょっとみんなに相談があるんだ」
アイサはいないものの、彼女はしばらくお休みだ。現状はこれでルーモンド主力のフルメンバーとなる。
ラパーマとバーバラが食器から顔を上げた。
「これから、ルーモンドは王国から注目を浴びることになる。そしてうまくいけば色んな場所に魔導線や魔晶石を輸出するだろう」
彼女らはふむふむと話を聞いている。
「だけど、その輸出が課題になると思うんだ。馬で色々なものを送ることになるが、馬を使っても時間はかかるし、積載容量も多くはない」
だんだんとみんなが疲れた顔をしてきている。
俺は構わず続けた。
「そこで、俺は一つ仮説を立てた。馬は魔法で強化できるのではないかと。洪水のとき、ラパーマが魔法で身体強化してすごく早く移動していたから、馬でもいけるんじゃないかって」
俺は得意になって話を捲し立てたが、もはや誰も聞いていないような気もした。
「しかも! もう一つ仮説があって、馬車の帆を張って風魔法を使えば飛ぶように超速度で移動できるんじゃないかと思ってる!」
テンションを上げてパッションを伝えるが、絶対にこの熱意は届いていないとわかった。
それでも俺は諦めない。
「つまり、新たな手を打ちたいんだが……いいか?」
俺が言い終わるより早く、三人の返事が重複した。
「今じゃないよ」
「いいわけないでしょ」
「また今度でいいです」
誰もが心躍るような提案をしたつもりだったが、三人の目は死んでいた。
またですか、という思いを顔全体に貼り付けている。
多分、俺のプレゼンが下手くそだったからだろう。
俺は彼女たちに前向きになってもらうため、自分の考えを改めて整理する。
またこんないつもの日常を味わうことができて、本当に良かった。
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以上です。
ここまでお読み頂き、誠に、ありがとうございました。
COOによる異性界の復興と興隆 シゴデキが現代知識とノウハウで英雄になりました 藤谷マトン @moment1303
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