第6話 僕と彼女

 思い出していた。


 ある意味では、その「最悪の出会い」を。


 大学2年の時。僕は大学の友達とすすきのに出かけたことがあった。

 そう。僕は実はこの札幌生まれだったのだ。


 両親と妹とこの札幌で過ごした。この時までは。


 大学2年のまだ20歳になったばかりの頃。酒の味を覚え始めた頃だ。真冬に大学のサークルの友達数人と、すすきのに飲みに行った。


 北海道の冬は過酷を極める。

 東京などでは、冬に酒を飲んで、深夜に外で寝ても、風邪を引く程度だろう。


 しかし、札幌の冬にそれをやると、翌日には凍死体となって発見される。何しろ札幌でも真冬の最低気温がマイナス5度を下回るし、場合によってはマイナス10度、15度になる。そのため、酒を飲んで暖まった後は、大抵タクシーで友人の家に行き、泊まるのだが。


 実はしこたま飲んで、3軒目の飲み屋を出た深夜3時頃。


 僕は友人とはぐれていた。


(何だ、あの野郎。帰ったのか)

 仕方がないから、一人でタクシーに乗ろうとすると。


「お兄さん。良かったらこれ、見に来て下さい」

 一枚のチラシを同世代の女性から受け取った。


 つい受け取っていたが、酔っていたこともあり、

(ああ、どうせキャッチだろう)

 と思って、チラシは受け取ったが、適当に流していた。そのチケットは「ライブ」のチケットだったのだが、僕はてっきり風俗店だと思ったのだ。


 何しろ札幌のすすきのには、こうしたキャッチが多い。中には違法の金額を吹っ掛ける、ボッタくり居酒屋や風俗店も多い。


 そして、その日は何とかタクシーで帰ったが、翌日。

(頭いてえ。何だ、このチラシは)

 二日酔いの頭のまま、ズボンのポケットに入っていたチラシを見た。


 そこには彼女が出演するライブのプログラムが書かれてあり、その日の夜に開催だった。


 その日の夜、僕の姿はすすきののライブハウスにあった。

 彼女、「SAYAKA」はそこで歌っていた。


 彼女は、実に不思議な女性でもあった。


 10代の頃から、このすすきので歌っていたという。独自の洗練された音楽センスと、綺麗な容姿、歌声、それにギターの演奏技術を持っていた。


 そんな彼女に僕は惹かれていき、何度もライブを見るうちに、いつの間にか顔を覚えられていた。


 当時は、まだ彼女は有名ではなく、観客席と近かった影響か、ライブ後に話をする機会もあった。


 しかも、何の偶然か、通っていた大学まで同じだったから、大学の構内で再会。そのうち、個人的に会う関係になり、付き合うことになったのだ。


 彼女は気が強くて、少し強引だった。

 自分の考えが正しいと思った時は、たとえ男が相手でも引かなかった。


 ただ、地元を愛する気持ちが人一倍強く、22歳の頃には、東京でプロデビュー出来るチャンスをもらいながら、地元で歌い続けることを選んだのだ。


 一方、平凡な僕は、札幌生まれ、札幌育ちという点で彼女と同じだったが、仕事を見つけることができなかったのと、丁度その頃、父が肺がんで亡くなり、母と妹が「雪かきがツラいし、仕事がない」という理由で、上京することになり、僕もついて行くことにしたのだ。


 当然、彼女とは「別れて遠距離恋愛」になる。


 その別れはツラかった。


「東京かあ。人が多すぎて息が詰まる街でしょ。私には無理」

「これからその東京に住むのに、何て言い草だ」

 最後に新千歳空港まで送ってくれた彼女の別れの言葉は、辛辣だった。


「札幌はいい街だよ。いつでも戻って来な」

「はいはい」

 こうして、僕と彼女は東京と札幌という遠隔地で、「付き合い」を始めた。

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