第13話 魔法産業化への道
定例報告会を終え、俺とアイサはルーモンドの工房区に赴いた。
暫定的な堤防敷設を終えたエイダに、魔法の産業化を相談するためだ。
依然として職人たちは忙しい。バームロへの商品の納期が二週間後に迫っている。一心不乱にハンマーを振るう職人たちを横目に、工房長の元気な姿を探した。
「お? アドルフ様?」
エイダは机に向かって何やら設計図を描いていた。彼女の多彩さには驚かされるばかりだ。少し話して時間をもらうことに同意を得た。
工房だと鍛造の喧騒で会話が難しいため、市民区に場所を変えることにする。少しずつ復興する街並みを前に、三人でベンチに腰掛けた。
俺は手短に魔法の産業化について説明した。
「…というわけで、魔晶石の魔力を導通する魔力導通線、略して魔導線を作りたいんだ」
エイダは興味津々で話を聞いてくれていたのだが、徐々に訝し気な表情をした。
「なるほどぉ? アドルフ様、なんかすごいこと考えついちゃったね? ちょいとあり得なくない?」
「いや、そんなことはないだろう。まぁ、なんかこう、ビビッときたんだ」
「ふぅん? ビビッとねぇ」
俺への何かしらの疑惑が深まってしまったようだ。
何かしらが転移ではないことを祈るばかりなのだが、そういえば何一つもっともらしい言い訳を用意していなかった。
頭の中が真っ白になった俺の窮地を救ったのはアイサだった。
「アドルフ様は王都と連絡を取り合ってルーモンドの発展について相談なさっているの。その中で出たアイデアの一つが魔法の産業化なの」
「んー、そういうこと…王都なら色んな学問の研究者がいるもんね」
「そ、そうなんだよ。研究者と話していたらビビッときたんだ」
「それにしても色んなこと知りすぎだけどねぇ」
COOとして様々なテーマの知識が俺にはある。ただ、専門家ほど深くはなく、浅く広くが俺の領分だった。
だから、エイダのような専門家の協力なくして俺の事業構想は成立も実現もしない。
これ以上墓穴を掘って疑われる前に、早急に本題に移ることにした。
「それで相談なんだが、魔導線の試作をできないかな。ガラスを金属製の線にコーティングしてほしいんだ」
「コーティングって、金属をガラスで覆うってこと?」
「あぁ。コーティングというよりはメッキかな」
「メッキならできるけど、ガラスでメッキするのはやったことないね。何の金属なら定着するかなぁ」
エイダは呻っている。
ちなみにメッキというのは材料の表面に施す処理のことだ。具体的には、素材を溶かして相手材に定着させることを指す。
元の世界でもかなり古い時代から装飾などに使われた技術で、現在は耐食性などの様々な機能を付与することができる。
コーティングというのは俺も車のガラスコートぐらいしかやったことがないが、たぶん化学的なもので、メッキは機械的なものだろう。
この世界の今現在においては、金属をガラスで被覆するためにはメッキ技術に頼る他ないようだ。
「いっぱい試作してみるしかないかなぁ」
「面倒事ですまない」
俺が軽く頭を下げると、エイダはパタパタと手を振った。
「なんのなんの。発想は面白いし、何とか実現したいよね。王国中がびっくりするよ。とりあえず、銅とか鉄とかで試してみようかな。銀とか金も一応あるけど」
「普及させることを考えると、最終的にはコストを抑えたい。試作にお金をかけるのは問題ないが、どこかのタイミングで銅や鉄をメインに据えたいと思ってる」
「まぁそうだよね。わかるよ。もし銀とか金が必要でも、ちょろっと混ぜる感じになるかな」
勝負になるのは、薪割りや井戸汲みや力仕事に係る労働コストだ。
それよりも安い価格でインフラを提供できれば勝てる。
「金属製の線を作ることは問題ないか?」
「それは大丈夫。建物の補強なんかによく使うし、金属をトンチンカンして叩いて薄くしていくだけだからね」
となると、魔導線の問題はガラスのメッキか。試行錯誤で実現性を高めていくしかないだろう。
また、魔法の産業化には問題がもう一つある。
「魔晶石の素材になるガラス塊もたくさん必要になると思っている。ガラス製品の需要を満たしながら追加で魔晶石も作れるだろうか」
「んー微妙いねぇ。ガラス素材の砂はケブネカイサ山でいくらでも採れるんだけど、炉と職人を増やさないと成形は間に合わないかも」
「わかった。魔晶石をインフラに使えるようなら、使い終わった魔晶石は返却してもらって、追加でガラスを作らなくてすむようにしよう」
考えておいたバックアップ案を提示すると、エイダはほっと胸を撫でおろしていた。
「それは良いアイデアだね。職人よりも物流の方が人手があるし、是非そうしてほしいな」
「わかった。理想的には、ひと月分ぐらい持つような量の魔晶石を販売して、定期的に交換に行くような商売がしたい」
メイン顧客のバームロはいくら近いとはいっても移動に一日かかる。重量物を持っているとなれば、さらに時間はかかる。一日や一週間で交換となると頻度が多すぎる。
本当は、人件費やら材料費やら加工費やらを基に収益計算をした上で交換周期や魔晶石のサイズは決めたい。だが、今は情報がないし、COOとしての勘だがそんなに筋は悪くないと思う。
「ひと月分、ということはそれなりの大きさです。これくらいになるかと」
アイサが示した大きさは元の世界の消火器大だった。その程度の大きさで済むならどこにでも置けるし、馬車を使えば一度に大量の商品を運べる。
