第16話 「は、はわわ……お、大きいですね……」

翌朝、俺とリリアは王都を出発した。馬車を走らせ、目指すは山岳地帯。そこに「黒き炎のドラゴン」が潜んでいるというのだから、嫌が応にもテンションが上がる。


リリアも珍しく戦闘服のような動きやすいメイド服に身を包んでいるし、俺も防御力と機動力を両立させた特注装備を着用。武器は、伯爵家の鍛冶職人が作ってくれた最高級の長剣と、魔術を行使するための杖も携えている。


「ゼフ様、万が一、ドラゴンが強すぎたらどうします? やっぱり一旦退却した方が……」


「いや、退くつもりはないよ。最悪の場合でも、俺の魔力なら瞬間移動魔法くらいは使えるはずだ。すぐに離脱して体勢を立て直すさ」


「そ、そうですね。ちゃんと逃げられるように頭に入れておきますね」


リリアは少し緊張しているようだが、俺はむしろワクワクが止まらない。落ちこぼれだった頃は「ドラゴンなんて絶対無理」と思っただろうが、いまは戦わずにいられない。試してみたい――投資で得たこの力が、どこまで通用するか。


やがて山道を進むと、空がやけに暗くなってきた。噂では、このドラゴンが住む地域は常に黒雲に覆われているという。遠くからでも確かに不穏な気配が伝わってくる。


「ん……あそこだな。どうやら、あの谷あたりに巣があるのか?」


馬車を止め、リリアと一緒に岩陰へ身を隠して偵察すると、谷底の広場のような場所に巨大な黒い影がうごめいている。ズシン……ズシン……と地響きのような音が聞こえてくるから、間違いなく奴だ。


「は、はわわ……お、大きいですね……」


リリアが小声で震える。確かに、体長は20メートルを超えていそうだ。地面には燻る焦げ跡が広がり、周囲には冒険者らしき人々の装備の残骸まで散らばっている。まさに死の空間だ。


(相手はドラゴン。だけど、俺は恐怖よりも高揚感の方が大きい)


「よし、先制攻撃を仕掛けよう。あの黒い炎を吐かれたら厄介だが、今の俺なら防げる気がする」


「私も援護します!」


ドラゴンはまだ俺たちに気づいていないのか、悠々と地面で腹を休めている。俺は山の斜面を駆け下りつつ、杖を構えて魔力を高めた。すると、空気がバチバチと震える。俺が得意になっている上級魔法の一つ、“雷撃”をぶち込んでやる。


「はあっ!」


俺の叫びとともに、青白い稲妻がドラゴンめがけて一直線に降り注ぐ。地上にいるドラゴンの背に巨大な閃光が走り、派手な爆音が轟いた。岩肌が割れ、土砂が舞う。遠く離れた場所にいるはずのリリアの悲鳴が聞こえるほど、強烈な衝撃だ。


(この一撃で終わりだと楽なんだけど……)


煙が晴れると、ドラゴンは傷一つ負っていないように見える。鱗が赤黒く光り、今まさに“黒炎”を吐き出す構えをしている。


「グオオオオッ……!」


怒りの咆哮とともに、真っ黒な炎がこちらを目掛けて噴出した。とてつもない熱量が辺りを焼き尽くし、草木が一瞬で灰になる。俺は慌てずに別の上級魔法、“絶対防壁”を展開。目の前に輝く魔力の壁が生まれ、黒炎をしっかり受け止めてくれる。


「うわっ……すごい威力……でも、問題ない」


俺は黒炎の圧力に耐えながら、杖を握りしめて魔法をさらに高める。今度は氷の一撃、“氷結槍”だ。


「当たれええっ!」


無数の氷の槍がドラゴンの腹へ突き刺さるように飛んでいくが、ガキンガキンと硬い鱗に弾かれてしまう。僅かに鱗の隙間に食い込んだようだが、大ダメージには至らない。ドラゴンは黒い瞳をこちらに向け、羽ばたきながら空中へ舞い上がる。


「リリア、伏せろ!」


「はいっ!」


ドドドドッ! ドラゴンの翼が生む突風で地面が震え、岩の破片があちこち飛び散る。空を飛びながら、またしても黒炎を吐き出してくるドラゴン。それをかわしつつ、俺は自身の身体能力を最大限に発揮。地面を蹴って岩場を飛び移り、ドラゴンの背後へ回り込む。


「せいやっ!」


俺は杖をしまい、鍛冶職人特製の長剣を抜く。魔力を剣に纏わせ、ドラゴンの尾を斬りつける。ガシュッという手応えとともに尾の先端を少し削ぎ取ることに成功した。血が噴き出し、ドラゴンが悲鳴のような叫びを上げる。


(効いた! 鱗といえど完璧じゃない。魔力を纏った剣ならダメージを与えられる!)


その隙にリリアが遠くから風魔法で支援をしてくれる。ドラゴンの動きをほんの少し乱し、俺が再び斬り込むチャンスを作ってくれるのだ。こういうサポートが地味にありがたい。


「ぐおおおおっ……!」


ドラゴンは怒り狂いながら再び黒炎を吐く。今度は広範囲にばらまくように炎を放っている。俺は瞬時に判断し、魔力で身体を強化して空中へ跳躍。ダメージゾーンを回避しながら、ドラゴンの横腹に剣を突き立てようとするが……。


「っ……! かてえ……!」


鱗の堅さは尋常じゃない。さっきの尾を削ぎ取れたのは運が良かったのかもしれない。ドラゴンが翼で猛スピードの突風を起こしながら空中を旋回すると、俺は吹き飛ばされて地面に落下しそうになる。


「ゼフ様、大丈夫ですかっ!」


リリアが叫んでいる。俺はなんとか着地に成功し、ひざをつきながら息を整える。


(少し甘く見ていたか。こいつは並みのドラゴンじゃない。黒炎で周囲を破壊しながら空を自由に飛び回るとなると、攻めあぐねてしまう)


とはいえ、俺にもまだ奥の手がある。投資で得た能力はこんなものじゃない。剣術や魔術だけじゃなく、もっと多角的に攻められる手段があるはずだ。


「なら、これを試してみるか……」

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