昔話

きりの うみ

幸せな村

昔、ある村がありました。

西の海岸から歩いて1日かかる場所にある、森を切り開いた小さな村でした。決して栄えてなどいませんでしたが、人々はよく働き、笑い、踊り、穀物を育て、狩猟をし、人々は日々を懸命に慎ましく暮らしていました。

幸福がそこにはありました。

それを聞きつけた隣村の人々は、あの村には幸福があるらしい。きっと、貧しさを装って何か隠しているのだ。金か。いや、魔術の類ではないか…。と気味悪がりました。けれど、本心では皆それが欲しくてたまらなかったのです。

噂は瞬く間に隣村中に広まっていきました。

噂が不安に変わるのはすぐでした。


村に湧き出た不安を収めるため、隣村の村長は皆を扇動して小さな村についに火をつけました。

小さい村ですから炎はすぐ村中に広がります。外へ逃げようとする者を見つけると、隣村の人々は持っていた槍で胸を刺しました。

村長は従えた数人と村中を探しました。幸福の根源となる、金を、儀式の祭壇を。

けれどどこにもありません。何一つありませんでした。

炎は勢いを増していました。村長たちは慌てて逃げ出し、燃えて一つの火柱になっていく村を皆と眺めていました。

明け方、空が白むと小さな村があった場所は焼け野原となり、家も人も、何もかもが消え失せていました。

隣村の人々は何も言わず、それをただ眺めていました。

どこからか小さな泣き声がしました。

皆は恐怖で動くことができず、目だけで辺りを見回します。

その中で一人の女性が声のほうに歩き始めました。何故動けたのか彼女にもわかりません。けれど呼ばれているような気がしたのです。鳴き声は角の方で黒く盛り上がった場所からしていました。

近づくにつれ、その黒の山が幾重にも重なった焼け死んだ人々であることがわかりました。

鳴き声は聞こえ続けています。

彼女は一つ一つ、焼けた肉塊を剥がしてゆきます。剥がしていると、一人また一人と動けるようになった人が加わって、最後には皆が鳴き声を見つけるために動いていました。

彼女が最後の一つを剥がすと、地面に作られた窪みの中で、生まれたばかりであろう赤ん坊が真っ赤な顔で大きな声で泣いていました。

彼女は震える手で赤ん坊を抱き上げ、皆の方へ振り向きました。

彼女は目からは涙がとめどなく流れ、ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返していました。

それが赤ん坊に向けた言葉なのか、辺りに散らばった肉塊に向けた言葉なのかはわかりません。

ただ、彼女を含めた隣村の皆は、そこでようやく己の中にある不安の正体を知りました。そして、不安の正体を見ないようにしたことの過ちの重さを知りました。

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