商売としての成立見込みは高そうだ。
「試しに日常生活ひと月分の魔晶石を何個か作ってもらえないか?」
「いいよ。たくさん試してもらってちょうどいいサイズを決めた方がいいもんね」
「それと、これは追加の相談だが、めちゃくちゃでかい魔晶石を作ってほしい。どれくらいまでいける?」
エイダはぎょっとした。
「めちゃくちゃでかい? 試さないとわからないけど…。何に使うもの?」
「堤防の強化だ」
俺は今朝四人に話した堤防強化説をエイダにも説明した。
「魔晶石から引いた魔導線を堤防に繋げて遠隔から堤防を強化する。そのとき、引用元の魔晶石は莫大な魔力を必要とするだろうから、洪水対策のためにどでかい魔晶石が欲しいんだ」
「なるほどねぇ。色々考えるんだね、アドルフ様は」
エイダは感心しきりだったが、俺はまた疑われることが心配で内心ひやひやしていた。
「んー、よくある玉の魔晶石を大きくするのは難しいから、板の形でもいい?」
「いい。街のどこかに置ければなんでもいいよ」
「ほいほい。だったらモニュメントみたいにして街のシンボル的なものにしちゃう?」
デザインセンス皆無の俺と違って女性らしいエイダの意見にアイサが頷きを返した。
「それ、いいね。魔法都市ルーモンドとして象徴的なものにできそう」
「でしょ。ちょっとかっこよく幾何学的な感じにしよっかなー」
「花柄にしよ。かわいいほうが良いよ」
「あー、細かいところは任せるが、大量の魔力が蓄積できるようにすることを忘れないでくれよ」
雲行きが怪しくなってきたので、肝心なところだけは釘を刺す。
エイダはペロッと舌を出した。
「もちろん。使えるしかわいいって感じでやるよ」
「もし試作がうまくいって一連の開発に成功したら、今の暫定堤防を作り直さなくても十分に強い強度が得られるかもしれない」
「そうだね。うまくいくなら堤防を作り直すより早いだろうね」
「ルーモンドの治水はエイダの肩にかかってる」
「なんだよぉ。プレッシャーかけるね、アドルフ様」
見た目ばかり重視されると困るので少しばかり発破をかけた。
エイダは唇を尖らせているが、本当に嫌なわけではないようで、その表情は不適な笑みを含んでいる。
「エイダには期待しているからな。だが、できなかったとしてもエイダは悪くない、俺の筋書きが悪かっただけだから気にしないでくれ」
「そんなこと言われたら余計気にするよ」
「言葉って難しいな」
「アドルフ様の気遣いが下手すぎるの」
やいやい言っていたエイダだったが、一つぽんと手を打った。
「そうだ。うまくできたらご褒美ください、アドルフ様」
「それはもちろん大丈夫だ。俺にできることなら」
「ほんと? やったぜー。頑張るぜー」
エイダが闘志を燃やし始めた。費用やら人手やらを求められるのだろう。特段の心配はいらないと思う。
「変なことお願いしたらダメだよ」
アイサは目を細めてエイダを見ていた。エイダはあさっての方を向いて聞いていない。
なんか緩い雰囲気だ。今なら何を言っても断られなさそうだ。
「よし。じゃあもう一個いいか?」
「え、嘘でしょ。まさかまだあるの」
「そのまさかだ。試作や巨大魔晶石が終わってからでいいんだが、可動式の堤防を作れないか?」
「え、ちょっと待って待って。何その怖いの」
エイダが身を守るように自分の体を抱いていた。
「怖くない。むしろ街を守るためのものだ」
「堤防は川にあるじゃん」
「保険だよ。万が一堤防が壊れた時に、可動式の堤防で洪水を押しとどめるんだ。川べりじゃなくて地面に設置するから堤防というか防壁だけど。常設すると農作業や貿易の邪魔になるし、便利なら商品にしたいから可動式がいい」
堤防には領民の生命がかかっている。慎重に慎重を期してやりすぎということはないし、仮にやりすぎになったとしてもビジネスにできるのなら頑張り損にもならない。
「なんちゅーこと考えてんの。おかしいよね、アイサ」
「うん、そう思う。でも、アドルフ様だから…」
「ねー」と二人は声をハモらせた。
褒められてるのか呆れられているのかどっちとも判断がつかなかった。
「アイサは全部聞いてたの?」
「可動式の堤防は聞いてない。他の長官も聞いてないよ。どこで何をしでかすかわからないから目を離せないなって思ったところ」
アイサにジト目で睨まれてしまった。
俺は慌てて弁解する。
「いやいや、子供じゃないんだから。危ないことはしないさ。目を離しても大丈夫だ」
「子供の方がまだマシです。アドルフ様は思想が危険過ぎます。ちゃんと話を聞いておかないと恐ろしいことになりそうです」
「みんなに言い忘れていたのは悪かったけど。まぁ今思いついたようなことでもあるんだよ」
「なおさら危険です。思いつきでぽんぽん革命されていたら領民の身がもちません」
俺は肩をすくめた。
「やれやれ、しょうがないな。可動式堤防の話は長官たちに相談してから、もう一回持ってくる」
「やれやれ、じゃないです。アドルフ様、私だって怒りますよ」
「ごめんなさい」
今後はいきなり領民に依頼するのは控えよう。ぷりぷりと怒り、眉をしかめるアイサの様を見て思った。
でもどんな風に怒るのか、興味もまたある。
恥ずかしながら、男は何歳になっても悪戯心が消えない生き物だな、としみじみ思った。
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