第11話 魔法産業化構想

 それから一週間が経過し、グロンマ川に暫定的な堤防が完成した。

 幸い、大雨が降ることはなく、時々小雨があったものの安全に作業を進められた。


 色々なことがあった。

 

 エイダと相談しながら職人や兵士に指示を出したり。街を復興するためにどこから手を付けるのかをアイサと共に計画し。あちこちの避難民にラパーマと共に支援をし。バームロ以外の領地にも商品の納期遅延を相談する手紙をバーバラと共に認めた。


 目が回るような日々だった。


(大変だけど…充実してるな)


 元の世界の仕事と比較して、領主としての仕事にはより強くやりがいを感じた。


 みんなが俺を頼りにしてくれて、目の前に現実の成果がある。パソコンで指示を出してパソコンで仕事を終えていたときには得られたなかった幸福感があった。


 しかし、やりがいはあっても疲れるものは疲れる。


 ばたばたと忙しい俺の癒しは毎日欠かさずやってくるクリスティーナの問診だった。体調を崩したことはなかったので、大体が初回の問診と同じ内容だったが、頭を使わずだらけさせてくれるこの時間は貴重だった。


(元の世界はどうなってるだろうな)


 COO時代を思い出すとそんな心配が頭をよぎった。

 だが、焦燥感はなかった。


 もう俺はこの世界に馴染んできてしまっている。慣れとは恐ろしいものだ。時々、この世界が現実で元の世界が夢だったんじゃないかとすら思えてくる。


 残してきた家族のことを思えばもっと焦った方がいいのだろう。


(何事も一足飛びにはいかないしな)


 事業を営んできたからわかるが、大事は小事から起きるものだ。


 元の世界へ戻るためのロードマップは着々と攻略が進んでいる。普通は焦るのだとしても、元COOとしては淡々と一手一手を詰めていくべきだろう。


(そろそろ次の手を打とうか)


 今朝のクリスティーナ問診を終えた俺は、館にある会議室へ向かった。


 最近は毎朝会議室に集まって前日の出来事と今日やることを報告し合っている。


 会議室は俺を転移させるときに使っていた部屋だ。あのときテーブルにあったガラス玉は今もここに鎮座している。


 これは、実は魔晶石だ。


 アイサの魔力をもってしても転移のための魔力が足りず、追加の魔晶石としてこのサイズを用意したそうだ。


 それも転移の術で使い切ってしまったらしい。今は魔力が再装填され、魔晶石は淡く赤い光を放っている。


 このことから、人を転移するには莫大なエネルギーが必要、ということがわかった。元の世界に戻るには、少なくともエネルギーはしっかり確保する必要がある。


 そんな風にとりとめのないことを考えていると、全員が揃った。


 挨拶もそこそこに俺は口火を切った。


「暫定的だが堤防も完成したし、みんなの心境にも多少のゆとりができたと思う。次の段階に移りたいんだが、どう思う?」


「次の段階? またそんな先のことを考えてたのね」


 左側に座るバーバラが肩をすくめた。


「みんなが優秀だから欲が出てきたんだよ」


「また上手いこと言って…」


「いいじゃんいいじゃん。あたしはどんどん前に進みたいな!」


 バーバラはあきれ顔だが、ラパーマは楽しそうだ。

 

 アイサは顎に手を当てている。


「アドルフ様、次の段階とはどういうことでしょうか?」


「私も中身が気になります」


「あぁ。俺はルーモンドのポテンシャルを高く評価している。復興して以前と同じ状態になるのは大事だが、それだけではもったいない。魔法都市ルーモンドが新しく生まれ変わることを目指したいんだ。そのための段階だ」


 俺は一度、言葉を区切った。


「具体的には、魔法の産業化を考えている」


「…あぁ、シルヴィア様にお伝えしていた件ね」


 バームロ訪問でシルヴィアに話したアイデアを思い出したのだろうバーバラに、俺は首肯した。


「魔法は便利な技術だ。バームロ領をはじめ、他の領地で使えれば大きな価値を生む。問題はルーモンドでしか魔法が使えないことだ。魔法を元にした商品を作っても結局ルーモンドでしか使えない」


