第9話 国民的アイドル

「ボクはまずはガントレットストライカーを完走することに専念しますよ」


 更紗の言葉を思い出すと、蒼真も余裕がでてきたのだ。さくらはこの時点で視界から消えたようなもの。


「そうね。レギュラーは大事。また呼んでくれないかなー」

「ガントレットストライカーシリーズはこう見えて予算がきついですから。国民的アイドルを二回も呼ぶ余力はないでしょうね」


 蒼真は遠回しにもうガントレットストライカー紫雷では会いたくないと言っているのだが、サクラには伝わらない。


「国民的アイドルなんて滅相もない! でも本当に? こんな人気シリーズなのに?」


 まんざらでもないような笑顔を浮かべて応じるさくら。


「有名ですよ。残念です。何かのバラエティで共演できればいいですね。ボクたちにそこまで人気が出れば、ですけどね」


 健太もすかさず加勢する。


「二人ともイケメンだし人気あるから大丈夫ー。一緒に公共放送のレギュラーとろうね!」

「立ちはだかる壁ですね」

「俺たちには高い壁だなー」


 勘違いしたままのサクラだったが、蒼真も健太もあえて訂正も否定もしない。

 二人にとっては公共放送ドラマのレギュラーを取るなど、気が早すぎる。


「私達の世代でがんばろっか。じゃあさ。二人とも番号交換を――」

 

 ちょうどその時、さくらのマネージャーがやってきた。


「大切な時に勝手なことをしないでくださいよ。ほらスケジュールが詰まっているんですから。行きますよ」

「なんですかー。邪魔しないでくださいー」

「ほら。お二人に迷惑をかけない!」

「むしろ光栄なんじゃないかなーって」

「そんなんだから写真を撮られるんです! ほら行きますよー」

「待ってー。引っ張らないで-」

「失礼しました。二人とも。今の戯れ言は忘れてください」


 スーツ姿の女性マネージャは二人に謝罪する。明らかにさくらが押しつける格好だった。


「いえいえ。国民的アイドルの連絡先など恐れ多くて助かります」


 蒼真が苦笑して応じる。健太も激しくうなずいた。


「同じくです」

「その距離感いやー」

「ほら。行きますよ!」


 漫画のようにひきずられてさくらが連れていかれた。


「騒がしい女やなー」


 周囲に誰もいないことを確認して、ぼそっと健太が呟いた。


「そうだな」

「俺、お前がキレるか心配やったんやけどな。意外と冷静で助かったわ」

「思い出したんだよ。ガントレットストライカーは子供たちのためにある、ってさらさおねーちゃんが教えてくれた時のことをさ」

「思い出し笑いやったんかい! 更紗さんやるなー。好きやわー」

「更紗はやらないぞ」

「いけずなこというなー」

「ゴスロリ着て貰いたいなーって改めて思ったよ」

「見たいー。俺も見たいー」

「ダメだ」


 子供のようにだだをこねる健太に、すげなく却下する蒼真だった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


『直接電話したいんだけどいいかな』


 金曜日、蒼真からショートメッセが届いた。


『いいよ!』


 即答したところ、蒼真からすぐにスマホに電話がかかってきた。


「ちょっと前さ。ロケにゲストに大谷さくらが来てね」

「国民的アイドルじゃん! そんな話を私にしていいの?」


 撮影の話など、守秘義務になるだろう。大物ゲストだ。


「別にさらさおねーちゃん、言いふらしたりはしないだろ? 暴露するなら俺との関係を暴露したほうが大騒ぎになるし」

「俺との関係言うなし! 何もないでしょ私達!」


(カラオケ一回しただけだし!)


