あんたとシャニムニ踊りたい 第6話「クレープ食べに行こう」

蒼のカリスト

第6話「クレープ食べに行こう」

               1


 8月某日、私と暁は2人だけで、夏祭りを楽しんでいた。


 迷子にならないという理由で、手を繋いで、花火の会場に向けて、歩みを進めていた。 

 暁は焼き鳥を購入する為、一度手を放したが、私の気持ちは少しばかり、平静を取り戻していた。 


 「焼き鳥ご馳走様でした」


 「少しは感謝してよね」


 「そらそうですよ、羽月様」


 「やめて、その思ってない感じのノリ」


 焼き鳥を奢り、上機嫌の暁に私のツッコミは、どうもキレが悪い。 


 「それでさ、妃夜は食べないの?それとも、金魚すくいする?」


 「やらない、あんなお金の無駄遣いは勘弁よ。くじもやらないからね」


 「ケチだなぁ。ああいうのは、空気を楽しむもんなのに」


 「空気を楽しむって、何?」


 偶に暁の話していることは、意味が分からない時がある。 

 それはそうだ。私と彼女は違う人間なんだから。


 「なんで、暁は甚平なの?」


 「いや、着やすいからだけど」


 「そういうことじゃない。何で、浴衣じゃないの?」  

 暁は見たことない位、紅潮した表情を浮かべていた。


 「もしかして、恥ずかしいの?浴衣着るの?」


 「わ、悪いか。だって、あんなヒラヒラしたもん着られるか。動きづらいし、何より、か・・・可愛い服はあたしには似合わないって言うか」


 言うて、浴衣って、ヒラヒラしているかと思ったが、こういう所は女の子なんだなと思って、口角が上がっていた。


 「な、何で、そんな変な顔すんだよぉ」


 「へ、変な顔って、何よ。ただ、あなたが意外と乙女なんだなって」


 「やめろ、それ以上恥ずかしい話禁止!」


 「は、恥ずかしい話って、何だよ」


 暁が嬉しそうで、何故か、私も嬉しかった。 

 彼女の人間らしさが感じられるのは、私も何だか、楽しい。 

 これはきっと、真夏のせいなのか?


