第2話

◇◇セムヤザ◇◇



 セシルは美しい。


 今日はいつものハンターグリーンのワンピース。

 少し日に焼けた腕にギターケースを下げて、ゆったりとしたスピードで前を歩く彼女。

  

 磨いたブーツをコツコツ鳴らして、アズガルドの湖を想う黒髪が揺れてる。   


『あくまでも、ただ話し合うの。戦闘は無し』とセシルは言った。


 相手は死兵と化した集団で、陰謀とこの世の摂理にすり潰されて消える定めにある男たち。


 そしてセシルはそれらを憎んでる。そいつを見つけると静かに燻って、夜中にソワソワしだす。それが重なるとセシルは無言で歩き出す。


 下らないニンゲンの争いにいつもいつも傷ついて、その度少し顔をゆがめて微笑んで黙る。ちょうど今みたいに。



 僕にはセシルがわからない。


 木の葉は風に、石は水の流れに従う。 

 ハレマウマウの火砕流でさえ地の形に従うってのに。


 セシルはいつもこうだ。


 彼女は何かを信じていて、彼女が信じたとおりに物事はなる。それは順番や道理を従えるみたいに。


 ばかばかしい?


 ほんと、そのとおりだ。


 彼女は規格外で、めちゃくちゃ。


 そして何より美しい。




 ◇◇セシル◇◇

 


 西門を出てから真っすぐ。十字路にかかるでこぼこの丘の上。

 くたびれた日輪の輝きがおぼろの雲を抜け、晩秋の大地を柔らかくオレンジに染めていく。

 足元から伸びた私の影が、少し離れて庇うように立つセムヤザの背中と並んだ。


 右手には収穫を終えた乾いた豆畑がどこまでも続いている。 


 ギターを取り出し、空の木箱に腰かける。


 指先でそっと爪弾きながら緩んだペグを締めなおす。

 そして私は、いくつかの和音をそっと試した。


 しばらくそうしていると、ざらざら、ざらざらと石を踏みしめる音が聞こえてきた。


 ギターから顔を上げると、左手に見下ろすガレ山の間道に気配が立った。

 小指の先ほどに見えたのは、異様な集団だった。


 鎖が巻き上げた砂ホコリを従えて、幽鬼のように、やがて近づいてくる。


 じゃらんじゃらんと鎖が触れる音がする。


 私の両手が動き出す。

 左手は指板の上をゆっくり行き交い、対の右手が刻みだす。


 お告げみたいな衝動――。


 別に何か計算があるわけじゃない。


 ただこの感覚に身を任せる。私はこうして生きてきた。そして死ぬまで――。



 ギターケースの小物入れに刺した青い花ループスささやくように。


 かつてこの辺りに溢れていた花。

 失われた小川と草原の大地。

 狼の血に染まる砂地。

 血爍けっしゃく鉱石の歪みきしり砕ける悲鳴を聞きながら、地下世界で過ごす半世紀と、鎖。

 子供の影とパンくず。暖かな寝床。失われた色。清浄な青。

 

 風を待つ歌。


 愚かな人間たちと、失せた精霊に聴かせる歌。

 

 死する者への哀しみでない。

 明日死ぬ者が今日生きる唄。

 彷徨さまよう命がついたため息を、寄り添い暖める唄。


 揺れる鎖が刻む8分の12ビート。


 身の内をほとばしるむかつき。


 そうして生まれた音は、なんだか憂鬱にフラットしていた。


 緩やかに上がり沈む旋律。 



 奏でたスローブルース――。


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