どこにでもあるふつうの家なのに、NNN(ねこねこネットワーク)にロックオンされています。

sora_kumo

第1話 我が家の鍵しっぽ

「お腹すいた〜」

「ごはん〜」


 市街地からほどよく離れ、低い山と田畑に囲まれた、やや田舎の住宅地に我が家はある。

 小さな2階建ての家は、催促のサイレンに急に騒がしくなる。

 ひとりが催促を始めると、他の子達も落ち着きなく動き回る。

 ご飯を保存している容器を私が持つと、それぞれの場所でスタンバイ。

「バッチコイです。お母さん!」

 はいはい。待っててね。


 自分ではかなり手際よく準備しているつもりだが、彼らにとってはもどかしいよう……。

 紅一点のお嬢様だけ、自分の場所で綺麗に座って待っている。他の男子達は落ち着かない。

 一番歳上13歳、次は11歳、6歳、5歳、と年齢順でお皿にそれぞれのご飯を入れてあげる。


 我が家の愛すべき可愛い子ども達……と言っても人ではなく、猫達が4匹、小さな頭をお皿に突っ込んで食べ始める。

 みんな勢いよく食べているが、一番食いしん坊の茶白猫『てん』は口に入れる間も惜しいのかというくらい、がっついて食べている。

 年齢的には上から2番目のお兄さんだが、食べ物への執着からか、食事の時は落ち着きがない。


 私はしばらく様子を眺めて、最初に食べ終わった子が他の子の食事を邪魔しないよう目を光らせる。

 平和な食事風景だが、それぞれ持病や食物アレルギーを持っており、ご飯の種類が違うので、自分のご飯以外を食べないよう見守りが必要なのだ。

 空になったお皿をひとつひとつ丁寧に舐めて、ご飯が残っていないか確認するのも食いしん坊てんのルーティンで、今もそれぞれのお皿をチェックして回っている。


 てんの尻尾はピーンっと伸びて、先がくっと曲がっている。いわゆる鍵しっぽだ。

 膝の上に乗ってきて甘える時は、私の顔に、くの字の先っぽをハンマーのように当ててくる。

 柔らかくて気持ちいい、とはいかず意外に痛い……。

 効果音をつけるなら「ゴンッ」とつけたい。

 尻尾をピーンっと立てているので、いつもお尻の穴が丸見え。少しは恥じらって欲しい。

 ご飯の催促も一番大きな声でずーっと鳴く。 

 ご飯がお皿に入るまで延々と鳴き、私の脚の周りを、ぐるぐる、ぐるぐる……ひたすら回って、まるで回遊魚。

 目で追っているとこちらが目を回しそうだ。



 そんなてんは、子猫の時に、ご近所さんが所有する軽自動車のエンジンルームにいたところを保護した子だ。


 きっかけは先住猫の『もみじ』だった。

 外から聞こえる子猫の声にいち早く気づき、鳴きながら窓を前脚でガリガリとして教えてくれたのだ。

 近所の人と捜索したところ、住宅地横の草むらに子猫がいた。

 車道もあり危険だったが、警戒され手の届かない場所へ隠れてしまい、すぐには保護ができなかった。

 気になりつつもその日は保護を諦めたが、翌日、また子猫の鳴き声が聞こえて、ひと騒動となる。


 隠れていた場所から移動して、どうやら車に潜り込んでしまったらしい。

 大きな声で鳴いてるくせに、なかなか車から出て来なくて、近所の人達も集まり、気付けば大事になっていた。

 助けて欲しいけど怖い、という感じだったのか、四苦八苦して捕まえた時には思いっ切り噛みつかれ、私の手は血だらけだった。


 保護したものの、うちにはすでにもみじを含め2匹の猫がいたため、しばらくは育てても飼うつもりはなく、良い方にもらってもらおうと里親探しをしながら、せっせと家族みんなでお世話をした。



