第17話 秘眼のシャイニア(後編)

「秘眼の……シャイニア?」


「お前、忘れたのか!? “地星神教会”の神官、“四天聖よんてんせい”の一人だぞ!!」


 見張り番の盗賊の一人は、目の前の霊人エルフが何者かピンとこなかったが、もう一人はすぐに、彼女の正体が誰なのか察したようだった。


 “四天聖よんてんせい”とは、“地星神教会”内で中心的な役割を担う、特別な神官だ。戦闘力と統率力に優れた逸材四人で構成されており、その一人が“秘眼のシャイニア”である。


「……総員、戦闘開始」


『キュウッ!!』


「「ッ!?」」


 秘眼のシャイニアが突然、戦闘開始の号令を発する。その声に盗賊二人は動揺するが、宝石獣カーバンクル達はかわいらしい鳴き声で返事をした後、その内の数頭に異変が起き始めた。


「グ、ギュルルルルッ(メキメキメキッ)…グルァァァァァァッ!!」


 集団の先頭に立っていた、額に黒い宝石を宿し、灰色の体毛を持つ宝石獣カーバンクルが、二つの首と鱗に覆われた先の尖った尻尾を持つ黒い犬に変貌する。その姿は、まさに双頭の魔獣『オルトロス』そのものだった。


「ガァァァッ!!(ボッ! ボッ!)」


「「っ!! ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!(ボォォォォォォッ!!)」」


双頭魔獣型宝石獣オルトロス・カーバンクル』は、二人の盗賊に狙いを定めると、二つの首から高熱の火球を放出した。二人はそれをまともに受け、たちまち火だるまとなる。全身に燃え広がる炎に悶え苦しみながらも、彼らは地面を転がって鎮火しようとするが、火の勢いは一向に収まる気配がない。やがて二人の体は黒焦げとなり、息絶えた。


 他の宝石獣カーバンクル達も、先頭の個体に連動するように、次々と姿を変化させ始めた。


 赤い宝石と体色の個体は、燃え盛る紅炎をまとった和国の幻獣、『獅子シーサー』へと。


 青い宝石と体色の個体は、ヒレや背ビレ、尾ビレに氷の刃を持つ、宙に浮遊する海獣『オルカ』へと。


 緑の宝石と体色の個体は、背中に巨大な碧色の翼を持つ聖獣、『天馬ペガサス』へと。


 黄色の宝石と体色の個体は、鹿の胴体、牛の尾、馬の足、狼の頭部を持ち、額に肉の鞘で覆われた一本の角、全身に鱗を生やした幻獣、『麒麟キリン』へと。


 白い宝石と体色の個体は、九つの尻尾を持つキツネの妖怪、『|九尾《ナインテール』へと。


 紫の宝石と体色の個体は、二つの角と巨大な単眼を持つ、禍々しい姿のウシ型の魔獣『邪眼牛カトブレパス』へと変貌した。


 その他の同色の個体も、それぞれ戦闘形態の様々な哺乳類系の幻獣、聖獣、魔獣へと変貌していった。


「……突撃」


『ガァァァァァァァァァァァァッ!!』


 戦闘形態に変身し終えた全ての宝石獣カーバンクルに、シャイニアは突撃の命令を下す。すると、彼らは一直線に廃城の出入口へと突撃していった。





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「おい! ボスを置いてきていいのかよ!?」


「ボスが苦戦するほどの魔物モンスター、相手なんかできるか! ボスには悪いが、一刻も早く逃げねえと……」


「……おい、あれって!?」


「ッ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 一方、大広間に出現した、電撃を操る魔獣『雷獣』に変身した宝石獣カーバンクルに襲撃され、仲間が次々と倒されていく。その恐怖に、生き残った数十人の盗賊たちは、戦っているボスを囮にして、一目散に逃走しようと廃城の出入口に向かっていた。だが、時すでに遅し。廃城の中へ侵入していた戦闘形態の宝石獣カーバンクル達が、既に待ち構えていたのだ。咄嗟に気付いた盗賊たちはすぐに引き返そうとするが、次々と迎撃されていった。


