第15話 都市計画

 翌朝、椅子で眠った俺の体はバキバキと悲鳴をあげていた。


 ベッドでクリスティーナが幸せそうな顔で目を閉じている。

 彼女の同衾の要望に満額回答とはいかないものの、同じ部屋で就寝することを互いの妥協点とした結果がこれだ。


 身体の伸びもそこそこに、顔を洗おうと思った俺は物音を立てないようにそっと自室を後にした。


 窓ガラスのない廊下は薄暗い。

 朝日が差し込む入口ホールに向かうにつれ、段々と館の装飾たちが顔を見せる。

 館はそれほど豪奢ではないが無機質でもなく、ちょうど気持ちを安寧とさせる気安い内装だった。


 入口ホールを横切る途中で大きな機械式時計が目に入る。

 この館の主要な装飾の一つであるそれは、カチカチと歯車が蠢き合う音を奏でている。

 

 歯車を小さく作る技術がまだないために、時計は大きくなりがちでまだまだ一般家屋には普及していない。


 所用を済ませて部屋に戻ると、クリスティーナが起きていた。

 頭をひと撫でしてから、先に食堂へ移動する。彼女にも身支度があるだろう。


 朝のルーティンを終え、仕事モードに切り替えて会議室へ向かう。


 四人が揃ったところで俺は今日の予定を切り出した。


「都市計画を考えたい」


 俺の言葉に、バーバラが笑顔になった。


 やけに取って付けたような笑顔だった。


「魚類なの? 止まったら死ぬの?」


「はは、冗談が上手いな、さすがだ。俺はこれが聞きたくて考えることをやめられないのかもしれない」


「そうだったの。じゃあトラウマも植え付けた方がいいわね」


 バーバラの周囲で力の奔流が渦巻いている、気がする。

 魔力を高めているのかもしれない。俺は慌てた。


「一旦アイデアは打ち止めだ! 明日はこうはならないので勘弁してほしい」


「この場で持ち出すのは百歩譲って構わないわ。ただ、領民に直に話すのはやめてね。私たちでさえ頭の整理が追いつかないんだから」


 可動式堤防をエイダにお披露目したことがアイサ経由でバレてしまったようで、バーバラは怒っていた。

 ぷい、と顔をそらす彼女に俺は軽く頭を下げた。


「すみません。了解です」


「本当にわかってくれたならいいんだけど」


「まぁまぁバーバラ。アドルフ様、都市計画というと街の開発方針にお考えがあられるのですか?」


 不貞腐れたようなバーバラを宥めたのはアイサだ。

 彼女は話を本題に戻してくれた。


「そうそう! 魔導線が成功した暁には、街全体に魔導線を張り巡らしたいんだ。街のどこでも巨大魔晶石を経由して魔法が使えるようにしたい」


「街全体ですか…どうしてでしょうか? ルーモンドの領民は自前で魔法を扱えますので魔晶石や魔導線に頼る必要はありません」


「一言でいうと生産性を高めるためだな。もう少し話を砕くと、仕事に魔力を集中させたいんだ。生活に必要な魔力はインフラで賄う」


「なるほど。魔力を使うと肉体的にも疲れを感じますので、行使する魔力が少しでも減ればより長く、より効率よく仕事ができるわけですね」


「あぁ。それに平等性と福祉としての意味もある。魔力が少ない人や諸事情で魔法を使えない人が不公平さを感じないようにし、全ての領民に一定水準以上の生活を保障することができる」