 私は何も買わないまま、此処まで到着してしまいそうだった。


 「妃夜、たこ焼き買おう」


 「いや、要らないけど」


 「あたしが買いたいの」


 「いや、あんた、お金」


 「良いの!まだ、1200円あるし」


 暁は、近くのたこ焼き屋さんで、商品を購入した。


 「これでいいでしょ。一緒に食べよう」


 「箸は?」


 「同じの使えば良くない?」


 「私、そういうの苦手って、言わなかったっけ?」


 「そ、そうだった。ごめん、おじさん、もう一つお願い」


 「はいよ」


 店員さんから、箸を貰い受け、私たちは店を後にした。


 「暁、そろそろ、行かないと良い席が」


 「それもそうだね。そろそろ、走るか」


 「危険だから、やめなさい」


 「えぇ~」


 「少し急ぎ足で行きましょう」


 「じゃあ!」


 暁は右手を差し出した。


 私は差し出した彼女の右手を握り、再び歩み始めた。


 一歩一歩、進む度に彼女の湿り気を帯びた右手の熱さが伝わって来る。 

 その度に私がこれまで、忌避し続けて来たものは、何だったのかと思い知る。

 彼女のぬくもりが、私を強くする。 

 人の熱の温かさが、何とも心地よくて、このまま、世界の果てまで、逃げ出したい。 

 あなたとなら、何処までも、走り出せそうなそんな気がしていたから。


                2


 午後6時半過ぎの花火大会観覧会場。 

 花火会場に到着したはいいものの、想定通りというべきか、考えが甘かったというべきか。 

 既に席は満席で、座る余地など、何処にも存在しなかった。


 「あちゃー、やっちった。妃夜が走らないなんて言ったから」


 「それ以前の話でしょうが」


 「そうだけどさ・・・」


 私は無意識に手を放していた。 

 こんなにも求めていたはずなのに、何とも素っ気ない自身の行動が何とも情けなく思えた。


 「帰りましょう」


 「えぇー、此処まで来てぇ」


 「もう、疲れた。正直、しんどい。暁の家に戻りましょう」


 本音だった。余り、人混みを好まない私にとって、この混雑と慣れない状況は、精神的負荷が大きすぎた。 

 何より、席が無いと分かった現状で、これ以上の負荷は耐えられる気がしなかった。


 「あっ、あの席、空いてるよ」


 「えっ・・・」


 帰りたかったというのに、どうやら、席が見つかったようだ。 

 三人座れそうな位置が空いていた。


 「座ろう」


 抵抗はあったが、疲れていたので、仕方なく、席に座ることにした。 

 やけに生暖かい熱気が感じられるのは、少し前まで、この席に誰かが居たのだろうか。


 「さぁ、たこ焼き。そうだ、飲み物買ってくる。喉カラカラ」


 「待ってる。私、お茶」


 「りょーかい、直に戻るから」


 暁は飲み物を買いに、その場を後にした。


 私はようやく、落ち着けると思ったその刹那、全てを思い出した。 急に背筋に走る寒気に、気が大きくなり過ぎた自分を思い出した。 

 流れ流れで此処まで来たが、帰りたい欲求が、爆発し、自己嫌悪が体中を駆け巡った。 

 思い出す度に増えていく視線、異常な熱気、大音量のBGMに、私の体が痺れていくように思えた。 魔法の期限は既に切れているように思われた。


 消えて無くなりたい。


 「妃夜!妃夜!」


 ふと、上を見上げると晴那がいた。


 「帰ろう、今日は帰ろう」


 「で、でも、花火が」


 「いいんだよ、花火なんて。また、来年だよ」


 暁は、しゃがみこんだ。


 「おぶって帰ろうか」


 「い、いやだ。みんなが」


 しかし、体が思うように動かない。鈍痛が酷い。


 「いいから。鼻緒が切れた人と思えば」


 私は暁の背に乗り、彼女は立ち上がった。


 「すいません、通りまーす!」


 彼女の背に乗り、私は花火会場を後にした。 

 周囲の視線が気にならない位、私は疲弊していたようだ。 

 声が聞こえる気がするが、気のせいだろう。


 やっぱり、ひよはひよのままだね。  


 ー何で、そういうこと言うの?