獅子型宝石獣シーサー・カーバンクル』は、全身に纏う炎と盗賊達を燃やし、強靭な顎で噛み砕く。


鯱型宝石獣オルカ・カーバンクル』は、口から吐く冷気のブレスで盗賊達を凍らせ、氷の刃で切り裂く。


天馬型宝石獣ペガサス・カーバンクル』は、背中の両翼で風の刃を発生させ、盗賊達を切り刻む。


麒麟型宝石獣ジラフ・カーバンクル』は、角から雷撃を放射し、盗賊達の体を痺れさせる。


九尾型宝石獣ナインテール・カーバンクル』は、九つの尻尾の先から青白い火球を生み出し、盗賊達に投擲して攻撃する。


邪眼牛型宝石獣カトブレパス・カーバンクル』は、一番の特徴である一つの巨眼を発光させ、盗賊達を次々と石化させる。


 他の戦闘形態の宝石獣カーバンクルも迎撃していった。


 生き残りの盗賊達も必死に抵抗するかのように手持ちの武器で反撃しようとするが、先程の戦闘で負った傷と疲労により力が出ず、只々、大人しく蹂躙されていくのを待つだけだった。






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「テメェら!! 誰が逃げろと言った!? 早くこっちに戻って協力し……ろ……」


 大広間で暴れまわる『雷獣型宝石獣サンダービースト・カーバンクル』との戦闘で劣勢に立たされていた豪蛇ごうだは、わずかに生まれた隙をついて逃走してきた。先に逃げた仲間たちを呼び戻そうと追いかけたが、多数の戦闘形態の宝石獣カーバンクルによって、彼らは既に全滅し、無残な姿と化していた。


「……あなたの暴挙はここまでです、転生者プレイヤー、『豪蛇ごうだ 暉之てるゆき』さん」


「ッ!? お前はまさか、“秘眼のシャイニア”か!!」


 手下が全滅していることに呆気に取られている間に、宝石獣カーバンクルの群れの後方から、“秘眼のシャイニア”が遅れて現れた。彼女に気づいた豪蛇ごうだは、動揺を隠しきれない。


「どうして“四天聖”のお前が……ここには魔物モンスターの侵入を防ぐ魔術結界が張られている筈だろう!?」


 豪蛇ごうだの言う通り、魔物モンスターの一種である宝石獣カーバンクルが廃城内に侵入するなど、到底不可能なはずだった。一体どうやって侵入させたのか、困惑した様子で問い詰めると、シャイニアが口を開き、こう答えた。


「確かに、この廃城の魔術結界は、神官である私でも解除できない術式で造られています。ですが、この魔導具マジックアイテムのおかげで、その術式を一時的に解除することができました。」


 そう言いながら、シャイニアは自身のローブの懐から、一本の古びた鍵を取り出し、豪蛇ごうだの目の前に掲げた。その鍵は、鈍い光を放ち、見る者にどこか神秘的な印象を与える。


「ッ!! それは、『魔解ノ鍵マギ・アンロック』!?」


 その鍵を目にした途端、豪蛇ごうだは全身に衝撃が走ったかのように目を見開いた。彼が知る限り、それは強固な魔術結界すら無効化する、伝説的な魔導具マジックアイテム魔解ノ鍵マギ・アンロック』に他ならない。まさかそれが、こんな形で目の前に現れるとは。その事実に、豪蛇ごうだは冷や汗が背筋を伝うのを感じた。


「さて、あなたは今後どうなさいますか? 無駄な抵抗をせず投降するか、それとも私の眷属達と戦って命を落とすか。好きな方を選んでください。」


「ぐ、くぅぅぅぅぅぅっ……」


 シャイニアから突きつけられた二つの選択肢は、豪蛇ごうだにとって、どちらも死を意味するようなものだった。生きて虜囚の辱めを受けるか、あるいはこの場で無謀な戦いを挑んで散るか。絶望的な状況を悟った彼は、もはや抗う気力もなく、まるで糸が切れたかのように膝から崩れ落ちた。その顔は蒼白で、唇は小刻みに震えている。彼を包むのは、逃れようのない敗北の絶望だけだった。

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