 ケブネカイサ山の上空にある未開の大地の影響だとまことしやかに噂されているそうだが、その説の真偽はどうでもいい。


 大事なのは、ルーモンドが特別であり、その特別を他の領地は羨ましがっているということだ。


「そこで、俺が目を付けたのが魔晶石だ。魔晶石があれば誰でも魔法を行使できる。魔晶石を量産して販売すれば王国中の領主がこぞって欲しがると考えた」


 アイサが控えめに挙手をする。


「お言葉ですが、魔晶石はそこまで評価が高いものではありません。接触が必要であるという制約があるからです」


「その通り。それが課題だ。この課題に対して、俺はある仮説を持っている」


 俺はテーブルにあるガラス玉を指さした。


「ガラスが魔力を導通するんじゃないか、という仮説だ」


 便宜上で仮説、とは言ったがこれは事実だと認識している。ガラスは実際に魔力を蓄え、蓄えた魔力を人の体に流している。


「この仮説が正しければ、金属製の紐にガラスをコーティングすれば魔力導通線とでもいえるようなものが作れる」


 これを魔導線と呼ぶ、と俺は前置きした。


 コーティングについてはおそらく可能だ。工房で見た兵士向けの装備に複雑な意匠が施されていたから、メッキなどの技術は存在するはずだ。


 ただ、ガラスをコーティングしたりメッキしたりできるかは試行錯誤になるだろう。


「魔導線がうまくいけば、大きな魔晶石を抱え続けなくていい。例えば、魔晶石は鞄に入れて、魔晶石から伸ばした魔導線をブレスレットのようにして腕につければ魔法が使える」


 今でもやろうと思えば、服の内側に魔晶石を仕込み常時素肌に触れさせていれば実用できる。


 だが、素材はガラスだ。少しでも激し目の動きをすると割れてしまい、大怪我を負ってしまうことになる。


「あたしそれ、やってみたいなー」


 ラパーマは人差し指を口に咥えてこちらを見ていた。

 

 俺は小さく首を振った。


「それも悪くないとは思ってるんだが、実は本題じゃないんだ。俺がもっとやりたいのは、魔晶石と魔導線によるインフラ構築なんだ」


 俺の脳裏にあるのは現代のガスコンロや水道だ。ガスボンベや水道施設、そして配管をこの世界なりのやり方で実現するのだ。


「例えば、でかい魔晶石を屋外の家の壁に立てかけておく。その魔晶石から屋内に魔導線を通すんだ。そうすれば、部屋にある魔導線を触れば、火を起こしたり水を出したりすることができる」


 各自、上の方に視線をやって俺の構想をシミュレーションしている。

 アイサが最初に口を開いた。


「なるほど。多少疲れは感じると思いますが、日常生活の使用量程度なら全く問題無いと思います」


「実現できれば売れるわね」


「魔晶石の注文で街が潤います!」


「ただ、魔晶石やガラスの製造キャパを超えてしまうかもしれない。そうしたら、空っぽの魔晶石を回収して再利用することも考えている」


 都市ガスのガスボンベを回収して新しいものを持ってくるイメージだ。


 テーブルにある魔晶石のように、持ち帰った魔晶石は魔力を充填してまた利用できる。


「技術的にはエイダに相談が必要だが、みんなはできると思うか?」


 説明を終えた俺は、少し緊張しながらこの世界の住人たちに尋ねた。


 それぞれ、悩ましそうだったり楽しそうだったり四者四様の反応だった。


「…荒唐無稽なようにも聞こえるし、なんかできそうにも聞こえるわね」


「あたしはアドルフならできると思っておく!」


「やってみる価値はあるかと思います」


「やってみたいです!」


 否定意見はなかった。門前払いじゃなかったようで一安心だ。

 