 やっぱり、言うこと聴かなかったから。


 ーうるさい。


 ひよはありのまま、そのままでいいんだよ。


 ーそれでも、わたしは・・・。


 ドォォォ―ン


 「えぇッ!」


 「おきた?」


 「えっ・・・。うん」


 「歩けそう?」


 「うん、平気」


 会場から、少し離れた場所の休憩スペースに降りて、私は椅子に座り、一時休息を取った。


 「ごめん、あたしが目を放したから」 

 暁の申し訳なさそうな表情に、私は言葉が出てこなかった。 

 私も変われる気がしていた。夏の熱気に当てられただけなのに。


 「飲み物、これ飲んで」


 ペットボトルのお茶だった。 


「ありがとう」 

 私は暁から、ペットボトルのお茶を受け取り、キャップを開け、少しずつ飲み始めた。


 「それと・・・」


 花火がどんどん発射していく中、同じイスに座りながら、暁は何処か照れながら、ぼそぼそと話し始めた。


 「今度、クレープ食べに行こう」


 「えっ・・・」


 「今日はこれ終わったら、凄い混むから食べにいけないけどさ。今度、クレープ食べに行こう。それでいいよね?」 

 頭を掻きながら、何処か照れくさそうな暁に、私は本音が出てしまった。


 「いや、私そこまで、クレープに関心無いんだけど・・・」


 「そこは関心持てよぉぉ」


 何を言いだすかと思えば、そんな話だったかと思い、私は気が抜けた。 

 いつも通りの彼女に先ほどまでの私に戻っていた。


 「そうね、そうしましょう」 

 私は勢いをつけて、立ち上がり、暁に視線を合わせた。


 「帰りましょう。今度、クレープ食べに行こうね」


 「うん!」 

 私は夏祭りの会場を後にした。 

 考えても仕方ない。私は私だ。 

 今は無理でも、あなたがいるなら、私はいくらでも変われる気がしていたんだ。


                 3

  夢を見た。裸の女性2人が、絡み合う夢を見た。 

 その淫靡な夢が、何度もループする。何度も、何度も、何度も、何度も。 抜け出すことも、逃げることすら、許されず、私は夢に囚われていく。 

 一人は、私にそっくりの見た目だった・・・。私であるはずなのに、私ではない誰か。 そして、もう一人は・・・。


 「妃夜、妃夜?」


 「ね、ねえさん?」


 「おはよう、目が覚めたのね?ずっと、うなされてたのよ、平気?」


 「へいき・・・じゃない」 

 頭が重い、激しい鈍痛と真の底から、体が熱い。思考がまとまらない。 

 昨日の無理が祟ったのか?どうやら、熱のようだ。


 「お母さんが、お昼から病院行くらしいから」


 「うん」


 「体、拭いてあげるから、準備してね」


 「うん」


 姉は海外留学の為の勉強があると言うのに、私の介抱をしてくれた。 

 朔夜姉さんとは大違いだ。


 私は何のためらいも無く、起き上がり、パジャマのホックを外した。 

 気づいたら、この態勢だったので、誰かが、着替えさせてくれたのだろう。 

 しかし、昨日の記憶を思い出そうとする度に、酷い鈍痛が襲い掛かって来る。


 「ひよちゃん、体拭いてあげるね」


  白夜姉さんは、水で絞ったタオルを持って、私の所に現れ、彼女の言う通り、背中を拭いて貰った。


 「勉強はいいの?」


 「いいの。だって、貴方を愛しているから」 

 白夜姉さんの言葉はいつも、私を勇気づけてくれた。 

 姉さんは私の希望の光そのものだった。


 「さぁ、出来た。服を準備するね」


 「うん」 

 白夜姉さんの言葉には逆らうことが出来なかった私はスマホを観た。 

 暁や加納さん、宮本さんや矢車さんの通知で行き交っていたが、それを返信する気力が残されておらず、そのまま、私は姉の思うがままの人形となり、そのまま、服を着せられることとなった。


 「暁さんには感謝しないとね」


 「なんで?」


 「昨日、あなたを運んでくれたんだって、暁さんのお母さんが車で乗せてくれたみたいだし。お礼しないとね」


 「へぇ」


 「さぁ、ご飯食べましょうね」


 「うん」 

 それから、病院に行き、疲労が溜まってのものだろうと診断された。 

 その後も、受験勉強そっちのけで、白夜姉さんが、私を介抱してくれた。 

 私が皆に返信できるようになったのは、それから、3日後のことだった。


                4

メッセージアプリで連絡してから、すぐに宮本さんから、連絡が入った。


 「羽月さん、大丈夫?」 

 少しばかり、覇気を感じない声色だったが、それでも久々の友人の声に元気が出た。


 「だいぶ、元気になった」


 「良かった・・・」 

 安堵の籠った声にあたしは少しばかりの違和感を覚えた。 

 すぐさま、その思いを彼女に問いかけることにした。


 「どうしたの?」


 「ごめんね、あの時、夏祭りに行けなくて」


 「別に、暁と行くって、決めてたし。宮本さんは行かなかったの?」


 「いや・・・。夏祭りって、リア充のたまり場じゃん?茜を振った男ばっかがいるから、いい思い出なくて」 

 彼女は何を言っているのだろう?それだけが頭に浮かんだ。


 「元気そうで良かった。じゃあ」


 「何か、あったの。私、あの時のこと、全然覚えて無くて」 

 宮本さんは嘘が下手だ。たかが、体調不良如きでこんな電話は掛けて来ない。何かを確認する為に掛けているのだろうと言うことはすぐに推察出来た。


 「ごめん、実はね。噂になってるんだ。羽月さんと暁がデートしてるって噂が」


 「あっ・・・そう」 

 正直、あのテストの頃から流れてる噂なので、正直、どうでもよかったに尽きた。 だが、その程度で、私が記憶を失う訳がないのは、明白だった。


 「本当は何があったの?何か知ってるんでしょ?」 

 すると宮本さんは何処か申し訳なさそうな声で話し始めた。


 「その先は当事者に聴いて。茜はそれ以上は話せない」


 「暁め、また私に余計な」


 「ううん、そうじゃないの。これだけは言わせて。記憶を失ったなんて、言われたら、余計に話せないよ。それにあいつも傷つく所は見たくないって。だから、今は信じてあげて」 