 まだ何もないのである。少し残念に思う更紗と、大変残念に思う蒼真である。


「……悔しいけどまだ何もないんだよなー」

「悔しがらないの!」


 そこは大人の矜持と、親友の息子への配慮だ。

 更紗はわずかに残る克己心を振り絞っている。


「他の番組であったときも、何故か俺とアドレス交換したがるんだ。特撮馬鹿の俺と会話なんかないと思うんだけどな」

「さくらさんも蒼真君と仲良くなりたいんだよ」


(ロックオンされているなー)


「それでね。国民的アイドルよりもさらさおねーちゃんのほうが美人で可愛いって改めて実感したんだ」

「突然なにを言い出すの。アリマ君は……」


 顔が赤くなる。嬉しいが、相手が悪すぎる。過大評価にも程がある。


「本気で言っているんだけど?」

「本気で比較対象が恐れ多いんですけどー?!」

「みんなのアイドルだし向こうは。その点、俺は子供たちのヒーローだからな!」

「ガントレットストライカーはそうでなければね!」


 更紗が蒼真に話した言葉だ。まだ覚えていてくれたようで嬉しく思う。

 喜んで声が弾んでいる更紗に対して、蒼真も嬉しくなるのだ。


「というわけでさ。来月も大阪の夢洲のサーキットで大規模なロケがあってさ。あくまで今回は下見や打ち合わせなんだけど」

「うん」


 大規模なロケというのは映画だろうか。夢洲サーキットなら大阪万博跡地だろう。

 下見までするとは念入りだ。


「次こそはさらさおねーちゃんにゴスロリを着て貰いたいなと」

「話が飛躍しすぎているんですけど?!」

「国民的アイドルを間近で見たら、さらさおねーちゃんのゴスロリのほうが幻想的で素敵だなって実感したんだ」

「それはただの思い出補正よ。正気に戻ってアリマ君!」


 更紗も必死だ。もうバンギャをあがって数年。当時の服には袖も通していない。

 ゴスロリは着るのも脱ぐのも面倒なのだ。冬に合うジャケットもなかなか見つからない。


「それにさ。どこに着ていけというの……」


 昔のイベントならアリだが、若い子に交じって三十路の女がゴスロリなど痛い。

 まだコスして売り子に徹したほうがいい。


「母さんが言ってたよ? ゴスロリはライブ、イベント。ショップに行く時に着るものだって。心斎橋のショップならありだよな」

「結ー! 息子に何を教えてるのー?!」


 もはや悲鳴に近い更紗に、蒼真は楽しそうに笑う。


「心斎橋あたりならいいじゃん」

「心斎橋のそういう服のお店はもうかなり少ないんだよ?」

「じゃあ少なくなったお店にいったあと、二人で見て回ろう。今度は健太もいないし」


 グイグイくる蒼真。


「君たち二人がいたらそれこそ大騒ぎになるよ……」

「なおさら着ていく場所が限られるということだね? 俺なら大丈夫。地味めにしてたらまずバレないって」

「いやー? どうかなー? おねーさんは人気特撮俳優が心斎橋だなんて大変危険だと思うよー?」

「木曜から日曜までガントレットストライカースタッフと大阪にいるんだけど、時間が多少は融通がつくからさ。土曜日か日曜日は……」

「そんな人の多い曜日はダメ。絶対」


 周囲に気付かれるに決まっている。


「えー。そんなー」

「おとなしく健太君と遊んでなさい。ね?」

「俺は諦めないぞ!」


 健太君。なんとかしなさい。あんたのホームでしょ。

 内心健太にすがる思いの更紗。


(私は一般人だし、どうせ恋愛とか無縁だからいいけどさ。この子、夢を掴んだばかりなんだよ? あ……)


 自分の思考に気付いた更紗。


(惜しではなく、昔面倒を見た子として向き合ってるな私。いいのかな。どうしたらいいか教えてよ結ー!)


 もちろん惜しとしても男の子としても魅力だ。しかし何せ身分が違う。方や今をときめく特撮俳優。自分はただの冴えないOL、壁打ち喪女である。成立するはずがない。

 それでも会いたい。そんな欲が出てしまった。


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