 できそうな、できなさそうなことを専門家に考えさせることもCOOの仕事の一つだった。


 簡単にできることなら他社がやってしまうし、全然できないことなら誰もやる気にならない。


 その間のちょうどいいところを発見できるかどうかが事業成功の分かれ道だと思っている。


「実現したら魔法都市の名に恥じない功績になるでしょうね」


 意外にもバーバラが楽し気に言った。彼女は昔、商会にいたことがあるという話だったからビジネスの話題自体は好みなのかもしれない。


 和やかになりそうな空気に対し、アイサが冷静な声を出した。


「一つ、懸念があります」


「意見は大歓迎だ。ぜひ教えてくれ」


「魔晶石と魔導線があれば強い武力を持つことが簡単にできてしまいます。王国は永く平和ですが、強すぎる力を持った悪人が全てを破壊してしまわないか、怖いと思いました」


 その言葉にラパーマが「あー」と声を漏らした。


「あたしは自分がどこまで強くなれるか試したくてルーモンドに来たんだけど」


 ラパーマは一旦言葉を区切り、語った。


「最初はどこまでも強くなれる気がして、自分に一体何ができちゃうんだろう、ってちょっと怖くなってた。だから、悪い人だったらほんと、何をするかわからないと思う」


 俺は意見をくれた二人に対し、深く頷きを返した。


「二人とも慧眼だな。その通り、魔法の普及は単純に生活を便利にするだけではなく、争いの火種を生む可能性を孕んでいる」


 現代の歴史を紐解くと目の当たりにする悲劇として、良かれと思って開発した技術が戦争に転用されることがある。


 その悲劇をこの世界で繰り返してはならないと、歴史を知る者としても当事者としても強く思う。


「だから、当面はバームロ領にしか提供しない。それも内密にしてくれれば、の条件付きだ」


「女王様には伝えざるを得ないわよ」


「そうなるか。じゃあ、言い訳ができる範囲で遅らせよう。例えば、俺たちは洪水対応の真っただ中だ。恒久的な堤防が完成するのは相当先の話で、報告はその後になってしまった、というのは正論だろう」


 俺の言い訳に、バーバラは「まぁ不敬を買うことはないかもね」と許してくれた。


 これで一通り魔導線の前提は相談することができた。


「そして、魔導線を使ってやりたいことがもう一つある」


「もう一個? アドルフはいろんなこと考えるねー。あんまわかんないけど一緒にいて飽きないよ」


 ラパーマは楽しそうだ。まぁ、飽きられるよりはいいだろう。

 

 俺は一つ咳ばらいをして話を続けた。


「魔法の効果の一つに身体強化がある。これは自分の身体を強化することに使える他、他人を強化することもできる。俺はこの効果が人以外の物体にも適用できるんじゃないか、と仮説を立てた」


 ラパーマにもわかる話だったようで、彼女はぽんと手を打った。


「あー、それはそうかも! 意識してなかったけど、武器とか防具にも強化しているような感覚はあるよ」


「それは良かった。なぜなら、もしこの仮説が当たっていれば、堤防を強化することができる。洪水がきても堤防が決壊することを防げる」


「え、でも堤防に触っていないといけないし、洪水が来てたら危ないよ」


「あぁ。だから魔導線を使うんだ」


 まだぴんと来ていないラパーマに、俺は丁寧に説明する。


「例えば、魔導線を長く引いて街まで伸ばし、街の魔晶石から魔法を使うことにより、遠隔で堤防を強化できる、かもしれない」


「あ、そういうことか! それなら誰でも堤防を強化できるね!」


「堤防が強化できるなら、今度の洪水の脅威がぐっと下がります」


 身体強化は凄まじい効果を持っているし堤防に施すことが叶うなら、洪水対策として効果は絶大だろう。


 四人はわいわいと興奮して話しはじめた。彼女たちに希望を与えられて良かった。まだ思いつき程度の素案でしかないが、検討してきた甲斐があった。


 良い相談ができたことに満足し、俺はこの場を定常報告に切り替えようと思った。


「じゃあいつも通り昨日の報告からするか」


「あ、ごめんなさい。私からも、ちょっといい?」


 それを遮ったのはバーバラだった。

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