 宮本さんは通話を切り、私は独りベッドに倒れ込んだ。


 「暁が」 

 一体、暁は何のつもりで、そんな話をしたのか。今の私には想像出来なかった。


 それから、夏期講習に通う日々を送り、いつの間にか、短くも濃密な夏休みは終わりを告げ、季節は二学期に向けて、動き始めた。 

 その後、暁からの連絡はぱったりなくなり、私は彼女の記憶の中から、消えたような感覚に襲われた。まるで元から、この世界に居なかったかのような・・・。


                 5

  「おっはよぉー」 

 暁は夏の日差しをこれでも浴びたかのような表情で、教室に現れた。


 「Cela fait longtemps.晴那!」(お久しぶり!晴那)


 「カブレスギヤロガ」


 「それな」 

 久しぶりに集結する我がクラスのメンバーを横目に私は暁を見つめることしか出来なかった。


 「おはよう、妃夜!佐野っち!」 

 気まずい気分の私は視線を逸らし、彼女の言葉をしかとしてしまった。 友達のはずなのに、何でこんなことをしてしまったのか。 

 その時の私には理解出来なかった。


 「おーい、君たち、全校集会に行くぞォ」 

 担任が現れ、そのまま、始業式に向かうこととなり、列になって、体育館へと向かった。 

 その最前列の暁の姿はいつも通りで、何処かにこやかだったが、どうしてか寂しそうに見えたのは、きっと、気のせいだったと思う。


 体育館に集合すると暁は列を離れた。


 様々な部活の生徒が集まる中に、陸上部の方に暁も迎い、今日は表彰式も行われることは容易に想像出来た。 

 実力は県内有数と聴いてはいたが、此処までとは思いもしなかった。 

 一応、暁や朝さんの姿もあったが、全国での表彰は無かった。 

 噂によると2人とも、予選敗退だった。 

 教室に戻り、暁は何処か取り繕った笑顔で周囲と会話をしていたが、どうしても、距離を感じた私にはその声が届いて来なかった。


 午前授業なので、今日は部活以外の生徒は帰宅することを余儀なくされた。 

 暁も、朝さんと共に部活に向かったようだ。 

 暁は陸上部部長に任命されたと聴こえた気がするが、もうこんな私にかまってはくれないのだろうと言う虚しさと寂しさで胸が張り裂けそうになった。


 私も今日は図書委員の仕事も無いので、帰宅しようとした刹那、矢車さんが私に詰め寄って来た。


 「羽月さん!どうしましたの?ゴホン、えっと、こういう時フランス語でなんて」


 「ハナシススマヘンカラハヨセェ、ボケ」


 「今日、マリー口悪くね?」 

 いつの間にか、私の前にいつもの三人が詰め寄って来た。


 「部活前なんだけど、なになに?おもしろい話?」 

 何故か、加納さんまで近寄って来た。


 「何も無いよ。ただ、何て言うか。気まずいと言うか。暁になんて声かけたらいいのか、分からなくて・・・」


 「このお方、よくいる関係性すぐリセット系ヒロインなのですね。厄介ですわ」


 「そう言うなよ、天。夏休み、色々あったんだよ」


 「そうなんですの、存じ上げませんでしたわ。因みに私は」


 「Your stories never have a punchline.」 (お前の話はつまらない)


 「マリー、何言ってんだ?」


 完全に蚊帳の外にいるような気分なので、私は退席しようとした直後だった。  「おい、加納部長いるかぁ」 

 聞いたことのない女子にしては、何処かハスキーボイスに私は過去のトラウマで青ざめていた。


 「ごめん、噂は聴いてたけど、本当に誰?」


 「依だよ!春谷依!」


 後ろに少なくとも、数名の気配がする。 

 本能が振り向いたら、だめと直接訴えかけて来た。


 「それで幽霊部員が何の用ですか?」


 「吹奏楽部辞めるから」


 「話は済んだかよ。行くぞ、依」


 「うっす」


 後ろを振り向くことは出来なかったが、理解した。 

 あの不良がいる。私の髪の毛を引っ張ったあの彼女がすぐ近くにいる。 

 手にいっぱいの脂汗を掻き、私の背筋は何処か、冷えていく気がした。


 「そう簡単に部活辞めますじゃないんだわ」


 「あっ?」


 「どの面下げて、此処に来たわけ?」 

 いつもの優しい声色の加納さんとは思えない口調で、後ろの不良を見つめていた。


 「ち、違うんだ。マム!アタシはただ、その・・・。あれだ。こいつが辞めたいって言うから、こういうのはタイマン張って、勝ち取って来いって」


 「いや、それ不良漫画の読み過ぎっすわ。昔も今もありえないすけど」


 もう一人も聴き覚えがある。私の足を引っかけた不良だ。 

 どうして、こんなタイミングで・・・。


 「姉さん、いいんだ。これはわたしの問題だから」


 「じゃあ、先行ってるわ」


 「誰が、勝手に帰って良いって、言った?ハゲ」


 「そ、そうでしゅよねぇ、もうしゅわけありぃましぇん」


 どうしよう、帰りたい。何で、私の前でこんなことに?


