第7話 プレゼンテーション

 今日の活動方針は決まった。


 まずはメイドたちに館への避難民の受け入れを相談するべく全員をホールに集めた。COOとしてプレゼンをすることは日常茶飯事だったので緊張感はない。


 今回の相談は、企業のイベントに置き換えれば、ベテランの専門家たちに専門外の追加業務を差し込むことに近いだろう。


 専門家が専門業務を蔑ろにされたと感じて憤りを覚えると最悪だ。また、差し込む業務の特殊性を鑑みて強制することは避けたい。


 それらを踏まえて話すポイントは二つ。


 一つ目は、職務である給仕以外の対応を相談するにあたって、雇用主である俺が給仕の業務そのものに敬意を持っていると表現することだ。

 間違っても君たち大した仕事してないから作業追加するね、と聞こえないように配慮しなければならない。


 二つ目は、生理的に厳しければ遠慮せずに断っていいと思わせることだ。

 最近の日本は被雇用者が嫌なことを嫌だと伝えられるようになってきていると思う。

 だが、企業ではなく人に仕えることが普通の価値観であるこの世界では嫌でも本心が言えないこともあるだろう。


 緊張した様子で俺を見つめるメイドたちを前に、プレゼン内容を整理し終えた俺が言葉を投げた。


「みんなに相談がしたくて集まってもらった。意見があれば言ってくれ」


 しんとした広い空間に俺の声が反響した。


「知っての通り、ルーモンドは洪水によって大きな被害を受けた。領地を預かる者として、生活してくれている領民を助け、復興を進めたい。俺はこれから堤防や街の修復に向かう。それだけではなく、この館に避難民を受け入れたいと思っている」


 メイドたちは不安そうに顔を見合わせた。

 一人のメイドがおずおずと声を出す。


「避難された方々をここに置かれるのですか?」


「あくまで一時的な措置だ。避難民が自宅で生活できるようになるまでの間、傷病人が館にいることを許してもらいたい」


「私どもはお館様のご決定に従います。ですが、皆様のお世話までできるかは……」


「俺たちに仕える以上のことは求めない。自力で生活できる者のみ受け入れる考えだ。ただ、可能な範囲で領民を助けてやってくれないだろうか」


 メイドたちはいまだ顔を見合わせている。

 もう少し彼女たちの状況に理解を示す必要がありそうだ。


「みんなも私生活が大変だろうに、俺は毎日美しい館で満足して過ごせている。そのおかげで今日も頑張れる。そんなみんなの能力を見込んでの相談だ。領民も元気にしてやってほしい。そうすればルーモンドはもっと早く復興できる」


 メイドたちは思案顔になった。合理的に説明したとは思うが、感情的にどう捉えるかはわからない。


 すると、最も年長に見えるメイドが目頭に手を当てた。


「アドルフ様のお優しいお考えに感激しました。私どもは生まれも育ちもルーモンドでございますし、ルーモンドのお役に立つことに望外の喜びを感じております。つらい目にあっている方々を助けることに否やはございません」


 その言葉に、意見をしたメイドも頷いている。ただ、本当に腑に落ちたかはわからない。後で話した方がよいだろう。


 とはいえ、多くのメイドは前向きに捉えてくれたようで、まっすぐな瞳を俺に向けてくれた。熱視線と言ってもいい。ひょっとすると好感度っぽいものを刺激してしまったのかもしれない。

 別に狙っているわけではないのだが、最後に言うべきことを言わなければならない。


「中には追い詰められて、心身ともに参っている者もいるかもしれない。難しい対応が求められた場合は遠慮なく言ってくれ。みんなが能力を発揮することは妨げるべきじゃないし、俺にとってはみんなのことも大事だ」


