第21話 嵐の前
それから一週間、ルーモンドは復興と洪水対策に追われた。俺はあちこち東奔西走して指示出しや対応を行った。
まず工房業務だが、魔法産業化に向けての試作は全て成功し、各商品で量産段階に入っている。
本丸の魔導線は青銅の配合に関して最適解が見つかった。高温多湿の環境下で汗を流し続けて作業をし、何百パターンも研究した上での結論だった。
作業の中で、エイダと職人が喧々諤々と議論をすることもあったが、全員が納得する答えを見いだせたのは奇跡だと思う。
最終仕様を確定したときには全員でエイダを胴上げした。
エイダは照れ臭そうにしながらも、涙を流して喜んでいた。
ガラスメッキは当初こそ厚さがばらついて魔導線の性能を著しく左右していたが、一定の厚さで製造するための管理手法が編み出された。
職人たちは、これまでは個々の腕を高めることばかり注力していたようだが、安定した品質を提供するためには一律の管理が有効であると気づいたようだ。
他のガラス商品の製造工程も抜本的に見直すと息まいていた。
巨大魔晶石はというと、なんと三個も完成した。それぞれアルファ、ベータ、ガンマと名付けた。さらに、同じ炉で巨大な鋼鉄製の水位計も製造できている。
バームロ領に配布することも想定するといずれも倍は欲しいが、やりたいことを回すために最低限必要な数量としては事足りる。
職人総出で製造および運搬が必要な大きさになってしまったため、運搬については兵士の一部隊を借り受けることにした。
魔晶石の搬入先は、ルーモンドの入口広場とバームロ領を予定しており、現在は一旦入口広場に全て設置している。水位計は橋の上流側中央に設置し、バームロ領側からも見えるように配慮した。
領民には巨大魔晶石を洪水対策に活用する旨と水位計の数値を基に避難指示を出す旨を俺から伝達済みだ。
兵士は毎日魔晶石に魔力を供給しているし、領民も余力分を日々提供してくれており、巨大魔晶石は鈍く赤い光を放っている。
随時堤防強化を行えるようにするため、巨大魔晶石からグロンマ川の堤防へ魔導線を配線することもこの程完了した。
ただ、まだ電柱のように柱渡しで配線はできておらず、腰の高さほどの位置にある魔導線が農地を横切って堤防まで繋がっている。
農作業の邪魔になってしまうので、雨季を超えたら本格的に工事に着手したいと思っている。
可動式堤防は、驚くべきことにこちらも三機も完成した。かなり巨大な造りで、兵士の一部隊をかき集めて魔法も駆使すればなんとか動かせるという代物だ。
この製造にはほぼ全ての兵士を動員して、グロンマ川の土を掘ったりそれを固めたりした。また、その作業の一環で用水路の周りにバイパスを掘ることもできた。
ルーモンドの兵士はもはや大工だ、とラパーマは楽しそうに笑っていた。兵士のみんなも堤防製造が街の防衛に直結していることを理解してか至極真剣に取り組んでくれていた。
どうもラパーマと兵士たちの間に新たな信頼関係が生まれているように見えた。きっとラパーマが考えた新たな指導方法がうまく定着したのだろう。俺はそれも我が事のように嬉しかった。
ここまで身を粉にして働いてくれた職人や兵士には感謝してもしきれない。
次に、都市計画はアイサ主導の下で実行段階に入っている。都市建設の前段階として、領民の情報が管理できるようになりつつあった。年齢、種族、性別、職業、住所、そして魔力量などが情報の中身だ。
まだ三百名ほどの情報にとどまっているが、アイサを始めとした内政官五名だけで収集活動をしているためだ。
また、洪水の後処理や、次の洪水に備えた避難訓練により、領民が積極的に対応しづらかった背景もある。
しかし、得られた情報は非常に有用で今後様々な活用を予定している。とりわけ、直近で重要なのは魔力量の管理だ。
魔導線の導入が進んだことで魔力を使える人間は誰もが防災に協力できるようになっている。余力のある領民の魔力を巨大魔晶石に注入してもらえば、洪水対策やインフラの稼働に充てさせてもらえるのだ。
もちろん魔力の徴収は活用方針の賛同者のみだが、領主としてインフラの提供を約束することで今のところ全ての領民から賛同を得ている。
