祟り神の善意

藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミック化

お前に「祟り神降ろし」の秘儀を授けよう

 ヒロシは6歳で母を亡くした。最後に家族3人で出かけたピクニックが、数少ない母親との思い出だった。小学5年生になり、ヒロシは同級生からいじめられていた。いじめの中心にいたのは、タケシ、シンジ、トオルの3人だった。

 

「最近調子に乗ってんじゃねえのか?」

 

 校舎の裏でタケシたち3人がヒロシを待ち構えていた。

 

「気取ってんじゃねえぞ!」

 

 突き飛ばされたはずみで持っていたカバンが地面に落ちた。中から教科書が飛び出す。

 

「あっ!」

「優等生は教科書なんかいらねえだろ?」

 

 タケシは教科書を取り上げ、背中に隠した。

 

「か、返して!」


 顔を赤くしてヒロシがつかみかかった。タケシはその勢いに驚いたが、シンジとトオルがヒロシを引きはがし、地面に転がした。

 

「なめてんじゃねえぞ!」

 

 興奮した3人は倒れたヒロシをさんざん蹴りつけた。体を丸めたヒロシの背中や太ももに、踏みつける足がおりてくる。何度も、何度も。

 やがて3人が立ち去ると、泥だらけになったヒロシはよろよろと立ち上がった。


 ヒロシは足を引きずるようにして家路をたどった。うつむいた目は悔し涙でぼやけていた。


 気がつくと目の前に見知らぬ古びた祠があった。ヒロシはふとタケシら3人を呪う祈りを捧げていた。

 

「――あいつらに祟りを」

 

 すると、祠の扉が細く開き、中から一匹の白ネズミが現れた。

 

<お前に「祟り神降ろし」の秘儀を授けよう>

 

 白ネズミが心に語りかけた。

 

<祟りには3つの「形(カタ)」が必要である。

 1つは、「形鬼(カタキ)」。祟りの相手から害を被ること。

 2つは、「形見(カタミ)」。相手の姿を表すもの。

 3つは、「形気(カタギ)」。相手に対する「善意」である>

 

「3つめの『カタギ』ってどういうこと? 祟りを降ろす相手に「善意」を持てだって?」

<いやしくも神たるお方が動くには「善意」が必要だ>

 

 そう告げると、白いネズミは姿を消した。

 

「踏んだり蹴ったりされたことが『形鬼』だ。『形見』はあいつらの似顔絵を描こう。3つめの『形気』をどうしよう。祟りたい相手に善意を贈らなきゃいけないなんてね。あいつらに食らいついて、いいところを見つけるしかないか」

 

 その日からヒロシはタケシたちにつきまとった。タケシはおどろいたが、ヒロシが追われても逃げないことを知ると、放っておくようになった。

 行動を共にしてみると、3人にも良いところがあることがわかった。


 タケシは捨て犬に優しかった。

 シンジは迷子を慰めた。

 トオルは見つけるたびに空き缶を拾ってごみ箱に捨てた。

 

「タケシは犬に好かれますように。シンジは小さい子と仲良くなれますように。トオルは空き缶に縁がありますように」

 

 ヒロシは3人の似顔絵の前で、祈りをささげた。すると白ネズミが現れてぴかりと光った。

 

<願いはかなえた>

 

 白ネズミの声が、心の中で聞こえた。

 祟りは降りた。


 タケシの家には野良犬が押し掛け、シンジは幼児語が口癖になった。トオルの家は空き缶の捨て場になってしまった。

 

 こっそり物陰から覗いてみると、3人とも困り果てているのが見えた。


「ざまあみろ」


 ヒロシはそういってみた。

 しかし、ヒロシの心は晴れなかった。


「あのね、ヒロシ。人を不幸にしても幸せにはなれないのよ。自分が幸せになるには、周りの人を幸せにしてあげなくちゃ」


 そういったのはヒロシの母親だった。

 

「四葉のクローバーは幸運のお守り。これをヒロシにあげる。3人の人を幸せにしてあげたら、4人目の自分も幸せになれるのよ」

 

 そういって、ヒロシの母親は優しく微笑んだのだ。


「お母さん。僕すっかり忘れていたよ、四つ葉のクローバーの意味を」

 

 ヒロシはいつかの祠を必死に呼び出した。「祟りを解いてくれ!」と心から願った。

 

<祟りを解くのは福の神の仕事だ。祟り神の仕事ではない>

 

 白ネズミの声が心に響いた。


「福の神をさがさなくちゃ。福の神が見つかれば、祟りが解ける!」


 ヒロシはタケシたち3人を呼び出して、祟りを願ったのが自分であることを打ち明けた。


「祟りを解くには福の神にお願いしなくちゃいけないんだ。福の神がいる神社をさがそう!」

 

 それからヒロシは3人を連れて町中の神社で祈ったが、やはり祟りは解けなかった。


「ここも違うのか……。次こそ、次こそ福の神を見つけるぞ!」


 必至に走り回っては神社に祈ったが、どこも求める福の神ではなかった。

 

「ヒロシ、もういいよ。ほら、教科書を返すぜ」

 

 タケシはあの日ヒロシから奪った教科書を差し出した。


「タケシ――」

 

 ヒロシが教科書を開くと、ページの間に四つ葉のクローバーが挟まっていた。幸運のお守りは、最後のピクニックで母親が見つけてくれた「形見」の品だった。

 

「お母さん、お願いだ。祟りを解いて――」

 

 ヒロシがそう願うと、クローバーが優しく光った。すると光はタケシたち3人を包み込み、吸い込まれるように消えた。


 光が消えた後には、4人の友達が残った。<了>

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