暗殺メイドと冷徹皇女の主従契約

笹塔五郎

第1話 生かすことにした

 ――暗殺者は任務に失敗した時、その先を考える必要はない。

 ただ、死ぬことがだけが求められるからだ。

 少女――フィーノ・セメンタもまた、そう教育されてきた。

 幼い頃に拾われた彼女は、人を殺す道具となるために育てられたのだ。

 その生き方に疑問を抱いたことはない――だって、それがフィーノにとって唯一の生きる道だったのだから。


「……っ」


 目を覚ました時、最初に感じたのは身体の痛みだった。

 それこそ身体のあちこちから――起き上がろうとして、ガシャンッと金属の擦れる音が鳴った。

 見れば手足には枷が嵌められており、鎖で繋がれていた。

 首にも違和感があり、チョーカーのようなものが取り付けられているようだった。

 今いる場所はベッドの上――部屋はそれなりの広さがあって、ここで暮らしている人間は裕福であることが分かる。

 けれど、部屋に飾られているのは装飾品ではな刀剣や槍といった武器ばかりだ。


「――ようやくお目覚めか。随分と待たされたが」


 声のした方向に視線を送る――そこには一人の少女がいた。

 年齢は十六歳くらいで、十五歳前後と推定されるフィーノと同じくらい。

 肩にかかるくらいの長さの灰色の髪をしたフィーノとは対照的に黒く艶のある長髪をしていて、大人びた雰囲気を感じさせる。

 彼女が身にまとっているのは騎士であり――黒を基調としたそれを少し着崩していた。

 その顔には見覚えがある――正確に言えば、先ほど顔を合わせたばかりだが。


「……どういうつもりですか? わたしを殺さずに生かしておくなど」


 フィーノは少女を睨みながら、最初に疑問に感じたことを口にした。

 ――身体には包帯が巻いてあって、処置をした形跡が見られる。

 これらは全て目の前の少女によってつけられた傷であった。

 対する少女も、フィーノがつけた傷を手当てした様子が見られる。

 ただ、彼女の方が幾分か余裕がありそうだった。

 ――リズベル・アリセルド、『アリセルド帝国』の第二皇女であり、フィーノの暗殺対象だ。


「生かしておく理由ならあるだろう? 私を狙った黒幕について聞き出すとか」

「そのつもりなら、拘束はいざ知らず――小綺麗な部屋でここまで丁寧に手当てをする必要もないと思いますが」

「ほう、冷静だな。確かに聞き出すなら拷問部屋が妥当だろう。ここは私の寝室――血で汚れてしまうからな。もっとも、私はその程度の汚れは気にしないが」

「っ」


 リズベルはそう言ってフィーノに近づくと、足先から太股の辺りまでを撫で上げた。

 くすぐったいような感覚に、思わず身動ぎをしてしまう。


「痛みに対する耐性はあっても、こういうのには弱いか?」

「……どういうつもりかとわたしは聞いているんです」

「質問するのは私の方だと思うが。たとえば何故、私を狙ったのか、首謀者は誰なのか」

「聞いたとして、言うと思いますか?」

「言わないだろう。皇族を狙うような連中が放った刺客だ――死を恐れるとは思わない。仮に死んだ方がマシだと思わされるような目に遭ったとしても、口を開かないような連中ばかりだ――っと」


 不意にリズベルはフィーノの口の中に右手の人差し指と中指を押し込んだ。

 口の中に指を入れられる経験などない――異物感と、喉の奥に指が触れる感覚に、思わずえずいてしまう。


「けほっ、かふっ」

「舌を噛み切ろうとしたな? だが、結果は見ての通り――私の指はスムーズに口の中に入るような状態だ。生まれたばかりの赤子と同じくらいの咬合力といったところか?」


 ずるりとリズベルが指を引き抜くと、指先から唾液で糸が引いていた。

 フィーノはリズベルを睨みながら言う。


「……魔術、ですか」

「その通り。お前のその首に着いているチョーカーに施されているものだ。自害を防止するための代物だが、念の為にな」


 フィーノの口の中に指を押し込んだ理由を説明しているのだろう――仮に上手く機能していなければ、リズベルの指を嚙み千切るくらいのことはできたはずだ。

 先ほどから、体内の魔力も上手くコントロールができていない。

 随分と厄介な代物を付けられたようだ――せめて、魔術を使うことができれば脱出することもできたのだろうが。

 現状――抵抗する術もなければ、死を選ぶこともできない。

 フィーノは自分の置かれた状況を理解させられたわけだ。

 唾液に濡れた指を布でふき取りながら、リズベルは続ける。


「さて、話の途中だったな。私は別に、お前から情報を聞き出すために生かしているわけではない」

「他に生かしておく理由なんてあるとは思えませんが――」

「いや、ある」


 フィーノの言葉を遮るように、はっきりとした口調で言い放つ。

 当然、人質としての価値などフィーノにはない。

 使い捨ての駒――暗殺者として自身の価値は理解しているつもりだ。

 拷問して情報を聞き出すつもりもないというのなら、一体何が目的だというのか。

 その答えは、すぐに彼女自身の口から聞くことになった。


「私はお前に惚れている――だから生かすことにした」

「……?」


 ――一瞬、リズベルの言っていることが理解できなかった。

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