 俺のプレゼンに対し、年長のメイドを筆頭に反応は悪くない。どころかかなり良い。一部不安は残っているかもしれないので、折に触れて心境は聞くように気をつけよう。


 俺は後ろに控えているクリスティーナに目配せをした。


「後を頼むよ」


「…! お任せください、お兄様」


 この後のメイドたちへの具体的なお願いや館の暫定的なレイアウトは先ほど食堂で伝えたばかりだ。

 長年メイドたちと暮らしているクリスティーナなら、適切にこの場を取り仕切ることができるだろう。


 今日はまだまだ予定がある。俺はラパーマとアイサを伴って外に出た。

 幸い、雨は降っておらず、湿度が高くてじめじめするだけで、屋外の活動に危険はなさそうだ。


 まずはエイダに堤防を修復する相談をし、その後兵士の人手を借りよう。必要な人手の数を職人に確認した後で兵士を集めた方が効率が良い。


 昨日の今日では、さすがに街の状況に変わりはなかった。領民に挨拶をして街を通り、エイダのいる工房に辿り着いた。


「あれ、アドルフ様だ。今日も来てくれたんだ、嬉しいな!」


 相変わらず元気なエイダが俺に向かって小走りに駆けてきた。その勢いを両腕を掴んで受け止め、お互いに腕を握り合った。


「おはよう、エイダ。職人のみんなに相談があるんだ。どこかに集めてもらえないかな」


 急な頼みにエイダは目を丸くしたが、すぐに一際大きな工房の中に案内してくれた。

 大声で職人たちを呼び寄せてくれ、程なくして関係者が集まった。

 人気者のアドルフを前に、彼女たちが浮き足立っているのがわかる。


 さて、プレゼンの要領はメイドたちへのそれと同様だ。専門性や献身性に敬意を示しつつも、彼女たちの意思を尊重するように相談したいところだ。


「多忙の折に、時間を割いてもらってすまない。決してこの時間を無駄にはしない」


 俺が堂々と宣言すると、職人たちは一様に緊張を身に纏った。


「洪水の被害状況下においても工房の種火を絶やさず、仕事を続けてくれているみんなの姿勢には尊敬の念が絶えない。ルーモンドの商品を楽しみにしている顧客に向けて、最善の行動をしてくれていることに深謝する」


 元のアドルフが言うだろうことと比較して、内容に乖離はあるだろう。

 とはいえ、見た目は完全に本人だから中身が違うと気づく者はいないはずだ。

 災害を経て、アドルフが成長したとでも思ってくれればいい。


「俺にとってルーモンドの職人は誇りだ。この優れた技術が適切に評価されるよう商人には俺からも口を利くし、領外との外交にはより一層気を引き締めて臨んでくる」


 商品の貿易は商人が司っているが、領主が介入しても問題はないし、領主間で取り決めることもある。

 有事の際にはむしろ全容を把握している領主が矢面に立った方がいいとバーバラと相談し終えている。

 そして、俺が一番口利きしたいのは、商品ではなく取引条件だ。


「ただ……当面は納期の遅延や追加受注の中止を相談してこようと思っている」


 職人たちが顔を見合わせ、心配そうに眉を顰めた。

 これまでの作業を否定する意思がないことを十二分に示すため、俺はわかりやすく柔らかく笑顔を作った。


「まずは、ルーモンドの復興にみんなの力を借りたいんだ。街の誰もが次の洪水に怯えなくて済むように、堤防を修復したいと思っている。相談が遅くなってしまって本当にすまない。街の視察でみんなの意見を教えてもらって、俺の行動が不足していることを実感したんだ」


