第6話 災害対策会議

 起きてもアドルフであることに、ひとまず安堵した。

 少なくともルーモンドを立て直すまでは元の世界に帰りたくなくなったからだ。ラブブック周りの懸案事項は無視した。


 朝の挨拶に来てくれたクリスティーナに連れられて食堂へ行くと、既に長官たちが座って待っていた。

 食堂で一堂に会して朝食を食べる。


 肥沃な土地と雨が多いルーモンドは、米と葉物野菜が採れるそうだ。

 洋食器に盛られた米と野菜炒め、焼いた川魚を頂いた。

 塩は海に近い別の領地でたくさん採れるそうだが、香辛料は貴重だそうで、味付けはとてもシンプルだった。


(ちょっとしょっぱいな)


 喉が渇き、山から得られる天然水の入ったガラスのグラスを傾ける。

 飲料水も魔法で賄うことができるそうだが、自然の恵みが豊富な時期は無粋なことはしないらしい。


 手に持ったガラス製品は地場の工房で製造したものだ。装飾などがないシンプルなそれは、不要なデザインを削いだ機能美を感じさせる。飲み口に飲み心地のいい丸みがついていて、職人の手によるものづくりの価値の高さが理解できた。


 食事を終え、空になった皿をメイドが下げていく。人心地ついたところで、外務長官のバーバラが口を開いた。


「一通り街を見てみて、気づいたことはあった?」


 アイサ、ラパーマ、クリスティーナの視線も俺に集中する。

 期待と不安を浴びせかけられ、俺は重要な局面に立ったことを意識した。


「そうだな。街や領民の状況がわかって課題を認識できたよ。俺なりに対応も考えた。皆と相談がしたい」


「わかったわ。ただ、あらかじめ言っておくけど、貴方が全てを解決しないといけないのではないから。私たち三人が状況を報告して対応方針を提案し、何を実行するのか領主が決める。これが従来の私たちのやり方だし、来たばかりの貴方は感想を言うだけでもいいから」


 バーバラの発言は、転移者への期待値について彼女たちがすり合わせをする意味もあるのだろう。

 異論は唱えられなかった。


 いく分かだけ肩の力を抜き、俺は結論から切り出した。


「まず、ルーモンドは必ず復興できる」


 彼女たちが驚き、目を見開いた。


「バーバラが言う通り、俺はこの世界の経験がまだ浅い。聞く価値のない話だと思えば遠慮なく遮ってくれて構わない」


 考えを説明する前に、俺はそう前置いた。


「俺から見てルーモンドは壊滅状態だが、領民は絶望しておらず、生きるために行動をしていた。アドルフが領民の希望になっていることもよくわかったし、アドルフがいる限りルーモンドは少なくとも滅亡はしないと思った」


 視察した範囲では、会う人全員が女性で、全員がアドルフに好意と期待を抱いていた。

 

 希望の象徴がいなくなれば、悲しみに暮れていた一部の領民のように、全員が絶望に打ちひしがれるだろう。


 四人が行った転移という手段はルーモンドのことを思えば最善だと思う。


「迅速にルーモンドを復興するために今後対応すべき課題は三つだ。第一に、次の洪水に備えること。第二に、領民の生活を支援すること。第三に、領外の援助を取付けること」


 四人は黙って聞いている。


「当然、すでに対応済みのこともあると思う。これから質問をするから教えて欲しい。何かができていなくても構わない。これからやればいいだけだし気楽に答えてくれればいい。まず、洪水への備えはどうだ?」


 内務長官のアイサが歯切れ悪く答えた。


「手付かず……です。平時は堤防で備えておりますが、先の洪水で決壊してしまい、復旧の目途も立っていません」


「教えてくれてありがとう」


 報告がしやすいよう、細かいことだが労うことを忘れない。


「人手を割り振って復旧しよう。次の洪水への恐れが領民の勇気をくじく大きな要因になっていると思う。堤防を修理できる者は無事か?」


「工房の職人が設計した堤防ですので、職人が修理できます。工房区へ行き相談して参ります」


「エイダのところだな。職人たちは必死にできることをやってくれていた。別の対応を要請するには俺から説明をした方がいいだろうし、俺も行く」


「かしこまりました」


 次に、ふむふむと猫髭を撫でているラパーマの方を向いた。


「土木工事で力仕事になったら兵士の力を借りられるか?」


 彼女は触っていた猫髭をぴんとはじき、頷いた。


「もちろん! 巡回任務にあたってる兵士以外にはなるけど、半数は回せるよ」


「よし。堤防の修復のために職人と兵士を集める。兵士にも俺から要請を出すからラパーマも同行してくれ」


 座りながら背筋を伸ばし、ラパーマは敬礼した。


「良い相談ができたよ。第二に、領民の生活だ。救助は進んでいるか?」


「そうだね。まだ動けない領民がいないか捜索は続けてるけど、昨日は助けが必要な人は見つからなかったよ」


「行方不明者についてもわかる範囲では発見できています」


 領民の戸籍のような情報がないため、誰がいて誰がいないか明確にはわからないようだ。

 兵士の巡回と人づての情報を信じる他ないだろう。


「状況をよく確認してくれているな。アイサ、住まいを失った領民は避難所に集っていたな」


 バーバラやクリスティーナにも状況を共有するため、あえてアイサに確認し、頷きを返してもらう。


「避難所は問題がある。怪我人、病人がごちゃ混ぜだからだ。このままでは衛生面で問題が起きる。怪我や病気の程度に応じて集める場所を変えよう。スペースが不足するなら館の空き部屋も使ってしまおうと思う。いいか、クリスティーナ?」


