バッドエンドを迎えた酔っ払いの愚痴
匿名
もうすぐ閉店です。
「そう。ごめんね。迷惑料は払うからもう少し居させてくれるかい?」
耳まで赤くした男は、ゆっくりと端正な顔をこちらに向けた。
睫毛が長く、整った澄んだ瞳に影を落としていた。
年齢は中々いっているはずだが、体型も若々しくておじさんという言葉が似合わない。
この男は
しかし、ここまで酔うのは初めてだ。
水を差し出すと素直に飲み干した。
喉が水に冷やされた後も,
目は
「聞いてくれよ。」
「嫌です。もう閉店です。」
男は黙ってこちらを見た。
事情があるのだろうけど、こちらだって明日があるんだ。
「話したら帰るから。」
知ってる。
この男は、この店ごと買い取れる金持ちだ。
本来は断れない。
そして、二回断れば迷惑料だけ払って帰り、全部一人で背負い込む事も知っている。
こういう性質の者を放っとくと近い内に消えてしまう。
文字通り、何もかも。
それは困る。
ため息をついて受け入れた。
「ありがと。
まー。うん。ホントね、僕の子供くらいの子の話なんだ。
ちびっこ。
僕からしたらずーっとちびでガキ。
赤ちゃんの時から知ってるし、頭も良かったから幼稚園くらいの年齢からもう既に生意気なこと言ってさ。
すっごい……可愛かったんだ。」
死んだのか?
そう思ったが聞けなかった。
大人しく掃除をしながら話の続きを聞いた。
「生意気で無邪気でさ。
天才なのにバカなんだ。本気で魔法使いになりたくって片っ端から勉強して、手品まで覚えてた。
びっくりした顔が好きだし、びっくりしたいんだって。
……でも、天才すぎたんだ。
才能もお金も力もあった。
あらゆる専門家に話を聞いたり、論文を読んだり。
僕にはわからない話も長々とされたよ。
そのうち新種の法則や薬品まで開発した。
だからすぐに知ってしまった。
この世界に魔法なんてないって、ほんとすぐにさ。
それでも、何年かはまだしがみついてた。」
水を飲んでいるはずの男が、また悪酔いしたような顔に戻った。
「まだ
なんでそんなガキが……諦めようとしてるんだ。
目の奥に、何も光が無くてさ。
僕が一番嫌いで得意な笑い方をしてるの。
おかしいだろ。
僕でさえ幸せになれたんだよ。
なんで、あの子が幸せになれないの。」
顔を見たが、涙は無かった。
ただ、悔しそうに眉を寄せていた。
「生きてるよ。」
何も言っていないのに答えてくれた。
「死ぬ事も許されない。
生き地獄だ。諦めるのも許されない。
無気力も許されない。
手に入らない幸せを諦めるなと生かされる。
幸せなふりさえ、僕に見抜かれて苦しんでる。
なんで、こんなことになったんだ。」
ぐだぐだと長話をされても何も理解できない。
一応耳に入れているが、ちんぷんかんぷんだ。
早く話が終わらないか時計を見た。
ああ、明日の営業は休むか。
その分のお金は搾り取れそうだし。
「ねぇ、何もわからないでしょ?」
「勿論。」
男がほとんど残っていない水入りグラスをかかげた。
「わからなくて良いよ。乾杯。」
男のグラスに、空のグラスを当てた。
小さく高い音が響いた。
「解放したげる。せめてね。」
男は柔らかく笑い、名刺の裏にサインをして置いていった。
言い値を貰えるらしい。
・
・
後日、三日分相当の利益を請求すると、
「そんな少なくて良いんだ。」
と笑われた。
もっと請求しておけばよかったか。
いや、貰いすぎるのも怖い。
あの
「結局、何がその子の救いになるんですか?」
「魔法。」
「そんな物この世界にはありませんよ。」
「うん。だから、それに匹敵する……それを錯覚するような新選な驚き。それとワクワク。
もうそれもこの世界には無いから救えないんだけどね。」
なら、どう解放するのか。
そもそもあの解放という言葉は、お店を閉めさせてくれるって意味だけだったのかな。
男はまた綺麗に笑った。
「どんなに悲しい選択をしても、僕はあの子を許す。
僕だけでも、あの子を地獄に縛りつけないように気をつけるよ。」
「……。まー、それがどの子とかどういうことかって何もわかんないんですけど、若い子が死にたがってるって意味なら悲しいですね。」
「でしょ!呑む?」
「呑みませんし、あなたも今日は呑まないでください。あまり強くないのに。」
「はは。酔った顔を見せる相手はちゃんと選んでるよ。」
臨時休業になったその日。
やけに晴れ渡った空に浮かぶ白い雲がまぶしく光って、男の背中を照らした。
「後味悪くなきゃ良いんだけど。」
ため息をついて、店の入口に張り紙をした。
バッドエンドを迎えた酔っ払いの愚痴 匿名 @Nogg
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