第8話
レーヴスの拠点都市まで戻り、ギルドで一息つく。激戦と逃走劇の疲れがどっと押し寄せるが、VRの不思議なところはログアウトすれば体感疲労はそれほど残らないことだ。
ただ、精神的な疲れはあるし、興奮状態が続いているから、すぐに寝るのはもったいない。私はカプセル内でリアルの時間を確認し、まだ土曜の夜だと知って、もう少しだけ続けようかと思案する。
(どうしようかな……一度リアルに戻って休憩するのもありだけど、今は脳が冴えてるから、もうちょっとだけゲーム内で作戦を立てておきたい)
ギルドのカウンターに向かい、受付NPCに声をかける。
「宿泊扱いで部屋を借りられますか?」
アーデント・オンラインにはログアウト前に“宿屋”を取ることで、次回ログイン時に同じ場所から再開できるシステムがある。野宿状態で落ちると、再ログイン時に色々と面倒だから、なるべくこうして宿を取っておきたい。
「はい、1泊20ゴールドですね。どうなさいますか?」
私は支払いを済ませ、鍵を受け取る。ギルド併設の宿屋に小さな個室があり、そこに入ればひとまず落ち着ける。
部屋に入り、ベッドに腰掛けると、改めて今回の成果を振り返る。
・「古びた研究記録の切れ端」を2枚入手。
・謎の「古い鍵」をゲット。
・結界を突破するには「賢者の石板」が必要らしい。
・黒騎士のような強力な敵が徘徊している。
(やっぱり簡単には攻略できそうにない。けど、だからこそ燃えるんだよね)
私は荷物を整理しながら、明日の作戦を立てる。今後は、さらに居住区をくまなく探して研究記録の断片を集めるか、あるいは街のほうで石板に関する噂を集めるのもいいだろう。
そういえば、ユマからメッセージが来ていたっけ。私がログアウトする前に少し挨拶だけでも返しておこう。
フレンドリストを開き、ユマのステータスをチェックすると、まだログインしているようだ。レベルは10程度。私はすでに30を超えているから、一緒にレグラーナへ行くのはまだ難しいかもしれない。
> 『ユマ、今大丈夫? これから少し狩りに付き合おうか?』
そうメッセージを送ると、すぐに返事が来る。
> 『ほんと? 助かる! 今、初心者エリアの森でレベリングしてるところだけど、周囲が強くて困ってたんだ』
私は苦笑しながら、そりゃ初心者にとっては強いだろうな、と納得する。よし、ちょっと後輩指導するか。
宿屋を出て、街の転移ゲートを使い、初心者エリアへ飛ぶ。そこでは、まだチュートリアルゾーンに毛が生えたくらいのモンスターがうろついている。
すると、少し先で見覚えのあるアバターがオークに追いかけられていて、慌てふためいているのが見えた。
「ユマ!」
私が声をかけると、ユマは泣きそうな顔でこっちに手を振る。
「コトハ、助けてー!」
私はさっそく短弓を構え、オークの足元に矢を撃ち込む。オークがこちらに気づいて向きを変えると同時に、私はショートソードを握って突撃。素早く懐に入り、急所を何度か突いて仕留める。
「ありがとう……危うくやられるところだった」
ユマは青い魔導ローブを着ている。どうやら魔法職でスタートしているようだ。
「レベル差があるし、しばらく私が支援してあげるよ。ここでいっきにレベル上げちゃおう」
そう提案すると、ユマは目を輝かせる。
「ほんと? めちゃくちゃ助かる! このゲーム、ソロじゃ結構きついなって思ってたんだ」
(うん、それは同感。序盤もわりと難易度高いもんね)
しかし私は、序盤から高難易度の要素があるこのゲームにこそ魅力を感じていた。初心者が辛い気持ちはわかるけど、鍛えられれば後々強くなれるのも事実だ。
その後、私はしばらくユマの狩りを手伝った。ユマはまだ魔法の詠唱がぎこちないが、一応火球魔法や氷結魔法などを覚えているようで、慣れればそこそこ強くなりそうだ。
「ユマ、詠唱終わったらすぐに後退した方がいいよ。近づかれると詠唱キャンセルされちゃうから」
「うん、わかった! あっ、また来た!」
オークが勢いよく突進してくるのを、私が短弓で牽制し、ユマが火球を叩き込む。うまく連携が取れれば、相手に攻撃させる前に倒せる。
こんな感じで順調に狩りを続け、ユマのレベルが15を超えたところで、さすがに私も疲れてきた。
「やっぱりVRは体力使うね……一度ログアウトしようかな」
そう言うと、ユマは「うん、私ももう少しやったら落ちるよ。今日はありがとう!」と笑顔を見せる。
「じゃあまた今度、時間が合ったら一緒にやろう。今度はダンジョンとか行けるといいね」
私が手を振ると、ユマも「またね」と手を振り返す。
そして、私はログアウトのコマンドを入力する。視界がゆっくりと暗転し、リアル世界へと戻っていった。
――カプセルのフタが開き、部屋の照明が目に入る。少しまぶたを閉じてから、もう一度まぶたを開くと、いつもの自分の部屋だ。
「ふう……ただいま、現実」
カプセルから身を起こして、軽くストレッチをする。土曜の夜はまだ長いし、両親はそろそろ寝ているかもしれない。
手短にシャワーを浴びて、軽く食事を済ませ、それからベッドの上に転がる。頭の中では、アーデント・オンラインの続きがずっと渦巻いている。
「結界を突破するには賢者の石板か……次はどこを探そうかな。あの黒騎士も気になるし……」
……そんなことを考えながら、私はゆっくりと眠りの世界へ落ちていく。
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