「もちろんです、お兄様。館のみんなにも伝えておきますし、私もお手伝いします」


「あぁ、いや。メイドたちには俺から説明しよう。その後の対応は任せる。クリスティーナの助けが必要だ」


 メイドの中には傷病者に拒否感を覚える者もいるかもしれない。

 しかし、年端も行かないクリスティーナに言われれば断ることも難しいだろう。最初の俺のように。

 腹を割って話し合うため、初手は俺が対応し、その後の部屋割りなど細かい対応は譲ることにした。


「ラパーマ。巡回する兵士の人数を減らし、怪我人と病人の移動を手伝ってくれるか」


「オッケー!」


 これで二つ目までは対応方針が決められた。


「最後に領外からの援助だ。闇雲に援助が欲しいのではなく、当面の間の領民の生活を支えることが目的だ」


 外務長官のバーバラが特に深く頷いた。


「領民が仕事を続けている現状が、俺はおかしいと思っている。責任感の強さは尊敬するが、今は自分の生活の立て直しに集中するべきだ。領庫から金や物資を支給するとして、不足分は援助で賄いたい」


「同意よ。そう考えると、これは領地を守る領主としての沽券に関わる問題ね」


 領庫の情報をもつアイサが顎に手を添えた。


「援助する人数にもよりますので正確には不明ですが、当面は援助がなくても問題はないかと思います」


 俺としては、具体的な数字が欲しいところだが、少ない人数と少ない情報で対応している中で高望みはできない。


 元の世界で部下から曖昧な報告をされたときはストレスを感じたものだが、今は背景に納得感があった。


 それに、明日状況が進展すればより正確な見解が聞けるだろう。


「わかった。日頃の備えに感謝する。領外の対応は明日以降でも良さそうだな。とはいえ、貿易面で他の領地から理解を引き出すことは必要だ。バーバラ、領外への対応状況はどうだ?」


「早馬を出しているわ。隣のバームロ領からは昨日返事が来て色々と前向きにご検討頂けることになってる。納期の後ろ倒しも問題ないわ。王都にも連絡しているけど距離の問題で連絡が届くのは一ヶ月は先ね」


「対応が早くて素晴らしいな。領内の対応が終われば、バームロ領へは俺が直接出向いて交渉したい。いつでも出られるように準備を頼めるか?」


「わかったわ」


 これで、考えていたことのほとんどを相談できた。後は街に繰り出して工房区と軍事区で話をすればいい。


 ふっと一息を吐くと、バーバラがじっと俺を見ていた。


「貴方は一体何者なの? 考えが適格すぎるわ」


 見れば、全員が深く頷いていた。


 企業の総務にも責任を持っていた俺にとって災害時の対応はマニュアル化できているし、対応したのは俺の感覚ではつい昨日のことだから俺にとってはできて当然の行いだ。

 

 もちろんこの世界に適したやり方にアレンジする必要はあるが、彼女たち専門家の知見があればそれも難しくなかった。


「もともと俺のCOO…あぁ、いや、商会副代表としての役割で、いろんなリスクに対応できなければいけなかったんだ。でもこの領地で何ができるかは俺にはさっぱりわからなかった。みんなが優秀で、情報を持っていてくれて助かったよ」


 誉め言葉が嬉しかったのか、ラパーマが自慢げに猫髭と尻尾を揺らし、アイサは白い頬を赤く染めた。「頼りがいと包容力がある男…」とバーバラが呟いている。

 それぞれのラブブックが頭をチラついたが、俺は慌ててかぶりを振った。まだ闇堕ちするような状況じゃない、はずだ。


 一方で、クリスティーナは深刻そうに俺を見ていた。


「どうした、クリスティーナ?」


「…私はお兄様が働きすぎてしまわないか心配です」


 背景を鑑みれば過保護になっていてもしかたがない妹の目には、俺が頑張りすぎているように見えたようだ。


 俺はことさらに強調して笑顔を見せた。


「心配してくれてありがとう。クリスティーナを安心させたいと思う。これからは時々、クリスティーナに俺が健康かどうか確認してもらってもいいか?」


 気にしなくていいと伝える趣きもあるだろうが、俺はあえてクリスティーナに気にしてもらうことにした。

 そうすればクリスティーナと過ごす時間も取れるし、その時間で彼女を安心させてあげられる。


 俺の頼みに、クリスティーナは破顔した。


「はい、もちろんです! 毎日お部屋にお伺いして確認します!」


 どうやら俺の選択は正解だったようだ。この調子で妹のことも大事にしていこう。

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