2.事故
ぞわり、と。突然、体の芯から妙な寒気が這い上がってきた。
なんだ?
妻と違って、私には霊感などというものは無い。それにも関わらず、すぐ近くに何かがいるような気がした。周囲を見回そうとして、視界の端に映ったあるものに気を取られる。
すぐ横の路傍に、花束が供えられている。今の今まで、まったく気がつかなかった。
「昔ね、ここで交通事故があったんだよ。知らない?」
唐突に背後からかけられた声に、ぎょっとして振り向く。いつの間にか、自販機の前に制服姿の少女が立っていた。
「ただでさえ道の状態が悪かった日に、よりにもよって飲酒運転をしていた人がいて、歩行者に突っ込んだの。酷い話だよね」
「あ、ああ」
寒気が増してくる。何かが、脳をちくちくと刺激した。私は……私は、その話を知っている?
いや、違う! 私は、そんな事故の話など知らない!
「被害者は即死だった。今日がね、その命日なの」
少女はこちらに背を向けていて、その表情を窺い知ることはできない。
ガタン、と音をたてて、自販機の取り出し口に何かが落ちてくる。少女はそれを手に取ると、こちらに向けて差し出してきた。
「これが、欲しかったんでしょ?」
温かいレモンティー。どうして。さっきは確かに、売り切れていたのに。
少女が手に持つボトルを、まじまじと見る。何度見てもそれはレモンティーで、そしてボトルはホット専用のものだった。
ごくり、と喉が鳴る。
そうだ。確かに私は、これが欲しかった。ずっとずっと、欲しかった。
だが何故、この少女にそんなことが分かるのだ。私のレモンティー好きは、家族や友人の間ではよく知られている。だが、見ず知らずのこの少女がそんなことを知るはずはなかった。
見ず知らず。
脳がまた、ちくりと刺激される。
見ず知らず。……本当に?
常識的に考えれば、私は、そのような正体不明の人間から差し出された飲食物に手を出すべきではなかった。
けれど、とても寒くて、その寒気はどんどん強くなってきていて、少女の持つ温かいボトルが欲しくて欲しくてたまらなくて、私はいつの間にか、引き寄せられるように手を伸ばしていた。
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