第5話

 しばらくの間、俺はエリスの元で魔力制御の訓練を続けた。朝から晩まで、空き地や森の外れで瞑想や簡単な術式の練習を繰り返す。その傍らで、町の巡回も怠らない。幸いなことに、例の魔物騒ぎ以降は大きな被害報告はない。


 「ちょっとは上達してるか?」


 「ええ、最初に比べれば随分と安定してきたわ。ただ、まだ実戦で使えるレベルじゃない。詠唱とか、魔力の放出速度とか、覚えることは山ほどある」


 「だろうな。でも、基礎を固めれば必ず役に立つ――そうだろ?」


 「そうよ。焦らないで、地道に積み上げることが大切。ま、アンタの無茶っぷりを考えると、一度は痛い目見るかもしれないけど」


 エリスの言うことはもっともだ。俺はどうしても力を試したくなってしまう性分だし、急いで大技を使おうとして大ケガする未来がなんとなく目に浮かぶ。が、ここは慎重にいかねば。


 そんなある日の夕方、町の外れで俺とエリスが魔力練習をしていると、農夫の男性が慌てた様子で駆け寄ってきた。


 「レ、レオン! 大変なんだ! 森のほうで魔物が出たって報せが……しかも今回のは数が多いらしい!」


 「なにっ!?」


 胸がざわつく。やはり、あの一件で終わりではなかったのだ。俺は農夫から詳しい話を聞き出そうとするも、彼自身も目撃したわけじゃなく、人づてに聞いただけらしい。ただ確かなのは、森の近くで複数の魔物が暴れているということだ。


 「エリス、どうする?」


 「決まってるでしょう。行くわよ、レオン」


 その言葉を待っていた。宿に戻る暇も惜しい。俺は剣を背に、エリスは杖を携え、急ぎ森へ向かう。


 夕陽が差し込む森の入口。木々が赤く染まる中、獣のような唸り声が聞こえてくる。視界が悪くなる前に早く見つけないと危険だ。


 「くそっ、どこにいる!?」


 「このあたり、気配が……」


 エリスが杖を構え、魔力を研ぎ澄ますように目を閉じる。その瞬間、彼女の髪がわずかに逆立ち、杖の先が紫電を帯びる。


 「感じる……そう遠くない場所に、数体の気配があるわ」


 「よし、そこへ行くぞ!」


 そう言って、俺はエリスとともに森の奥へ駆け出した。すると、すぐに鼻をつく嫌な臭いが漂ってくる。生臭く、鉄のような金属臭――まさか、もう被害が出ているのか?


 不安が胸を過る中、視界が開けた場所に出ると、そこには血溜まりと倒れ込んだ動物の死骸があった。鹿や小型の猪らしき生物が、むごたらしく喰い荒らされている。


 「くそっ……すでにやられたのか。ここまで残酷な食い散らかし方をするなんて……」


 「気をつけて。近くにいるわ」


 エリスの張り詰めた声に、俺は剣の柄を握りしめる。すると、周囲の暗がりから低いうなり声が幾重にも重なって響いてきた。まるでハイエナの集団が獲物を囲むように、こちらを取り囲んでいる。


 「来るぞ……!」


 木々の陰から姿を現したのは、狼にも似た姿をした魔物が三匹。それだけではない、奥にはもう少し大きめの個体がうごめいているのが見えた。


 「化け物ども! 俺たちは逃げねえぞ!」


 俺は剣を抜き放ち、エリスがすかさず魔力を高める。魔物たちは一瞬身構えたように見えたが、すぐに牙を剥き出しにして襲いかかってくる。


 「レオン、左から一匹来る!」


 「わかってる!」


 左から飛びかかってくる魔物へ、俺は反射的に剣を振るう。金属音が鳴り、魔物の爪と剣が交差。衝撃で俺の腕が痺れるが、踏み込みを深めて切り裂く。一撃を受けた魔物は苦しげな声を上げて後退する。


 「はああっ!」


 すぐさまエリスが紫のエネルギー弾を放つ。見事に正面の魔物を捉え、爆裂音とともにそいつの体が弾き飛ぶ。血煙を上げて地面に転がり、痙攣している。


 「二匹やったか?」


 「違う、まだ気を抜かないで。奥にもっといる!」


 その言葉どおり、大型の魔物が一際大きな咆哮を上げて姿を現す。こいつはさっきの雑魚とは違う。一見して分かるほどの筋肉質な体格に、赤黒い毛並み。その牙は剣のように長く、見るだけで背筋が凍る。


 「あの野郎……やべえパワーを感じるぞ」


 「レオン、あれは……私がやる。アンタは残りを頼むわ」


 エリスの目が燃え上がっている。俺に魔力を教えてくれたときとは比べものにならないほどの緊張感。彼女もこれが容易ならざる敵だと悟っているに違いない。


 俺は残りの魔物たちの相手をしながら、エリスの戦いに気を配る。大型の魔物が鋭い爪で地面をかきむしりながら、エリスめがけて突進。エリスは寸前で回避し、反撃の光を放つが、奴はそれを紙一重でかわす。


 「動きが速いっ!」


 俺のほうも、二匹の魔物がかりで襲いかかってきた。だが、ちょうどいい。ここで俺が少しでも魔力を使えるなら……。そう思った瞬間、身体の奥に蓄えていた熱い力が湧き上がるのを感じた。


 「(制御できるか……けど、やってみせる!)」


 深呼吸。余分な力を抜き、集中――すると、人差し指に紫の光が灯る。まだ小さいが、それを魔物の目に向けて放つ。


 「おらぁっ!」


 指先から放たれた小さな光弾が、魔物の顔面をかすめるように衝突。爆裂には至らないが、閃光に怯んだ魔物が動きを止めた。その一瞬を逃さず、俺は剣を横薙ぎに一閃。魔物の首筋を斬りつける。血飛沫が飛び散り、そいつは悲鳴を上げて倒れこんだ。


 「くそっ、もう一匹……!」


 残った魔物が爪を振り上げる。防ぎきれないと思った瞬間、横合いから紫の閃光が炸裂し、魔物の腕を吹き飛ばした。エリスだ。どうやら巨大なほうを退けてこちらを援護してくれたらしい。


 「ふう……助かったぜ」


 「こっちは片付いたわ。そっちは?」


 「俺はなんとか無事だ。やるじゃねえか、さすが魔女様!」


 冗談めかして言うと、エリスは緊張が解けたのか、どっと疲れが出た表情を浮かべる。俺も同じだ。息が上がり、汗が滴る。


 「まだ確認が必要ね。奥に他の魔物がいないか探そう」


 「ああ……。けど、どうやら大きいのはお前が片付けてくれたみたいだな。ありがとうよ」


 エリスは無言でうなずく。二人で周囲を警戒しながら、さらに少し奥へと進む。だが、どうやら追加の魔物の気配は感じられない。この一帯にいたのは、今の連中だけだったようだ。


 「はあ……。こんな連中がうろついてるなんて、やっぱり最近、どこかおかしいのかもしれないわね」


 「確かに、ここまで凶暴な魔物がうようよいるなんて聞いたことがねえ」


 夕日が沈みかけ、森の中は薄暗い。その闇の奥に、まだ何かが潜んでいる気がする。世界そのものが変化している――そんな不安が胸をよぎる。


 「(俺はまだ魔力を使いこなせない。でも今の一撃で、確実に可能性を感じた。エリスと一緒にいれば、もっと強くなれるはずだ。それに、こんな危険が増えてるなら、余計に力が必要だ)」

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