 話の合間に、昨日追加の洪水を心配していた職人の顔を見た。

 意見を取り上げられるとは思っていなかったのか、彼女はとても驚いていた。


「職人の仕事や街の復興作業が全力で行えるように、いっときだけ力を貸してほしい」


 俺は一同に頭を下げた。


 誰も何も言わない。


 ここに至って、胸が早鐘を打ち出した。


 永遠に誰も反応しないんじゃないかと焦燥する。


「…アドルフ様、なんか変わったね」


 沈黙を破り、呟いたのはエイダだ。


「ちょっとしんどかったんだよね。色々考えて決めるのが。私はアドルフ様がたくさん考えてくれたのがすごく嬉しい」


 エイダはほっとしたようだった。

 非常時の対応までエイダが決めることは、彼女にとって相当な負担だったのだろう。

 少しでもその重荷を分かち合えたのなら時間を取った甲斐があった。


「頼めるかな、エイダ」


「うん。私たちも街のことを優先したかったからね。アドルフ様の応援があるなら何も心配しなくていいし、私たちは堤防の修復を頑張るよ」


 俺は両手でエイダと握手した。


「人手は兵士の方でも工面するから、修復作業の指示出しをしてくれる人員だけで大丈夫だ。他の職人たちは自分の生活を取り戻すことに集中してくれ。もちろん、領主としてその間の生活は支援する」


「あ、そんなことまでしてくれるんだ。でも、いいの? 大丈夫?」


「当然だ。ルーモンドの美しい商品が俺は大好きだ。その作り手を守るためならなんだってできるさ」


 朝食の時に使ったガラス製品を思い出す。

 生産者の顔が見えると、パトロンとしても奮闘意欲が湧いてきていた。

 俺はルーモンドのことが好きになってきているようだ。

 そうして、エイダを含む堤防修復に必要な人員たちを引き連れて工房区を後にした。


 次は軍事区だ。


 工房区のさらに奥、街の最奥に向かって歩を進める。足元のぬかるみが引かないため、馬車を使っての移動はできない。


 専門家である職人の代表エイダによると、決壊した堤防の修復にはいくらでも人手が要るとのことだった。


 兵士全員に前向きに協力をしてもらう必要がある。うまく話して檄を飛ばしたいところだ。アドルフの本棚には兵士に対する演説の記録もあったため、内容を頭の中で反芻しておく。


 軍事区に到着し、ラパーマが集まれる兵士を全員集めてくれた。

 他の区画と違い、重装や軽装に身を包んだ屈強な女性たちが俺の前に立ち並ぶ。その光景には、元の世界で感じたことがない異様な迫力があった。


 気圧されないよう、俺は気合いを入れて語り始めた。


「ルーモンドの守護任務への尽力に痛み入る。此度の洪水においては、兵士の力によって行方不明者は発見され、傷病者の手当ても進んでいる。ルーモンドの生命を守ったのはここにいる一人一人の力だと、俺は思っている」


 兵士たちは俺の言葉を黙って聞いてくれている。


「立て続けになってしまうが、次の新しい任務に皆の力を借り受けたい。第二の波が街を襲うことがないように堤防を修復したいんだ。そのために職人たちも連れてきた」


 片手を上げてエイダたちを示す。


「どうやら、いくらでもやることがあるそうだ。微力ながら俺自身も作業に加わりたいと思っている。連日の対応を労う間もなく申し訳ないが、もう少しだけ歯を食いしばって力を貸してほしい!」


 気持ちを込めていると、思わず声が大きくなっていた。


 兵士たちは見事な敬礼を返してくれた。


 後ろで控えていたラパーマが前に進み、すれ違いざまに「最高だよ、アドルフ」と囁いた。


「一番隊と二番隊は同行! 他の部隊は昨日までの任務を続けること!」


 ラパーマの号令がかかると兵士たちは各自の行動に走っていった。

 その姿を目で追いながら、俺の口上が彼女たちに少しでも勇気を与えられたことを願った。


 現状、街で必要な対応を済ませた俺たちはグロンマ川へ向かうことにした。


 この後のことを考えると、兵士には傷病者の移動支援も頼みたいところだが、まだ情報が揃っていない。

 傷病者に対しては、洪水対策ができたという最大の安心材料を持っていきたいのだ。

 そのため、堤防修復に目処を立ててから、兵士を伴って街の避難所を回ることにした。


 兵士たちの力強い足音に勇気をもらいながら、先を見越した検討を進めるべく俺は再び脳を回転させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る