第3話 領主アドルフ
入ってきた扉に背を預け、状況を静観していた軍務長官のラパーマが誰にともなく問いかけた。
「そろそろ街を見に行ってみる?」
反応したのは内務長官のアイサだった。
「ちょっと待って。アドルフ様として振舞って頂けるように相談しないと」
「あ、そだね」
「ラパーマ、もう少しだけ外に気を付けていてくれる?」
「オッケー」
ラパーマは再び静観の構えだ。虎縞の尻尾がピンと立っている。
どうやら他の者に話を聞かれないよう見張り番をしてくれているらしい。
「その前に」
アイサがパンと手を打った。
「アドルフ様、ご自分の容姿が気になりませんか?」
確かに、ずっと気になっていた。
手のしわを数えれば、かなり若い男性ということはわかったし、体格の感じからして細いが筋肉がついているとも思った。
だが、顔がさっぱりわからない。
「仰る通りで。とても気になっていて、正直そわそわしています」
「ふふっ、そうですよね、すみません」
笑う口元を手で隠しながら、空いた方の手でアイサが懐から手鏡を取り出した。丁寧な手つきで渡されるそれを受け取り、自分の顔を見た。
(なんてことだ、俺はイケメンになったのか!)
元いた世界ではどこにでもいる冴えない中年だったが、この世界の俺は格好良かった。
輝く黄金色の髪に切れ長の瞳、長いまつ毛にシャープな輪郭の鼻、薄い唇につるつるの肌。
黙っていると暗くて寡黙に見え、影のある見た目は好き嫌いを選びそうだが、俺としては好印象だ。
「これが、アドルフなんですね」
さすがに自画自賛することも憚られ、何とも言えない感想を口にする。
その言葉がおかしかったのか、彼女たちからくすっと息が漏れた。
「アドルフ様は十五歳で、領主になられて一年ほどです。街の視察や警備、他の領地との折衝も行っておられ、文武両道のお方です。少し寡黙なところがありましたが、誰にでも優しくしてくださいました」
得意げに話すアイサの説明を聞きながら、太陽のある環境下で関係の深い四人を改めて視認する。
いずれも素敵な女性だった。
扉の前で笑顔になったラパーマはくりくりした猫目にチャーミングな猫髭が揺れ、元気で快活な印象を受ける。細くしなやかな体は確固とした丸みも帯びており、尻尾が生えた臀部はとにかく魅力的だ。
口元を手で隠して笑うアイサは白黒の翼と同様に、白い肌に黒い瞳が映える強い特徴があり、清楚や潔白を感じる。反面、胸部は凶悪なまでに主張が強く、油断すると清らかなイメージが邪なそれに変わってしまいそうだ。
朗らかに笑うバーバラは燃えるような赤色のロングヘアで赤い瞳の中に強い意志を宿した頼もしさを感じる。スレンダーな体型には包容は期待できないかもしれないが、その華奢さには女らしさを強く感じた。
そして、俺の妹であるクリスティーナは俺と同じ金色の髪をショートにし、柔和な微笑みと楚々とした仕草で庇護欲を掻き立てる少女だ。他の三人と比べれば幼いが、可愛く、健康的で、将来を大いに期待させてくれる。
「これから、私たちはこれまで通りアドルフ様に接させて頂きます。私たち以外の者に異変を悟られないようにするためです。貴方様におかれましても、領主アドルフとして振舞って頂きたいのです」
元のアドルフの素行を聞くと、彼は特異な人柄ではなかったようで、COOとして部下に接してきたような態度を取っていれば問題なさそうだった。
首肯する俺の姿を横目に、バーバラがにこりと微笑んだ。
「じゃ、ここからはいつも通りね」
彼女はいかにも砕けた態度になった。
「アドルフ君。貴方は人気者よ、それはもうとてつもなく。領民は全員貴方のことが好きなの。だからルーモンドにいると言っちゃってもいいくらい。そんな人がいなくなってしまうと街の復興なんてできっこないわ。情報の片鱗すら領民には与えたくない」
にわかには信じがたいが、とりあえず俺は頷く。
「街に行くと熱烈な歓迎を受けると思うけど、アドルフ君らしく嫌がらず素直に受け入れてね」
「あ、もちろんあたしたちもアドルフが好きでここにいるし、変に分け隔てしないでね」
「ラパーマ、私たちは控えましょう」
饒舌になるラパーマに、喉を鳴らしてアイサが指摘した。
「なんだよー。いつも通りにしないとでしょ」
「それはそうだけど。でも私たちの間でだけなら問題無いし、少しでもアドルフ様の負担にならないようにしましょう」
「んー。まぁそれもそっか。わかったよ」
異世界転移の秘密を知る四人とだけ接するときは特別気を遣わなくていいということか。
自分の振る舞いを検討する俺の近くにクリスティーナがこそこそと寄ってきた。
「見た目がアドルフそのままなので、ラパーマもよそよそしくすることが難しいんです。ご理解ください」
外見は当人そのものだから、その言い分はもっともだと思う。いや、逆に中身が違うのだからよそよそしくしされる方が自然なのだろうか。
出会って間もない俺に彼女らの気持ちは推し量れないし、俺はオーダー通りアドルフっぽくしていればいいか。知らない人に好意を向けられたときだけ注意しよう。
「俺は元の世界では皆さんよりかなり年上の男でした。分別は弁えているつもりですし、状況もわかりました。できるだけ適切にアドルフになります」
俺の個人情報を話せばもう少し説得力が増しそうだが、残してきた家族のことを知れば彼女たちは気に病むだろう。
今はそこまで言う必要はない。
「さっすがアドルフ!」
ラパーマが嬉しそうにぷるぷると尻尾を揺らした。魅惑的な尻を凝視しそうになるが不屈の闘志で堪えた。早く慣れないと色々と危ない。
アイサは苦笑いしながらも「領主様は敬語を使わなくていいんですよ」と注意をしてくれる。
そんな中、バーバラが気づかわしげな顔をアイサに向けた。
「あなたはもう大丈夫なの?」
「うん。魔力は安定してきたし、いつも通り振る舞える」
アイサは胸に手を当てて深呼吸をしてみせた。
状況が読めない俺に、バーバラが説明する。
「実は、アイサが貴方を転移させたの。彼女の家に代々伝わる古代魔法を使ってね。この世界にも数えるほどしかない貴重な触媒と膨大な魔力が消費されたわ」
アイサは先ほどいた部屋の中で大量の汗をかいて疲れた様子だった。魔力を使いすぎると疲労困憊するということか。
「古代魔法が使えるんですね」
「異例中の異例だけどね。古代魔法の使い方が残っていることが珍しければ、それを使う魔力を持った人間も珍しいんだから。次はないと思った方がいいわ」
相当な苦労があったのだろう、バーバラの嘆息は重い。
一方で、霊峰の上に鎮座するまだ見ぬ大地に、俺の関心はますます深くなった。
(元の世界に戻る方法があるとすれば、きっとあそこなんだろうな)
まだまだ地上にすら知らないことばかりだが、漠然とそう思う。
今の認識ではこの世界の魔法は元いた世界基準で少し便利な技術程度のものだ。自然の摂理や世界の理を変革してしまうほどのものではない。
しかし、俺をアドルフに転移させた技術はこっちでもあっちでも常識では計り知れないものだ。より高度な転移が古代魔法の中にあってもおかしくはない。
俺は元の世界に帰りたい。
あの空の大地を調査することが俺の当面の目標になりそうだ。
そのためには、魔法だけでなく科学技術の発展や古代魔法に関与するための権利獲得など、やるべきことはたくさんあるだろう。
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