皆の期待に応えなければならない。
街には新たに役所を何か所か作ることにした。将来的には役所に巨大魔晶石を設置する予定で、賛同者には役所で魔力を提供してもらう計画だ。
これはアイサの発案であり、魔導線の利活用は既に彼女の手の内にある。
一連の内政面の活動には、クリスティーナも参加している。
これは俺の指示によるもので、クリスティーナが領の運営に積極的に携わりたがったことが背景だ。彼女の勉強と領民とのコミュニケーションによる領主家への信頼獲得を狙ってアサインした。
社交性の高いクリスティーナは、領民から慕われており俺に言いづらいような希望や苦情をよく聞いてくれた。
今後は、より深く税や福祉周りの検討を手伝ってもらってもいいと思う。
クリスティーナが本質的に望んでいることは俺の負荷を減らすことだ。俺としてはいざというときの領主代行として彼女には成長してほしいから、互いに大いにメリットがあった。
そして都市計画の中心人物たるアイサもまた大きな成長を遂げている。俺もアドバイスや承認などはするものの、ほとんどの都市興しはアイサの実行力によるものだ。
もともと彼女は優秀だったが、リーダーとしての素質が開花している。役所も建設されることだし、より部下を増やして大規模な組織を預けてみたいと思っている。
外交については、王国にある幾つかの領地にルーモンドが洪水の被害に遭った報せが届いたようで、各領主から返事を受け取っている。
王国唯一の男性領主であるアドルフはどこからも人気を博しているようでかなりの量の支援物資が集結することになった。
ただ、細かい調整をするにはまだ時間を要するため即時アテにすることはできない。洪水の危機が去ってから、新しい魔法都市ルーモンドを創造するために活用したいと思う。
バーバラは各領地とルーモンドとの関係性や貿易の内容、さらには領地間の政治状況まで踏まえて返答方針を練り、俺に相談してくれた。
俺が言うことは何もなかった。
最も身近にあるバームロ領については、一度往復のやり取りをして有事の際は可動式堤防を貸し出すことを正式に合意した。もちろんルーモンドを優先させて頂くことは条件とした。
先の洪水で破壊した道の復旧にはまだ数ヶ月は時間を要するとのことで、俺たちの迅速な対応にシルヴィアが感激していた。
補足として、クリスティーナの出汁が美味くなった。
最初の生臭毒味水がこうも美味く成熟するとは誰が思っただろうか。最近は彼女お手製の出汁を使ってお茶漬けを食べることが俺の食後のルーティンになっている。
作り方はきめ細やかで、特定の種類の川魚の骨を燻してから丸一日煮込むことで風味豊かな出汁を抽出できるそうだ。
俺がクリスティーナの出汁を今後のルーモンドの名物にしたいと申し出ると、彼女は感極まって泣いていた。
周囲のメイドも一緒に泣いてくれていて、俺は彼女に仕事を依頼して良かったと思った。
蛇足にはなるが、俺の筋トレはぼちぼちだ。
さすがにこの短期間で筋肉がついたという実感はないし、ラパーマから太鼓判を押してもらえることもなかった。
だが、筋トレは俺に自信をつけてくれた。自分はこれだけ頑張っているのだからもっと動ける、という自信だ。
これがあるのとないのとでは全然違う。
修羅場において、俺は今まで以上に馬力が出せるようになったことを実感している。
今のところラブブック絡みのどたばたとは無縁で活動できている。誰も彼も忙しいし、そんなどころではないのだ。
と思いたいが、館のとある一室に大量の書物が保管されていることを偶然発見してしまった。前にもまして領主アドルフは好かれてしまっているようだ。
洪水の次は女だらけを原因とする課題の解決が必要だと思っているため、次の機会には着手しようと決めている。
以上が、ルーモンドと俺たちの状況だ。
そして、対する自然は、そんな俺たちを嘲笑うかのように。
徐々に立ち込める雲がどす黒く変貌し、そこから降り注ぐ雨は強さと大きさを増していった。
グロンマ川がまもなく溢れかえる。
決戦の秋は近い。
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