第16話 男に課された使命

 長官たち四人はまだ館で暮らしているため、アイサの部屋は館内にある。

 俺が毎日色んなことを言うので近くで監視しておきたい、との理由で滞在を延長したそうだ。俺にとっては不本意極まりない。

 特に監視の目が厳しいアイサの白黒の翼を眺めながら俺は彼女の後をついていった。


「どうぞ」


 アイサにあてがわれた部屋は俺の部屋と間取りは同じだった。

 窓際にベッドがあり、壁に机が押し当てられ、机の隣に本棚がある。


 誰かを招くことが多いのか、既に椅子は二脚確保されていて、机の前に置かれていた。


「えーと、隣でいいのか?」


 アイサが壁際にある机に向かって座ったので、机を挟んで向かい合うようには座れない。どこに座ったものか迷ってしまった。


「はい。一緒に資料を見て頂きたいので隣にいてくださる方が都合がいいです」


 言われてアイサの隣に椅子を持っていくと、資料が見えた。


 街の全体像が描かれた俯瞰図だった。さすが絵心があるな、と俺は彼女からアドルフへのプレゼントである具象画を思い出した。


「魔導線のことではなく、更地をどう扱うか相談したいんです」


「あぁ…。洪水でたくさん建物が無くなったからか」


 アイサはこくりと頷いた。


 洪水によって倒壊した建物の内、不要なものや復旧困難なものは領主判断で撤去を進めている。

 撤去をすれば当然そこには何もなくなるのだが、その土地をどう有効活用するかを決めなければならない。

 ルーモンドには建築会社や不動産会社はなく、いずれも領主がその役割を担っているのだ。

 都市計画というと、住宅や施設をどこにどれぐらい作るか、ということが主題であり、先ほどの魔導線の話は振って湧いたような副題だ。

 アイサが俺に本題を相談するのは至極真っ当と言える。


「従来と同じ建物を同じ場所に再建する方針で良いでしょうか…」


 言いながら、しっくりこないのかアイサは自信がなさそうだった。

 何が問題でどうすればいいか、自分でもわからないのだろう。

 俺からすれば問題点は自明の理だ。


「アイサは従来通りにすることに疑問を抱いているようだな。俺もちょっと考えてみた方が良いと思う」


 彼女の理解に合わせて話をするため、俺はゆっくりと説明した。


「建物の目的は領民に必要な機能を果たすことだと思う。住まいだったり仕事場だったり遊び場だったりする。領民が必要とするものは当たりがつけられるが、どこにどれくらい必要かがわからない。そこで、領民の情報を管理することが適当じゃないだろうか」