 「じゃあ、どうやったら、辞めていいんだよ。部長!」


 「いや、普通に職員室に行って来なよ?私、部長だけど、そんな権限無いし」


 教室が一瞬にして、静寂が訪れた。


 「相変わらず、あの方」  


「やめろ、天。突っ込むな、可哀想だろ」


 背後からでも、分かる程、ハスキーボイスの動揺が見て伝わって来た。


 「わ、分かってるし、そんなつもりじゃねぇし!ケジメだし、ケジメ!」


 「いや、でしょうね。咲さんも何で止めないんすか」


 「オマエ、分かってたなら、止めろよ、バカ。盛り上がっちゃったじゃねぇか!」


 「勝手に盛り上がったの2人だけっすわ。アタイは乗らないとダメだったんで、乗っただけっすわ」


 何なんだ、この時間。本当にどうしたらいいんだ?


 「じゃあ、帰るわ。職員室行ってくるわ」 

 ハスキー達が、再度教室を後にしようとした刹那、加納さんから、観たことの無い表情で彼女達を見つめていた。


 「待てよ・・・。部活投げ出そうがなんだろうが、そういうのは今はどうでもいいだろうが」


 「何言ってんだ、加納?」 

 一瞬の沈黙の末、ハスキーが奇声を上げた。


 「てめぇ、夏祭りで姉さんがおんぶした秀才様じゃねぇか!」


 「はっ?」 

 何が起きたか、さっぱり理解出来なかったが、私はそれ以上の語彙を持ち合わせていなかった。 

 

 「何で、こんな所に。姉さんの恩義も忘れたクソ女が。礼の一つもあっても」


 すると加納さんが、後ろのハスキーのシャツの襟もとを掴んだ。


 「調子に乗るなよ、春谷。ムキムキになっただけで、心根が変わって無いなら、二度とそのツラ見せるな」


 「何のことだ、わたしには」


 「依、お前は少し黙ってろ」


 「でも・・・」 

 不良の言葉に、ハスキーはトーンが一気に低くなった。 不良の一人が、私の背面に現れ、言葉を掛けた。


 「振り向かなくていい。許して欲しいとは言わねぇ。アンタにやったことの重さをアタシもちゅうちゅう分かってるつもりだ」


 咬んで、何を言いたいのか、私には理解出来なかった。


 「あの、この茶番・・・」


 「天、空気読め、バカ」


 「これはアタシのケジメだ。本当にすぐ謝らなくて、ごめんなさい。謝るのダサくてというか、怖かったんだ。ごめんな。」


 「アタイも脚引っかけて、悪かったっすわ。空気に飲まれたとはいえ、本当にすまなかったっすわ」


 不良2人が律儀に私に謝罪して来た。 

 正直、今更謝った所で、私は忘れていた話を蒸し返されたことに腹が立った。しかし、それに対する言葉を私は返すことが出来なかった。


 「だけど・・・。あっーやっぱ、もうだめだ。限界だ」


 「中さん、もういいんじゃないっスか。謝ったし、あんまり長居すると」


 「姉さん・・・」


 どうして、こんな重苦しい空気のはずなのに、何処か、おかしなことになってる雰囲気なのは何故だろう? 