 『ぼくの家族になってください』という言葉と、てんが手招きしている写真を載せてポスターを作り、動物病院に貼らせてもらった。

 ありがたいことに、ご近所さん達も里親探しに協力してくれた。


 一度、「ぜひうちに!」という人が現れたのだが、いざ引き取ってもらうと、その日の内に返されてしまった。


 連絡をもらって先方へ伺い、事情を聞くと「こんなに動き回ると思わなかった」と言われる。

 どうやら見知らぬ人と環境に慣れず、家具や壁を蹴りまくって家中を飛び回っていたそうだ。

 猫は横だけでなく、高い所(縦)へ飛び上がることができるので縦横無尽の生き物である。

 そして、生きているのだから動き回るのは当たり前だろう。


 まだ子猫で、成猫のように落ち着いてはいないことも了承してもらっていたのだが、『猫はいつも寝ていて大人しい』という先入観があったようで、現実はそんな事なく、数時間でギブアップされたようだ。



 我が家に連れて帰ると、嬉しそうに元気いっぱいに走り回っている。

 どうしたものかと家族で話し合い、ストレスになるのも良くないだろうと、そのまま我が家の家族になってもらうことになった。


 幸いにも先住猫達とも仲良くでき、特に命の恩人だからか、もみじにベッタリの甘えん坊になっていた。男同士なのに……。

 大人になってももみじにベッタリで、たまに鬱陶しいのか、もみじに猫パンチをお見舞いされていた。

 それでもまたくっつきに行くので、本当に好きなんだろうと思う。男同士なのに……。


 てんの話はなかなか尽きない。

 台所で買い物した物をレジ袋から出していると、袋に顔を突っ込んで食べ物を探し、そのまま袋の取っ手を首に引っ掛けてしまったことがある。


(大変っ!)


 すぐ気付いて袋を外そうと手を伸ばしたが、パニックになっていたようで、勢いよく走り出してしまった。


 慌てて追いかけて捕まえ、レジ袋を取ってあげると呆然として大人しい。

 かわいそうに、と抱っこしたまま慰めていると手が濡れて冷たい……。

 見るとおもらしをしていて、そこら中走り回った後に、おしっこが撒き散らされていた。

 トホホ……、と思いながら家中拭いて回り、レジ袋や紙袋は要注意、と心に刻む。


 てんは里親候補宅へ一度行ってから、私達家族以外に姿を見せない幻の猫になっていた。

 猫好きの友人が我が家に遊びに来ても、一切姿を見せないので、いつも残念そうにしていた。

 家の中に訪問者が入らなくても、インターホンが鳴るとダッシュで押し入れへ逃げる。

 その押し入れも「実は人間なのでは?」と思うくらい、前脚で器用に押し入れの戸を「スパンッ!」と勢いよく開けて入るのだ。

 他の猫はてんほどスムーズに戸を開けられない。


 食に対する欲は尽きないようで、人間の食べ物もしつこく狙う。

 私達の留守中、キッチンの乾物やお菓子を入れている引き出しを器用に開けて、ふりかけやかつお節を食べていたこともある。


 自分の子どもが小さい時も付けなかった、いたずら防止のロックを買って来て、食品が入っている引き出しは全て開かないように対策をした。

 引き出しが開かなくなったことにガッカリしていたようだが、そんなことで彼はへこたれない。


 真夏のある日、外出先から帰ると冷蔵庫が大きく開いていて、床には食い荒らされた食品の数々が散乱していたことがある。

 こちらは何が起きたのかと、しばし呆然としてしまった。

 留守中、猫達のために冷房をつけてはいたが、冷蔵庫内の食品はほぼ全滅。

 開きっぱなしの扉から悲しげなエラー音が鳴っていた。


「てん……」

 足下をぐるぐる回って、嬉しそうに見上げてくるてんを静かに見つめる。

「ご飯くれるの?」と期待に満ちた顔だ。

 はぁ……。猫ってずるい……。怒る気にならない。あー、もう! 可愛いな!


 両手で顔を包んで撫でまくる。

 他の猫達もきっと共犯だろうが、知らんぷりして毛繕いなんかしている。

 その日の内に冷蔵庫の扉にもロックを付けた。


 てんはどんな事を思っているのか、聞けるなら聞いてみたい。

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