「領民の情報、ですか」


「例えば、領民が全部で何人いるとか、家庭が何世帯あるとか。工房で仕事をしたい人がどれくらいいるとか、夜は酒場で酒を飲みたい人がどこにどれくらいいるとか」


「なるほど…。需要を基に供給を決めるのですね」


「完璧な理解だ。理想的にはそうしたいところだな」


 とはいえ、ルーモンドには役所的な施設がなければ仕事もない。領民の情報は人伝で得るぐらいしか現状はやりようがない。


「では、領民の訴えが多く、不足している建物は暫定的に建てていき、恒久的な建設計画は領民情報を管理しながら進めたいと思います」


「それはいい。是非そうしてくれ」


「はい。そのための仕事をする人員も雇用したいのですが宜しいでしょうか」


「もちろんだ」


 アイサは優秀な人材だ。合理的で現場業務にも理解があって、実務能力は極めて高い。その彼女が人を欲しがるなら断る理由はなかった。

 ただ、当面は税を廃止しているから、財務面で問題がないか後々確認しておかねばならないだろう。


 話し込んでいた俺たちだったが、いつの間にか距離が近くなっていた。

 翼に鼻の辺りをさわさわされた俺は、明後日の方向にくしゃみを飛ばした。


「あ、翼が近いですね。すみません」


「あぁ、いや。全然いい」


 アイサは距離を変えずに、翼を少し自分の方に寄せた。

 物量感のある動作には迫力があった。


「おぉ。翼は重いのか?」


「重いですよ。子供くらいの重さがあります。翼周りは骨はあっても筋肉がないので、肩で支えています」


「それは大変だな。もしかして飛べるのか?」


「いえ、さすがに飛べるほどの翼力はありません。魔力で強化すれば飛べると思いますが、翼の骨だけで支えることになりますので大怪我をすると思います」


 やったことはありませんが、とアイサは続け、ふわふわと小さく翼をはためかせた。


「やっぱりアイサの翼は綺麗だなぁ」


 彼女は頬を染めてはにかむように笑った。


「ありがとうございます。すごく嬉しいです。ただ、誰にでも言わないようお気をつけください。鳥人にとって翼は髪よりも大事な身だしなみですから」


「そうなのか。手入れが行き届いてるもんなぁ」


 翼に触れると、すべすべとした感触が返ってくる。

 鳥の羽はもっとごわごわした印象があるから、何かしらの努力がここには詰まっているのだろう。


「アドルフ様、鳥人の翼に無断で触れてはいけませんよ」


「ごめん。綺麗だったから、つい」


 確かに無遠慮だった。女性が髪より大事だと言っているのだからもっと慎重になるべきだったと反省する。


 だが、アイサは翼を俺の方に寄せてきた。


「一般には、です。アドルフ様なら私の翼に触れて頂いて構いません」


「え、でも…」


「いいんです。触りたいなら、こうしますね」


 アイサが翼を大きく広げ、片翼を俺の腕に密着させた。

 ちょっとくすぐったいが、さらさらの羽が肌を撫でる感触はとんでもなく気持ちいいし、なんだか温かい。羽毛なんかよりもアイサの翼の方が断然良い。


「なんだか幸せになるな…。翼には感覚はあるのか?」


「付け根から骨の部分だけですね。羽には感覚がありません」


「へぇ…」


 聞いておきながら答えはどうでも良くなっていた。

 俺はもっと翼を堪能したくなって、アイサの背中の方に顔を潜り込ませた。


「ふわぁ!?」


 すると、アイサが変な声を出して椅子の上で飛び跳ねた。


「だ、ダメですよ、アドルフ様! 背中に触れちゃダメです!」


「あ、あぁ、ごめん。気持ちいいからつい」


「鳥人は背中が弱いのです…。それを隠すために翼があるんです!」


 だから体が反射したのか。申し訳ないことをした。

 翼から少し顔を離した俺の目を、アイサはじっと見つめてきた。


「アドルフ様。私たちは弱点を隠していますからどなたにも言わないでください。クリスティーナ様にも言ってはいけませんよ」


「わかった。墓まで持っていく」


「そうです。そして私たちが弱点を教えるのは、相手に好意を示すためであることも知っていてください」


「へぇ。プロポーズみたいなことか?」


 冗談めかして言ってみたのだが、アイサは真顔だった。


「はい」

 

 俺は半笑いの顔のまま固まった。

 アイサは動かない。

 互いの視線が交錯する。


 我に返った俺は、慌てて弁解した。


「あ、いやいや。アイサは転移のことを気にしているんだと思うけど…」


 早口で言う俺に、アイサは言葉を被せてきた。


「そうではありません。気にしてはいますが、それとこれとは別の話です。具体的には、私は愛情と欲情を表しています」


「何言ってるんだ!?」


「私はアドルフ様の優秀さを魅力に感じていますし、寵愛を受けたいと思っています」


 俺は絶句した。

 もちろんアイサのことが嫌いなわけがない。俺も優秀な人間が好きだ。

 だが色々と話が早すぎる。


「アドルフ様はどのような女性がお好きですか?」


「え、いや。どうだろう、あんまり考えたことがないな」


「仕事のことは色々考えているのに、自分のことは無頓着なんですね」


 アイサはくすくすと笑った。


「さっき私の翼を弄んでうっとりとしたお顔をされていました。触り心地の良いものがお好きなようですね」


 アイサは白くて綺麗な手を自身の胸元に滑らせた。


「他のところも試してみたいですが…。まだアドルフ様のお気持ちが固まっていないので待ちます」


 官能的な軌跡を描いた手は机の上に戻された。

 俺は黙ったままで二の句が継げないでいる。


「アドルフ様。貴方は目につく全ての女性を愛していいんです。ご存じの通り、この世界で男性は希少です。子孫繁栄のためにはできるだけ多くの女性と関係を持つべきです。ルーモンドでは、男性は特定の女性とだけ結ばれることを禁止しています」


 全く知らなかった。

 法律を全部確認しておかないと知らぬ間に多重婚の契約を交わされかねない。


「私は、アドルフ様に最初に選ばれたいと思います。一番は特別です。一番になれるよう善処しますから、やってほしいことやなってほしい姿があれば仰ってください」


 アイサは至極当然のように言い、目線を机上の資料に戻した。


「アドルフ様に好かれることが、私は嬉しいんです」


 気持ちのこもった言い方だった。

 心なしか、彼女の耳が赤くなっているような気がする。


 彼女だって恥ずかしいのだ。慣れているわけが決してない。

 俺も真面目に考えねばならないことだ。


「そうだ。街に幾つかアドルフ様に愛でて頂くための宿も建設しましょうか」


 ピンク色のおかしな建物が乱立されてしまいそうだったので、俺は慌てて検討に横やりを入れた。

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