 不良は息を吸い込み、私に訴えかけるように、問いかけて来た。


 「私は晴那が好きだ。だから、勝負しやがれ。アタシとお前、どっちが晴那に相応しいか、体育祭で真剣勝負だ」


 「丁重にお断り致します」


 「なんでよぉぉぉぉ!」


 8月の終わりが近づいて来たその日、私は不良に変な因縁を吹っかけられた。 

 私の人生はまたしても、おかしな方向に傾いていた。


                6

 「中さん、それはドン引きっすわ・・・」


 「姉さん、回りくどいと言うか、最低・・・信じてたのに・・・」


 取り巻きの冷たい視線に、不良の表情はどんどん曇っていくように見えた。


 「何がわるい・・・んだよ・・・」 

 震えるような声の不良に私は何だか、酷いことをした気がした。


 「あっ、ごめん。そろそろ、部活始まるわ。幽霊部員は、職員室行けよ」


 「わたくしも部活ですわ。Bonjour à tous.」


 「Marie went to club activities .Mariehave to go.」

 (マリーも部活に行ってくるわ、ほな行ってきます)


 「ごめん、羽月さん。頑張ってね!」


 先ほどまでのメンバーは皆、その場を後にして行った。


 教室には、私と不良三人だけが、残っていた。


 「さようなら、二度と私の前に現れないで」


 私はそのまま、教室を後にした。 

 取り巻きが止めると思ったが、止める気配も無く、不良は呆然としたまま、その場を動くことは無かったらしい。


 不良が言わんとせんことは大いに想像が出来る。 

 要するに彼女は、暁と仲直りする為に、私を出汁にしたいのだろう。 

 それにしては、言葉が強かった気がしたのは、きっと、気のせいに違いないあるまい。 負け戦の為に私が労力を払う理由も、メリットも無い。 

 最近は歩くことや、軽めのストレッチを週に三回行うよう、心がけているが、相手の体格は私の倍鍛えている人のそれに等しい。 

 人間は何処まで行っても、獣。自分の都合でしか動けない生物なのだと。


 私は一人、下駄箱に靴を履き替え、校舎を後にしようとした時だった。


 「こんな私の何処が良いんだか」

 〔妃夜は最高に私のマイエンジェルだよ]


 「誰?」 

 振り返ると誰も居なかった。 

 幻聴が聴こえて来る程、私は疲れているのだろう。 

 その時はそう考えて、明確な思考がまとまらないまま、思考を放棄した。


               7

 春の匂いが香る中一の3月。私は間宮さんと校舎で遭遇した。


 「羽月さん、お久しぶり」


 「間宮さん」


 「最近どうですか?お元気でしたか?」


 「まぁまぁです」 

 そう答えるしか、無いだろうとは思ったが。


 「私は元気モリモリで困っちゃう位」


 「へぇ~」 

 言葉に詰まった。体調不良で、休みが多いこの人に「そうですね。元気そうで何よりですね」と言うのは、流石に言葉が見つからない。


 「ごめんなさい。言葉に詰まらせちゃって」


 「いえ、そんな」 

 その通りではあるが、こんな無駄な時間を終わらせたかった。


 「羽月さん、辛くなったら、いつでも声を掛けて下さいね。私はあなたの味方ですから」


 「は、はい」 

 当時の私は心が氷のように、溶けることのないのだろうとこのままであることを良しとしていた。


 「それでは」


 「はい」


 「最後に一つだけ」


 「はい」


 「好きです」


 「はい」


 間宮さんは過ぎ去っていった。 

 彼女の告白を私は無視してしまった。 

 彼女も、それ以上の追求をすることは無かったし、聴き間違いだろうと私自身、切り捨てていた。 

 その記憶はいつの間にか、私からも消えていた。


ザー


 目が覚めるとそれが夢だったことを思い知る。 

 熱帯夜だった所為か、体が汗まみれで湿っぽい。布団を確認したが、特に問題は無さそうだ。 

 どうして、こんな夢を見たのかなんて、その時の私には理解出来なかった。 

 意識が混濁したままの私は体を起こし、どうして、こんなことを思い出したのかを理解は出来なかった。


 そのまま、身なりを整え、朝食を取り、歯を磨き終わった後、私が学校へと自転車を漕ぎ始める為、家を後にした。


 自転車を漕いでいると不良3人組が学校まで、ランニングのペースで走っている所を目撃した。 

 私は2度と口を聞かないと言ってたので、そのまま無視を貫き、私は学校へと急いだ。


 8時過ぎには学校に到着。自転車を置いて、下駄箱に靴を置いた時、虫の知らせとでも言うべきなんだろうか。 

 教室に到着した時、声が聞こえた。その声は懐かしくも何処か温かく、私を思っている声が聞こえて来た。


 多くの同級生に囲まれ、歓談している間宮凪、その人だった。

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あんたとシャニムニ踊りたい 第6話「クレープ食べに行こう」 蒼のカリスト @aonocallisto

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