 ルーモンドの領民は基本的には魔法を使える。

 ただ、女性と男性で魔力量が異なるし、女性の中でもアイサのように魔力が高い人もいればそうではない人もいる。

 怪我や病気を患った人は肉体の疲労を防ぐために使えない。

 そして、加齢によって徐々に魔力量が減少していくことがわかっている。この世界の人の寿命は約六十年だが、その年月ならば使えなくなるほど劣化することはないらしい。


 以上のように様々な条件で量にばらつきがある魔力は、放っておけば今後差別の原因になり得る。

 なにしろ魔法が金に変わるようになるのだ。その多寡で貧富を左右する時代が来る可能性がある。想像を超える問題が起きるかもしれない。


 懸念しすぎの嫌いはあるが、この世界で初めての試みである以上、備えは幾重にも張り巡らせておく方がいい。


「魔導線が目論見通りの低コストで実現できれば、街のそこかしこに柱を立てて柱から柱に魔導線を配線する。その魔導線を枝分かれさせてそれぞれの家屋に分配するんだ」


 現代の電線と同じだ。

 大元が発電所ではなく、巨大魔晶石である点は相違する。


「それは大規模な工事になりますね」


 アイサはちらりとラパーマを一瞥した。


「大工仕事は兵士の方で請け負うよー!」


「助かります」


「ルーモンドの兵士はそっち仕事の方がメインだからね」


 あっけらかんというラパーマに周囲は苦笑している。


「よし。じゃあ、魔導線がうまく引けるように土地の使い方を再設計しよう」


「かしこまりました。魔力の元になる巨大な魔晶石が完成したら入口広場に設置する、ですよね?」


「あぁ、そうしよう。ルーモンドを訪れた人が最初に見るのがそれだ。魔法都市ルーモンドの観光名所になるかもな」


 魔晶石はただのガラスではなく、淡く赤い光を放つ不思議な外観だ。

 小さくても存在感があるそれが巨大にでもなっていれば王国中の人からの関心を集めるだろう。


「それともう一つ」


「出たー。アドルフのもう一つ」


 ラパーマがからからと笑い、からかうように指を立てたが、俺は無視して話を進める。


「大きな時計塔も街のシンボルに加えたいんだ」


「時計塔ですか。街には時計がありませんから悪くないと思います」


「無いから作る、というのもそれはそうなんだが、狙いは労働時間の意識を高めることだ。魔導線が導入できてより長く働けるようになると、働きすぎてしまう者が出るかもしれないと思ってる」


 俺の説明に四人がハッとした。


 おそらく全員の脳裏をよぎっているのは元のアドルフのことだろう。

 そもそも俺はアドルフの死因の対策を考えていて、結果思いついたことの一つが時間をわかりやすくすることだった。

 もっと機械的な技術を発達させないと一人に一つとまではいかないが、外で見られるものがあれば幾分マシにはなるだろう。


「できれば、街のどこにいても見えるようにしたい。最悪でも遅くまで仕事をしがちな工房区からは見えるようにする。何時間働いたら休憩、のように個別にルールを取り決めて仕事に勤しんでほしいんだ」


「そこまでは洞察に至りませんでした。とても良いと思います。では、入口広場に設置しましょう。うまくいけば巨大な魔晶石に照らされて夜でも確認がしやすくなります」


 俺はアイサに同意を示した。

 次にバーバラに水を向けた。


「ルーモンドを観光に訪れる人は少ないか?」


「そうね。あまりに辺境にあるから。それでも、魔法に興味を持った研究者が集団で大挙することもあるわよ」


 王都には様々な学問の研究者がおり、様々な物事の探究に明け暮れているという。

 魔法もその中の一つということだ。


「ルーモンドは今後、王国の都市開発の見本になる可能性がある。魔導線が王国中に広がるかもしれないからな。儲かるテーマには人が群がる。観光業に力を入れればその流れを存分に享受できる」


「確かに…。せっかくルーモンドにお越し頂くなら、色々と落としていって頂きたいものね」


「そういうことだ。移住者だって増えるかもしれない。その流れを最大限活用するには待っているだけじゃなく、攻めることも必要だ。俺は広告活動がしたい」


「いいわね。それに魔導線の発明を騙る者が現れたりすれば心底口惜しいことになるもの。その防止という意味でも進化した魔法都市ルーモンドを先んじてアピールしたいわ」


「その発想もいいな。やり方としては、他の領地へ直接売り込みをしてもいいが効率が悪い。紙の広告を作ってガンガンばら撒くのはどうかと思ってる」


 この世界には紙がある。しかし印刷がない。

 現代人の感覚からすればそれこそ効率が悪いが、手書きでチラシを作ってどんどんダイレクトマーケティングをしていく方法がベターだと俺は結論づけた。


「…なんか悔しいけど。すごくやりたいわ」


 冒頭のやり取りを思い出したのか始めバーバラは歯噛みしていたが、一転して今は獰猛な笑みを浮かべていた。


「お眼鏡にかなったみたいでよかったよ」


「ただ、女王様に魔法産業の報告をうまくやってからになるわね。その後、どこにどう魔法を広めるのか外交面と物流面から検討して、それから各領地に向けた広告を練ろうかしら」


「素晴らしいと思う。詳細の検討は任せる。頼りにしてるよ」


 イレギュラーな相談を終え、一息を吐いた。

 

 その後は、定常報告をしていつも通り解散した。


 俺は個人的にラパーマに用事があったので、部屋を出て行こうとした尻尾がある背中を呼び止めた。


「ラパーマ、この後時間をもらえないか?」


「ん? どしたの?」


「体を鍛えたくて手伝ってほしいんだ。いざというときに自分も動けるようにしておきたい」


「いいじゃん。オッケー!」


 ノリの良いラパーマは俺の手首を掴んでずんずんと先導し始めた。


 先に部屋を出ていたアイサの隣を二人で通り過ぎようとしたのだが、俺の姿を認めたアイサがさっと俺の手を掴んできた。


「あ! アドルフ様。少しお時間を頂けないでしょうか。都市計画のことで相談させてください」


 両手を掴まれた俺は、二人を見比べてアイサを優先することにした。

 ラパーマの方は俺が自分のためにすることだし、ラパーマの時間さえ合えばいつでもいいからだ。


「お、わかった。すまないラパーマ、午後からでも大丈夫か?」


「いいよ。あたしは先に軍事区に行ってるから、終わったら来てね!」


 ひたすらに明るいラパーマは俺の手を離してバイバイと手を振って廊下を進んで行った。

 アイサも俺の手を離した。


「それでは、私の部屋に参りましょう」

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