第6話
レグラーナへ再び入ると、先ほどよりも人影が多かった。理由はたぶん、「ドラゴンスレイヤーズ」の大規模パーティが先行しているからだろう。街の入口付近にパーティがうろうろしていて、そこで情報交換している様子も伺える。
「おい、あんたソロか? ここは危険だぞ」
通りすがりのプレイヤーが声をかけてくるも、私は慣れた対応で会釈だけして通り過ぎる。正直、いちいち止まって説明するのも面倒だ。
廃墟の街並みをぐんぐん奥へ進んでいく。途中、瓦礫や壊れた馬車の車輪などが散乱していて、足場も悪い。そんな道を避けながら、道端に潜むゾンビ系のモンスターを倒しつつ進行していく。
ゾンビ系は動きが遅いぶん、当たったときに嫌な感染系ステータス異常をもらう場合があるから厄介だ。私はなるべく近づかれないよう、短弓で削りながら、とどめだけショートソードで刺す。
――そんな感じで徐々に街の深部へ踏み入っていくと、不気味な魔力の気配が漂う区域に出た。ここはどうやら“研究区”の入り口らしい。
崩れたアーチ状の門があり、その先からは紫色のもやのようなものが漂ってきている。上を見上げると、半壊した建物の中に魔術的な紋章が浮かび上がっていて、それが空に向かってゆらゆらと光を放っている。
「……結界、ってこれ?」
じっと見てみると、まるで壁のように見えない壁があるかのごとく、門の向こうが歪んで見える。
(リドが言ってた、これが突破できないやつか)
試しに近づいてみると、ビリビリっと電撃のような衝撃が走り、身体が弾き飛ばされた。
「うわっ!」
たまらず尻もちをつく。体力ゲージが少し減っている。
(ほんとに通れないんだ……)
私はポーションを飲み、体力を回復する。それにしても、どうやって突破するんだろう? と考えていると、少し離れたところで数名のプレイヤーが同じように壁を突破できずに悩んでいるのが見えた。
会話を聞いてみると、「やっぱり何かアイテムが必要なんじゃないか」「賢者の石板とか聞いたことある?」などと話している。
(やっぱり賢者の石板がキーなんだな)
問題は、その石板がどこにあるのか、だよね。
私は少し思案してから、いったん研究区の前から離れて居住区のほうを回ってみることにする。もしかしたらそっちにヒントがあるかもしれないし、それに情報収集のためにももっと探索したい。
居住区の入口へ向かう途中、急に白いフクロウのようなモンスターが頭上から襲ってきた。翼の端が刃のようになっていて、鋭い風切り音を立てながらこちらをかすめる。
「わっ、びっくりした!」
すかさずショートソードを抜き、振り回して威嚇する。フクロウモンスター――名前は「ナイトオウル」らしい――は旋回しながら何度も急降下してくる。
(飛び道具で落とさないと面倒だな)
私は短弓を取り出し、矢をセット。ナイトオウルが再び降下してくるタイミングを見計らい、狙いを定めて放つ。
シュッ!
矢は見事に翼を貫き、ナイトオウルがバランスを崩す。すかさず追撃の矢をもう一本放ち、今度は胴体に命中。まるで糸の切れた人形のように、羽をバタつかせながら地面に落ちる。
「よし!」
私は急いで近づき、とどめの一撃をショートソードで加える。これで討伐完了。
ドロップアイテムは「フクロウの羽根」と「小さな魔石」。魔石は魔法職なら使い道がありそうだが、スカウトの私にはあまり必要ないかも。まあ一応取っておいて、後で売ればお金になる。
「こういう敵もいるんだなあ……。レグラーナの深部にはもっと強烈なのが出るんだろうな」
そう思うと、背筋がゾクゾクする。怖いけど、その先にユニークシナリオの存在があるかもしれないと思うとたまらなく挑戦したくなる。
どんどん廃墟の民家が密集しているエリアに入っていくと、足元に瓦礫やガラス破片が散乱していて、移動が思うようにいかない。しかも建物の影からうごめくゾンビやスケルトンがこちらを狙っているのが見え隠れしている。
「一匹ずつ釣り出して倒すしかないか……」
私は短弓で牽制し、1体ずつおびき寄せては倒す、という慎重な戦法を取る。複数体に囲まれたら厄介だし、できるだけ被弾を避けたい。
こういう地味な作業を繰り返しながら、建物の中を少しずつ探索していく。すると、ある民家に入ったとき、中で小さな光がぽうっと浮かんでいるのを見つけた。
「……何これ?」
床に魔法陣のような模様があり、その中央に光る何かがある。どうやらアイテムのようだ。私は周囲を警戒しながら、そっと近づいてみる。
そこに浮かんでいたのは「古びた書物の切れ端」だった。
(書物……?)
