第3話 後編

翌朝、二人は山賊のアジトがある山に向かって馬を走らせた。


しかし、聞いていた場所には廃墟になった寺があるだけで、山には誰もいなかった。


廃墟の寺は、かつての栄華を感じさせる大きな木造の建物だったが、今は所々崩れかけている。


さくらと竜は足音を殺しながら慎重に進み、廃墟の中に一歩一歩踏み入れていった。


大きなお堂の真ん中まで来たとき、突如、二十数人の武装した男たちがどこからともなく現れ、二人を取り囲んだ。


竜は山賊たちを見まわしながら、怒りを込めた声で、


「おいおい、あの張り紙は賞金稼ぎをおびき寄せるための偽物か?何人殺して金品を奪った」


背中合わせになったさくらと竜は、じりじりと中央へ追い詰められていく。


「くそっ、まんまと騙されちまったってことだな」


さくらは妖刀田中家を抜いて構えたが、手が震えている。


(たとえ悪人であっても人は斬りたくはない。どうすればいいの?)


二十人以上の敵がいて、全員が武器を持っている状況は最悪だった。


髭を生やした小太りの男が前に出てきた。山賊のリーダーらしい。


「降伏しろ。男は現金と銀行の預金証明書をこちらに渡して、サインを書いて出ていけ。金目の物と服も置いていくんだ。さもないと命はない」


山賊の一人が口を挟んだ。


「頭、あんなへんてこな帽子や服は売れませんぜ」


リーダーは頷いた。


「そうだな。お前、そのへんてこな帽子と服はいらねぇ」


服装をバカにされた竜は、怒りが頂点に達していた。


さくらに耳元で、ごく小さな声で話しかけた。


「俺の服装をバカにしたやつと、こいつらの半分は俺が始末する。後の半分は任せていいか?」


さくらは驚きのあまり振り返り、思わず大声で叫んだ。


「イヤよ!絶対に!あんたが一人でなんとかしなさいよね!魔法使いでしょ」


竜は苛立ったように言い返した。


「バカ!でかい声出すなよ!作戦がばれるじゃねーか!いいか、一、二、三、だぞ」


「イヤって言ってるじゃない!」


「いくぞ、一、二、三!」


竜は、新体操で使うリボンスティックをどこからか取り出し、ムチのように振った。


リボンが空中を舞い、鋭い刃物のように、リーダーともう一人を含めた四人の首を刈り取った。


「俺はな、夏が好きなんだ。服装をテメーらにバカにされる筋合いはねぇ!」


怒りを含んだ声がお堂の中に響き渡った。


山賊たちが口々に、


「殺せ、殺せ、殺せ」

と喚いている。


竜が山賊たちを馬鹿にするように、ニヤついた顔で、


「おもしれぇ、遊んでやるよ」


言い終わらぬうちにリボンが放たれ、山賊の一人の腕がボトリと落ち、斬られた腕を抑えて膝をついた。


さくらの前に三人の山賊が迫り、半月刀で二人同時に襲いかかった。


かろうじてかわしたが、恐怖で体が縛られたように動かない。


(怖い。パパとの練習のように体が動かない)


何度か半月刀をかわすうちに恐怖が薄らいできた。


(集中するのよ。目の前の敵に集中しながら、周りの気配を感じるの) 


相手は刀を振り回しているだけだということに気づいた。


(私を斬るつもりはないようね。脅しているつもりでしょうけど、大したことないわ。剣を知らない素人よ)


右側の男が半月刀を振り下ろした。さくらは右にかわして、小手を打つように親指を切り落とした。


(一人目)


舞うように田中家流、指落としだ。


左の山賊も、下からすくい上げるように人差し指を切り落とした。


(二人目)


残りの男が、本気で半月刀を上から振りおろした。


(殺す気で振ってきたようだけど、遅すぎるわよ!)


その半月刀を左にかわして、人差し指を切り落とした。


後ろで見ていた山賊たちが、次々と襲って来た。


だが、踊っているように見えるさくらは、山賊たちの親指や人差し指、小指を次々と切り落とし、戦闘不能にしていった。


突然、銃声がお堂の中で響いた。


竜が横からさくらを押して助けてくれたが、 弾丸はさくらの頬をかすめ、血が滲んだ。肩のプロテクターにも衝撃が走った。


山賊の副リーダーが、拳銃を撃ったのだ。


「野郎ども!生け捕りにするのはやめだ!」


山賊たちが次々と銃を抜き、さくらの方へ向けた。


それを見たさくらは、現実感のない恐怖だったが、動けなくなってしまった。実感の湧かない死。


(殺される!剣じゃ避けきれない)


山賊たちが銃の引き金に力を加えようとした。


こんなところで死ぬのはイヤ。涙が溢れそうになり、心の中の激しい感情で手が震えだした。死にたくないという言葉が全身を駆け巡り、叫びそうになった。


突然、妖刀田中家がぼんやりと輝き、頭上で雷が光ったように思えた。


さくらの感情の声が、いくつも龍のように飛び始めて、部屋の中を渦巻きだした。目をこらせば見えそうだ。


【死にたくない、死にたくないよ!】

【つき合ったこともないのに】

【米倉先輩とキスしたかったのに】

【まだ、バージンなのよ!】

【今死んだら、なんのために生まれてきたのよ】


一人ひとりの周りを舐めるように飛んで、敵味方関係なく頭の中、体の中へ繰り返し入ってくる。その声が途切れることなく強烈に流れ込んできてなにも考えられなくなっているようだ。


さくらの頭と心にも流れ込んできて戸惑った。


「何よこれ!私が思ったことじゃない!」


竜も含めて、さくら以外は動かずに、ぼーとしている。 恥ずかしさで顔が真っ赤になった。しかし、すぐに思考を切り替えた。


(今は逃げることに集中よ)


さくらは、動かない竜の腕を掴んで走り出した。


「竜!走ってよ!」


竜はカクカクしながら、さくらに引っ張られて動いている。


馬が見えた。


「馬に乗ってよ!」


竜は体をなんとか動かし、さくらの助けで馬に乗り、二人は廃墟の寺から逃げ出した。


三十分ほど走り、さくらは林の前で馬を止め、


「ここまでくれば大丈夫よね」


馬から降りて、木陰に座り息を整えていると、竜が尋ねてきた。


「おい、さっきのは何だったんだ?」


竜がニヤニヤしながら話を続ける。


「『米倉先輩とキスしたかった』とか、『まだバージンなのよ』とか、お前の声が全身に響いて、こっちまで恥ずかしくなちまって、動けなくなるし、戦う気もうせちまうし」


さくらは怒りと恥ずかしさが入り混じった表情で言い返した。


「し、知らないわよ!」


腰に差した妖刀田中家を見ながら、


(まさか、この刀の力なの?)


竜はニタニタしながら続けて、


「お前、つき合ったことないのか。キスしたいなら教えてやれるぞ」


さくらは無表情で、妖刀田中家を半分抜いた。


「悪い!冗談だ!もう言わない!」


竜は慌てて馬に飛び乗り、逃げ出した。さくらは怒りに任せて追いかけた。




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