薔薇色~アルカーナ王国物語 番外編~

🐉東雲 晴加🏔️

薔薇色㊤




 北の地ノールフォールにも温かな風を運んで来たある春の日。

 窓から感じる春の風に口元を緩ませて、レイ侯爵家の執事であるレンはテラスにいる女主人に声をかけた。


「イル様、お茶でも淹れましょうか?」


 イルはレンの声にパッと振り向くと、座っていたテラスのベンチから飛び降りるようにして立ち上がる。


「飲む飲む! あ。そうだ。お茶を淹れるなら使って欲しい茶葉があるんだ!」


 ちょっと待ってて、と言うと、イルは自室から小さな袋に入った茶葉を持ってきた。


「……こちらは?」


 レンが不思議そうに尋ねる。


「これはね、王妃様が分けてくれたの。なんでも今度お城で『薔薇のお茶会』をするんだって」

「『薔薇のお茶会』……ですか?」

「うん。えーと、私も詳しくはわかんないんだけど。王妃様って薔薇がお好きでしょ? 薔薇が一番綺麗なこの時期に、毎年仲良しの貴族のお姫様達を招待してお茶会をするんだって」


 王妃様の個人的なお茶会らしいから、本当に限られた人しか来ないらしいんだけど。とイルが言う。


『薔薇のお茶会』には各々が気に入っている薔薇を持ち寄り、王妃の薔薇の庭園にてその薔薇達を愛でながらお茶を飲むのだとか。


 薔薇を使ったお菓子だとか、モチーフにした小物だとかを持ち込んだりもして御婦人達で楽しむらしい。

 王の片腕……と称される赤毛の侯爵、ガヴィ・レイとこの度目出度く婚約と相成ったイルに、王妃様曰く、社交界の淑女達も興味津々なのだとか。

 故に、王妃主催の個人的な茶会に遊びに来ないかと王妃直々にお誘いの手紙をいただいたのだが――


「え。ご出席なさらないのですか?」


 茶会には出ない、と言うイルにレンは目を丸くした。


「だ、だって王妃様となら一緒にお茶を飲んだ事はあるけど、他の貴族のお姫様達もいるんだよ!? ……私、マナーとかよくわかんないし、ドレスコードとかもわかんないし……」


 行ったら恥かくだけだもん、と眉を下げる。


「それに、お茶会にはそれぞれ自分で選んだ薔薇を持ってきて、服なんかもその薔薇に合わせたものを着てきたりするんだってさ。……私に薔薇とか似合わないじゃない?……そんなお洋服持ってないしさ」


 そんなお茶会に出席するとなれば、ガヴィだってちゃんとドレスを仕立ててくれると思うが。王妃直々の誘いであるし、ちゃんとガヴィに相談した方がいいのではないかとイルに言ってみるが……


「ガヴィには言ったよ。そしたら出たくないなら出なくてもいいぞって言うから」


 王妃にはすでに断りの手紙を書いたらしい。

 そうだった、レンのもう一人の主人であるガヴィも、そう言った社交的な事は大層苦手な人物であったから、彼がイルにそう言うのは不思議ではない。


 ただ、懇意にしている王妃からの誘いであるし、社交界でのイルのお披露目の場としては悪くないと思うのだが。

 それに、イルが言うように彼女に薔薇が似合わないとはレンは思わない。ガヴィもそんな事は思ってはいないはずだし、イルに見合う薔薇やドレスを用意してあげればいいだけの事ではないのだろうか。


「なにか私が失敗して、ガヴィの評判が悪くなっちゃっても嫌だからさ」


 そう言って眉を下げながら笑うイルに、薔薇の香りのするお茶を淹れながらレンは複雑な気持ちになるのだった。



【つづく】



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