2025年2月1日 03:41
内なる太陽を求めてへの応援コメント
太陽論だと思います。確かに、太陽は、光と影を作る。太陽に感心を持つ者は、皆、創作者であるという説明は、正しいと思います。欠落したこと、絶望したことが、何かを作る原動力になる。それが希望つながっているですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。太陽論……そうかもしれませんね。物心が付いた時には既に太陽はそこにあり、その光眩しさ、温かみを惜しげもなく与えている。世界中で信仰されるのも十分頷ける。ですが、太陽とは他の星々と同じように、手が決して届くことがない存在でもある。だからこそ太陽を侵すことは誰にもできず、一生の中で幾度も泥にまみれることになる人間にとっては、羨ましく、憎しみの対象になることもある。私は太陽に目を奪われると同時に堪らなく憎んでもいるのです。どの時代になろうとも、本物と偽物の比較は出てくるでしょう。創作は偽物が本物――太陽のようになろうという足掻きなのかもしれません。如何にそれが不可能なことであろうと。
内なる太陽を求めてへの応援コメント
太陽論だと思います。確かに、太陽は、光と影を作る。太陽に感心を持つ者は、皆、創作者であるという説明は、正しいと思います。欠落したこと、絶望したことが、何かを作る原動力になる。それが希望つながっているですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
太陽論……そうかもしれませんね。
物心が付いた時には既に太陽はそこにあり、その光眩しさ、温かみを惜しげもなく与えている。世界中で信仰されるのも十分頷ける。
ですが、太陽とは他の星々と同じように、手が決して届くことがない存在でもある。だからこそ太陽を侵すことは誰にもできず、一生の中で幾度も泥にまみれることになる人間にとっては、羨ましく、憎しみの対象になることもある。
私は太陽に目を奪われると同時に堪らなく憎んでもいるのです。
どの時代になろうとも、本物と偽物の比較は出てくるでしょう。創作は偽物が本物――太陽のようになろうという足掻きなのかもしれません。如何にそれが不可能なことであろうと。