第12話 地固め

 バーバラの発言に、四人の視線が彼女に集まった。


「もちろんだ。バーバラの話を聞こう」


 先の議題が合意できたことで、俺のテンションは少し高い。


 しかし、バーバラの表情は真剣そのもので、話題が大きく変わることを察した。


「私から。いえ、私たちから。アドルフ君じゃなく貴方に対して話があるわ」


 それはつまり、元の世界の俺に対して、ということか。


 先日のバームロ領の道半ばで彼女が何かを話そうとして止めたことを思い出した。


「この前言いかけていた件か?」


「そうよ。私から言ってしまおうと思ったんだけど、やっぱりみんなで伝えようと思い直したの。それで…」


「バーバラ、私から話しをさせて」


 バーバラの続くはずだった言葉は、アイサに遮られた。


 バーバラはアイサを一瞥したが、何も言わずに頷いた。


「アドルフ様…いえ、貴方に、私がお話したかったのは、謝罪です」


 なんとなく話が見えた。

 生真面目な彼女たちなら、いつかそういう話がなされるんじゃないかという予感はしていた。


「私は、取り返しのつかない罪を犯しました。他の世界で生きている貴方を、私の都合でこの世界に呼び寄せてしまいました」


 俺の転移を命じたというクリスティーナが何か言いたそうだったが、ぐっと堪えて顔を伏せた。


 転移はこの四人で決めたことでも、実際に術を使ったアイサが最も思い悩むことは誰しも想像がついた。


「そして、私の罪は増え続けるばかりです。なぜなら私は貴方を慮ることよりも、貴方の能力に頼ることを優先し、身勝手を続けています」


 バーバラ、ラパーマも沈痛の面持ちで俯いた。


「貴方は私に恨みを抱くべきで、私を貶めるまで何も手につかないほどの憎悪を抱えていてもおかしくない。それを理解しながら、私は何もしていないのです」


 アイサの独白は止まらなかった。


「貴方が私たちを助ければ助けるほど、私は怖さを覚えています。その包容力に甘えて、甘えることが普通になって、自分の罪が勝手に赦された気になりそうなことが。また取り返しがつかなくなる前に、私は貴方に罰されたい」


 アイサが拳を握りしめ、震えている。

 すでに彼女は、彼女の心に罰を課しているように俺には思えた。


「こんな言い方、卑怯なこともわかっているんです。貴方は優しいから。でも、私は愚かでどうすればいいかわかりません。だから、私は貴方に断罪してほしいと言うしかないんです」


 アイサは俺に頭を下げた。


「本当に、申し訳ありません。私は貴方のためなら何でもします。私に罪を償わせてください」


 バーバラ、ラパーマ、クリスティーナも同じく頭を下げた。


 彼女たち全員が、俺に対して罪の意識を持っていたのだろう。非常事態だからしかたがないと言い訳だってできるのに。責任感の強い人たちだ。


 そして、若くて青い。


 異世界の問題を自分ごととして自責で行動してきた俺に他責を求めても無駄だと理解しているのに、それがわかっていても、このやり方しかできないのだ。


 どう返したものだろうか。


 嘘をつかないことを俺は信念として掲げている。嘘で嘘を塗り固めるとろくなことにならないと人生で学んできたからだ。


「俺は、元の世界に帰りたい」


 アイサの肩がぴくりと震えた。


「だけど、みんなのことを恨んではいないよ」


 四人とも神妙な面持ちだった。本心かどうかはかりかねているのだろう。


「最初に混乱したのは事実だけど、今はそれも無くなったし、正直楽しくやってるよ。嘘だと思うかもしれないけど。俺の気持ちがわかってもらえないのは、たぶん認識の差だと思う。俺は元の世界に必ず帰れると思っているから」


 四人は一様に驚いた顔をした。


 もっと早くに見解を伝えておけば、彼女たちも気楽になったかもしれないと反省した。


「みんなからすれば、また荒唐無稽なと思うだろうけど。俺は、あの空の大地には元の世界に帰る方法があると思ってるんだ」


「未開の大地に眠る古代魔法のことですか」


「そうだ。昔の賢い人たちなら、転移させた異世界人が駄目なやつだった場合のことも想定して対策を用意していてもおかしくないかなと」


「それは、確かに」


「きっと後腐れないように、元通りにする術が確実にあると思ってる。だから俺は、俺のためにこの世界を発展させて、いつかあの空の大地を隈なく捜索できるように頑張ってるし、誰かを恨んでる暇なんてないんだ」


 飛行技術の無い世界で空の上に到達するのは夢物語が過ぎる。


 故郷に戻るためのロードマップには、ルーモンド、引いてはこの世界を科学的かつ魔法的に発展させることが含まれている。


「考えることは山積みだし、みんなの力が必要だ。だからちっぽけな問題に煩わされず一丸となって挑みたい」


 四人の罪の意識をあえてちっぽけと表現した。煽るつもりは毛頭なく、建設的に考えれば恨みつらみは些細な障害の一つでしかないと思っている。


「みんなが何でもしてくれるんだったら、俺の力になってほしい。何も俺の言うことを聞けっていうんじゃない。俺の想いや目的が成就できるように、みんなの考えで俺をゴールに導いてくれないか」


 四人は顔を見合わせている。

 

 こうは言っても、彼女たちは自分を責めることをやめられないだろう。いかに合理的で建設的であろうと、それと感情は別物だ。彼女たちは底抜けに真面目でもある。


 俺もそこまでケアするつもりはない。そんなことまで気にしている暇はないのだから。


 最初に反応を示したのは、バーバラだった。


「なんだか、あまり思い詰めるのもバカらしいわね」


 ラパーマとクリスティーナが苦笑を返す。


「そだね。アドルフが前を向いてるのに、あたしたちが下を向いてちゃダメだね」


「私たちにできることで恩返しを考えます」


 そして、俺たちの視線はアイサに注がれた。


 彼女は考え込むように俯いていたが、やがて顔をあげ、俺の瞳をまっすぐに見据えた。


「私は、自分が赦されたとは思っていません。でも、貴方がこんなにも前向きに頑張ろうとしているのに、自分は一体何を弱気になっているんだろうと思いました。貴方を元の世界に帰せるよう、私も頑張ります。引き続きよろしくお願いします、アドルフ様」


 やっぱりまだ思うところはあるようだが、思い詰めた雰囲気はなくなり、少し明るさを取り戻したような気がする。


 俺を転移させてから今この瞬間まで、四人は俺に後ろ暗さを覚えてきたのだろう。これからはもっとフラットに接してくれるといいなと願う。


「実は、俺はもう一つ目標を持っている」


「なに、どういうこと。また何か考えていたの」


「あぁ。まぁこれは転移と同じように古代魔法の可能性に賭けるというだけだが、蘇生の術も探したいと思っていた。アドルフが蘇生すれば、俺も大手を振って元の世界に帰れるからな」


 古代魔法で全て解決、なんて虫のいい話はないと思う。ただ、そこに少しでもヒントがあれば、また次の仮説を立てて検証していけばいい。


 ネガティブをポジティブに変え続けることもCOOの素養の一つだ。


「貴方が言うと、ほんとにありそうね」


 俺の話に四人がはしゃいでいる。


 こんな風に前向きに合理的に建設的に、一歩一歩前に進んでいこうと俺は改めて決意した。

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