第7話

 翌朝、討伐隊が集まったのは森の入り口。武装を整えた男たちと、補給品を背負うサポート要員、そしてエリスを中心とした魔法支援班。十数名がそれぞれの持ち場を確認する。


 「よし、行くぞみんな! 俺たちの町を、そして家族を、絶対に守るんだ!」


 俺の掛け声に、全員がうなずく。士気は十分だ。ただ、相手は数や正体すらよく分からない化け物。下手すれば全滅だってありうるだろう。だが、そんな恐れを口にする者はいない。勇敢なのか、無謀なのか――それでも俺たちはやるしかない。


 森の奥へ進むと、太陽の光が遮られ、薄暗い湿気が纏わりついてくる。鳥のさえずりも少なく、静寂だけが支配する中、俺は剣を握り締めた。


 「エリス、何か感じるか?」


 「……いや、今のところは」


 彼女も警戒を緩めない。杖を片手に、いつでも魔法を放てるように集中している。その横顔はやはり美しいが、同時に凜とした力強さを感じさせる。


 しばらく進むと、妙に開けた場所に出た。そこには巨大な岩壁と、うっすらと光を放つ紋様――明らかに自然のものとは思えない紋章が浮き出ていた。見た瞬間に、全身の毛が逆立つ。


 「なんだこれ……気味が悪いな」


 「レオン、あれは……魔法陣の一部かもしれない」


 ぞくりと背筋が震える。この岩壁が魔力を帯びているというのか? すると、突然、足元の地面が揺れ、岩壁の紋様が赤黒く脈動を始める。嫌な気配が森全体を包み込み、一同に緊張が走った。


 「くそっ、やっぱり何かいやがるのか!」


 討伐隊の面々が身構える中、うごめく影が次々と岩壁の裂け目から姿を現す。まるで地獄の門が開いたかのように、闇色の魔物たちが蠢き出した。


 「来るぞ――全員、気をつけろ!」


 無数の瞳がこちらを睨み、獣じみた咆哮が轟く。まさに死闘の始まりだ。討伐隊は横一列の布陣を取り、それぞれ剣や槍を構える。エリスが先陣を切って魔法の詠唱を開始した。


 「……“サンダークロス”!」


 彼女の声とともに、稲妻のような閃光が森を走り、魔物の群れを切り裂く。絶叫が上がり、数体が地面に崩れ落ちるが、すぐに次の魔物が踏み越えて襲い掛かる。


 「くそっ、さすがに数が多い! おらあっ!」


 俺は剣を振りかざし、なだれ込んでくる魔物を斬り倒す。まだ不慣れだが、魔力を指先に集中する小技も駆使し、時には光弾を撃って魔物をひるませる。討伐隊の仲間たちも勇敢に戦っているが、それでも相手の数が圧倒的すぎる。


 「エリス、もっとでかい一発はないのか!?」


 「そう簡単に大技を連発できるわけないでしょ! 私だって、魔力の残量には限りがあるの!」


 それでもエリスは懸命に魔法を放ち、次々と魔物を撃破していく。周囲では悲鳴や怒号が飛び交い、血や肉片が乱れ飛ぶ。地獄絵図さながらの光景に、思わず息を飲む。


 「(まるで終わりが見えない……だが、ここで引くわけにはいかねえ!)」


 必死に剣を振るい、流れ込む魔力を少しずつ使いながら、前へ前へと進む。しかし、それでも数で押され、仲間たちにも怪我人が出始める。もう限界なのか――そう思ったとき、不意に周囲の空気が変わった。


 「……! 何だ!?」


 岩壁の紋様がさらに強く輝き、そこからぼうっと人影が立ち上がる。ローブに包まれた、その姿はどう見ても人間――だが、ありえないほどの邪悪な気配を放っている。


 「やはり来たか。ようこそ、我が実験場へ……」


 その声は、不気味に響く低音。討伐隊の誰もが戦慄し、一瞬にして静寂が訪れる。魔物たちも動きを止め、そのローブの人影に従うように身を引いた。


 「てめえ、何者だ!?」


 俺が怒鳴ると、そいつはローブの袖から細く白い指先を覗かせ、ゆっくりとフードを下ろす。明らかに人間の面立ちだが、瞳には赤黒い魔力の光が宿っている。男とも女とも判別しにくい中性的な顔立ち。


 「闇の魔女――いや、闇の魔術師とでも呼んでおこうか。お前たちを集めたのは他でもない、実験のためだ」


 その言葉に、エリスが血相を変えて叫ぶ。


 「やっぱり、アンタが魔物を凶暴化させていたのね! こんな惨いこと、許されると思ってるの!?」


 闇の魔術師は唇を歪めて笑い、手をかざす。すると、魔物たちは再びうごめき出し、戦意を剥き出しにする。それだけで彼らを操ることができるのか。恐るべき力だ。


 「許す許さないではない。これは、新たな時代の“序曲”に過ぎない。……興味深いな、お前か。男でありながら魔女の力を手にしているという噂の“魔男”がいると聞いていたが」