手に取ると、文字がところどころ消えかけているが、かろうじて読める部分に「――石板――解呪――」というキーワードが書いてある。
(これはもしや、賢者の石板に関係あるのかも)
ゲームシステムによってアイテムの説明文が表示される。
> 『古びた研究記録の一部。魔導都市レグラーナに関する記述が断片的に残されている』
なるほど。これは重要アイテムっぽい気がする。クエストアイテム扱いになっているので、おそらく関連するイベントのフラグになるだろう。
(やっぱり居住区にもいろんなヒントがありそうだな)
私は少し疲れを感じ始めたので、いったん安全そうな建物の中に身を潜めて休憩することにする。スタミナ回復薬を飲み、軽く携帯食を頬張りながら周囲を見渡す。
(結界を突破するには、賢者の石板か、それに類する何かが必要なんだよね。研究記録の切れ端をもっと集めれば、場所や入手方法がわかるかもしれない)
……などと考えていると、外から突然大きな轟音が響いた。壁が揺れ、埃が舞う。
「な、なに!?」
私は慌てて外を覗くと、大通りの先で何やら爆発のようなものが起きている。火の玉が飛び交い、誰かが悲鳴を上げているのが聞こえる。
(あっちで何が起きてるの? もしかして、ドラゴンスレイヤーズが戦ってるの?)
私は迷ったが、少しだけ様子を見に行くことにした。大通りへ近づくと、複数の魔物が群れをなしていて、そこにパーティが挑んでいるのが見える。やはり大勢いるところを見ると、ドラゴンスレイヤーズの可能性が高い。
「うわー、やばい! 後衛がやられたぞ!」
「くそっ、タンクはどこだ? 回復を!」
混乱状態に陥っているようだ。見ると、大型のゴーレムのような魔物が地面を踏み鳴らして衝撃波を放っている。さらに周囲には小型モンスターがわらわらと。
(あれはきつい……)
私がすぐに飛び込んでも、どうしようもないかもしれない。でも、見捨てるのも気が引ける。一応、可能な範囲で援護しようかな……。
私は近づいて短弓を引き、ゴーレムの側面を狙って矢を放つ。ゴーレムのヘイトを少しだけこちらに逸らし、パーティが体勢を立て直す時間を作ってあげようという狙いだ。
矢はゴーレムの肩に当たって弾かれたようだが、わずかにゴーレムがこちらを向いた。
「こっちだよ、のっしのし君!」
私は軽く挑発して、すぐに横へ走る。すると、ゴーレムの腕が私のいた場所に振り下ろされ、地面が砕け散る。
(あぶなっ! でも、こっちが狙われてるうちに、パーティが回復するはず)
案の定、パーティの前衛が立ち直り、ゴーレムの背後に回り込んで攻撃を再開している。
小型モンスターも私が射程に捉えられる位置にいて、短弓で牽制しながら、じわじわと数を減らしていく。
数分間の激戦の末、ゴーレムが大きく崩れ落ちた。パーティのメンバーがへたり込み、「助かった……」という声が聞こえる。
「ありがとう、そこのスカウトさん!」
一人の魔法職らしきプレイヤーがこちらに駆け寄ってきて声をかけてくる。私は軽く手を振って、「どういたしまして。大丈夫?」と尋ねる。
「うん、なんとか……。でも仲間が何人かやられちゃって、すぐには先に進めなさそう」
どうやら後衛2人が戦闘不能で、街に引き返さなければならない状況らしい。
「そう……大変だね。私も先は急いでるから、これで失礼するよ」
そう言って立ち去ろうとしたとき、その魔法職のプレイヤーが「待って!」と叫んだ。
「せめてお礼をさせてほしい。ほら、これ……余ってるから使ってくれ」
差し出されたのは少し高級そうな中級ポーション数本。確かに消耗品はいくらあっても困らない。私は遠慮なく受け取ることにした。
「ありがとう、助かるよ。じゃあ、お互い頑張ろうね」
私がそう言って駆け出すと、そのパーティのリーダーらしき人が「気をつけて……!」と声をかけてくる。
(ふう、こっちもだいぶスタミナ使っちゃったな)
ぼやきながら、私は少し離れた路地で息を整える。こうしてみると、やはりレグラーナは相当手強い。こんなところをソロで突破しようだなんて、無茶だと言われても仕方ないかもしれない。
けれど――
(それでも、私は先へ進む。この世界でしか味わえない興奮があるから)
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