 闇の魔術師の視線が、俺に向く。その眼光はまるで舐めまわすように、俺の内側を見透かそうとしているかのようだ。ゾッとする悪寒が走る。


 「俺が……魔男だと?」


 「そうだ。お前の存在は希少だ。まさか本当にいるとはな。……このまま殺してしまうのは惜しい。だが、それも興味がある。闇の力に染まれば、お前はさらに強大な力を得られるだろう」


 そいつは囁くように俺を誘う。その言葉に吐き気を催すほどの嫌悪感を覚える。俺は即座に拒絶の声を上げた。


 「ふざけんな! 俺はそんなもんに興味はねえよ! お前なんぞの手下になるくらいなら、死んだほうがマシだ!」


 闇の魔術師はクックックと喉を鳴らして笑う。すると、一瞬で表情が冷酷に変わり、鋭い声を発した。


 「ならば死ね――我が魔物どもよ、全てを喰らい尽くせ!」


 魔物たちが再び咆哮を上げ、討伐隊に襲い掛かる。俺は剣を構え直し、エリスが魔法を放つ。周囲は一気にカオスが加速し、誰もが必死で生き延びようと戦う。


 「(くそっ、こんな数相手にしてたらきりがねえ! あの闇の魔術師を倒すしかねえか……!?)」


 しかし、闇の魔術師は少しも隙を見せない。周囲に闇の結界を張っているのか、俺たちが近づこうとするたびに邪気のような力が弾き返してくる。エリスが何度か魔法で狙おうとするが、そのたびに闇のオーラが防いでしまう。


 「なんて強力な……!」


 「エリス、どうする!?」


 「簡単には突破できない。……けど、私たち二人なら!」


 そう言って、エリスが俺の手をグッと握る。魔女と魔男――二人の魔力を合わせるのだ。俺はうなずき、必死で集中する。自分の体内の魔力が、エリスの魔力と混ざり合うイメージ。


 「くっ……熱い……でも、力が湧いてくる!」


 「今よ、レオン――一気に放つの!」


 俺たちは同時に叫ぶ。紫と赤の光が混在し、巨大な魔力の奔流となって闇の結界に叩きつけられる。凄まじい衝撃波が走り、森の木々が揺れ、結界がビリビリとひび割れていく。


 「なに……っ!」


 闇の魔術師が驚愕の表情を浮かべた瞬間、結界の一部が破壊され、エリスの放った光の矢が魔術師の肩を貫いた。黒い血のような液体が飛び散り、そいつは苦しげにうめきながら後ずさる。


 「クソ……! 貴様ら……」


 周囲の魔物も動揺したように足を止める。この隙を見逃すわけにはいかない。俺は剣を握り、魔力を指先に凝縮させて突撃する。


 「ここで終わりだ――!」


 気合いの一閃。しかし、その直前、闇の魔術師は何か呪文を唱え、背後の岩壁に溶け込むようにして姿を消す。残された魔物たちは急に力を失ったようにへたり込み、一斉に散り散りに逃げていった。


 「逃げられた、か……!」


 討伐隊の人々も、傷を負いながら何とか生き残っている。俺とエリスは肩で息をしながら、お互いの無事を確認する。闇の魔術師は倒せなかったが、森の魔物は一掃できたようだ。


 「はあ、はあ……エリス、怪我はないか?」


 「何とかね。そっちは?」


 「大丈夫、平気だ……。でも、結局あいつを仕留められなかった。やっぱりやべえ相手だよ、あれは」


 エリスは杖を突きながら唇を噛む。


 「そうね。でも、あの魔術師を傷つけた。少なくとも脅威を減らすことはできたし、奴も当面は回復に専念するはず……」


 討伐隊は大きな被害を出しながらも、町を脅かしていた魔物の群れを追い払うことに成功した。皆が疲れ果てた身体を引きずりつつ、なんとか森を出る。

 

 「みんな、よく頑張った……!」


 歓喜の声や涙があがる。誰もが無事に戻れたわけではないが、町には一時的な安堵が訪れる。だが、俺とエリスは分かっていた。――これはまだ終わりではない、ということを。


 「闇の魔術師……あいつがいる限り、また別の場所で同じようなことが起きるかもしれない」


 「ええ。私たちはもっと強くなる必要があるわ。少なくとも、今の私たちじゃあいつを倒しきれない」


 俺は拳を握り締め、エリスと視線を交わす。魔力を得た“魔男”として、そして経験を積んだ“魔女”として、俺たちの力はまだまだ伸びるだろう。あんな邪悪をのさばらせておくわけにはいかない。


 「エリス、もしお前が旅を続けるなら、俺もついて行く。力をつけて、あいつを追い詰めようぜ」


 「……そうね。一人では厳しい道も、アンタとなら乗り越えられるかもしれない」


 そうして、俺たちは再び歩み出す。この町を守り、そして世界に蔓延る闇を打ち払う――そのために。まだ見ぬ大都市や魔女の組織、闇の魔術師の根源……数多の試練が待っているに違いない。しかし、それでも俺たちは前へ進むのだ。

 

 「(魔男として、俺は絶対にもっと強くなる。そして、エリスと一緒に、この世界を変えてやる――)」


 決意を胸に、今は少しだけ休息をとろう。だが、物語はまだまだ終わらない。闇は深く、世界は広い。俺たちの熱い冒険は、ここからが本番なのだから――。

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